「もしトラ」が起きたら?

ー 米政権交代時のエネルギーでの影響 ー


経済記者/情報サイト「withENERGY」(ウィズエナジー)を運営

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 「もしトラ」という言葉がネットで生まれている。「もしもトランプ前米大統領が、今年11月の大統領選挙で当選したら?」の意味だ。本当にそうなった場合には、今のバイデン政権が進めてきた米国のエネルギー・温暖化政策の方向性は確実に変わる。今年5月時点の情報で、頭の体操をしてみよう。

「アメリカ・ファースト」のエネルギー政策

 トランプ大統領は第一次政権(2017年1月〜2021年1月)までの4年間で、以下のエネルギー・温暖化政策を進めた。

  • パリ協定からの離脱。
  • 連邦国有地での環境規制を緩和し、パイプラインやシェールガス開発をしやすくした。
  • 米国を横断するガスパイプラインの建設促進。
  • CCS(二酸化炭素排出)の研究のテコ入れ。
  • 国産エネルギーの増産支援。オバマ政権が環境配慮の規制で抑制しがちだった、石炭産業、シェールガス採掘支援。
  • 原子力は推進。ただしオバマ政権の「核兵器なき世界」という政策を批判。原子力推進は民主党も同じ。ただし、民主党が掲げる核不拡散政策をそれほど強調せず。
  • オバマ政権が初期に唱えた「グリーンニューディール」政策は徹底批判。
  • 中東政策はイスラエル寄りだが、サウジ、バーレーン、UAEなど、穏健なイスラム諸国との関係を深めた。2020年にはイスラエルと中東諸国の協力を約束した「アブラハム合意」を仲介した。

 トランプ氏は、過激な言動が注目され、衝動的に動くと思われがちだ。これらの動きを、日本のメディアなどは「とんでも」と報じた。しかし私には意外感はなかった。2016年の大統領選挙の前に、同時に行われる米連邦議会選挙での共和党のマニフェストを読んでいた。すると、エネルギー分野でトランプ政権の行ったことは、ほぼ全てそこに書かれていた。つまり、エネルギー分野ではトランプ氏の独走で政策が行われず、共和党支持者の強い支持があったのだ。エネルギーと気候変動問題は共和党、民主党間で党派対立が激しい分野だ。

 トランプ氏は「アメリカ・ファースト」「アメリカを再び偉大に」という基本方針を掲げた。今回の選挙でもそれを訴えている。そして前のオバマ政権でのグリーン政策を否定した。

 その反動で民主党のバイデン政権はトランプ政権のエネルギー温暖化政策の否定からスタートした。バイデン大統領は、政権発足の第一日目にパリ協定へ復帰し、国有地のパイプライン敷設前の環境調査など、オバマ政権の時の環境保護政策を大統領令で復活させた。つまりトランプ政権の政策をひっくり返した。

「第二次?」トランプ政権のエネルギー政策

 では仮に第二次トランプ政権が発足した場合に、どのようなことが行われるのか。バイデン政権の政策を強く否定するだろう。

 マルコ・ルビオ上院議員など共和党保守派は、エネルギーに絡めて、バイデン政権を批判。バイデン政権のグリーンニューディール政策が補助金を垂れ流し、アメリカの化石燃料産業を衰退させプーチンを儲けさせたと批判している。再エネに懐疑的で化石燃料を重視し過ぎるとか、エネルギーに関わる問題の全てをバイデン大統領のせいにするなど、共和党側の主張やエネルギー政策に疑問点はある。しかしバイデン政権の政策を否定する動きは強まるはずだ。

 まだ共和党の大統領選挙や今年秋の連邦議会議員選挙のマニフェストは作られていない。トランプ陣営への政策インプットを行っている共和党系の米国第一政策研究所(America First Policy Institute)の掲げる政策提言をみてみよう。エネルギーでは以下の取り組みを提言している。要約してみた。

1.
エネルギー自給を実現:海上、国立公園などでの採掘を拡大。原子力を拡大。レアアース、重要鉱物、化石燃料、ウランの自給を試みる。原子力教育、人材育成も行う。

2.
エネルギー生産の増大による価格引き下げ:非効率な補助金、規制の廃止、発電所の延命など。

3.
予測可能、透明、効率的な許可プロセスと規制環境の構築:補助金を評価し、規制・許認可改革による合理的な制度を作る。

4.
すべてのアメリカ人にきれいな空気、きれいな水、きれいな環境を:環境改善と経済成長の成果を促進するために、大気浄化法(CAA)水質浄化法(CWA)などを見直す。そして中国をはじめとする敵対国の膨大な環境破壊を監視する。パリ協定ではなく、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)のような意味のある強制力のある環境協定づくりを目指す。

5.
産業競争力をつける:国際パイプライン、ガス輸出を促進。米国のエネルギーが、価格、安定供給など、他国からエネルギー面で優れた状況になる「エネルギードミナンス」という状況を作る。

 このような内容だった。

脱炭素は変わらなくてもペースダウン

 トランプ第二次政権が誕生すれば、これらの政策が実行されることになる可能性が高い。特に日本に影響を与えそうな問題は、パリ協定からの離脱、天然ガス輸出の積極化だろう。

 パリ協定は自主的な目標だが、それでもトランプ氏と共和党は米国の産業に規制をかけると敵視している。米国の脱退によって、全世界を覆う協定は、当面の間できなくなる。さらに欧州では、リベラル政党が勢力を退潮させ、保守系政党が、各国で勢力を伸ばしている。そうした政党は、最近の欧州でも、日本でも目立つ。それらは原子力の活用、再エネの過剰振興への懐疑を主張している。

 「もしトラ」が実現しても、脱炭素のトレンドは、変わることはないだろう。そして日本の省エネ技術、原子力技術が、自由主義陣営で期待される状況は変わらない。しかし「もしトラ」になったら、その取り組みに挑む人の考え、そして社会の雰囲気が今までの積極的なものから「少し様子を見よう」と熱意が冷めるはずだ。当然ビジネスでの動きは変わるはずだ。

 日本は今年のG7でバイデン政権の米国と欧州から脱石炭を求められた。仮にトランプ政権ができた場合に、米国からの要求が緩まれば、日本の民間企業も政府も自由に動きやすくなるだろう。米国のエネルギー輸出積極化は、日本にとってはエネルギー供給源の多様化という形で歓迎すべき話だ。

 ただし米国企業が気候変動のコストを負わず、米国のエネルギー価格の低下を享受すれば、重なる部分の多い日本の産業界は米国企業との競争に、価格面で苦しむ可能性がある。

増える政治リスクへの対応策は「本業を磨く」

 エネルギーは長期的な取り組みが必要だ。日本は自由化、原発の長期停止など、政策の失敗で、エネルギー産業は近年、対応に苦しんできた。政治の波に翻弄されてしまった。日本での政策リスクに加えて、米国からの政策リスクも発生しそうだ。

 しかし、嘆いても仕方がない。脱炭素の潮流は変わらない。また米国の選挙を私たちは左右できない。「もしトラ」を頭の片隅に入れながら本業を磨くという、当たり前の対応策しか、日本のエネルギー産業にはない。安く、良質の商品やサービスは、政治がどうであろうと、消費者に選ばれて永続する。