WEO 2023「2030年までにすべての化石燃料需要はピークアウト」を検証(その1)
中山 寿美枝
J-POWER 執行役員、京都大学経営管理大学院 特命教授
WEO2023の主張「すべての化石燃料需要はSTEPSで2030年までにピークアウト」
昨年10月に発刊されたWorld Energy Outlook 2023 (以下WEO2023)は本文冒頭で「全ての化石燃料は2030年までにピークアウト」と宣言している。全ての化石燃料、即ち石炭、石油、ガスのそれぞれが2030年より前に低下に転じるという意味であるが、将来シナリオの中で唯一のforecast型シナリオである STEPS (Stated Policies Scenario)において、2030年前に石油がピークアウトするのはWEO史上で初めてのことである。
IEAのこの主張とそれに対する批判はWEO2023発刊前に始まっていた。2023年9月12日、Financial TimesにIEA事務局長の「IEAは全ての化石燃料は2030年までにピークアウトすると予測」という論説が掲載された。これをOPECは、データに基づいた予測ではなく「理想論に基づくお話(narrative)」と批判した。そして、WEO2023に先立って10月9日に発刊した「World Oil Outlook 2045」で、石油需要は2045年まで増加し続けると予測した。
この他、メジャーな世界のエネルギーアウトルックとして、日本エネルギー経済研究所の「IEEJ Outlook 2024」と米国エネルギー情報庁(EIA)の「International Energy Outlook(IEO)2023」を合わせて、4つのアウトルックの石油需要予測を同じスケールで比較したものを下図に示す。OPECのリファレンスケース、IEEJのリファレンスシナリオ、EIAのリファレンスケースでは、いずれも石油需要は今後も増加していくのに対して、IEAのSTEPSだけが2030年前に低下に転じていることが確認できる。
初めて石油需要の低下を見通したWEO2023は、過去のWEOの化石燃料需要見通しからどのように変化しているのだろうか?WEO2021(赤)、WEO2022(黄)、WEO2023(緑)の有料データをもとに、STEPSにおける一次エネルギー需要、発電電力量、CO2排出量を比較してみたのが下図である。WEO2023の特徴として、一次エネルギー需要は僅かに低下、発電電力量は2年連続で増加、CO2排出量は2年連続で低下、ということが確認できる。
次に、WEO2021~WEO2023の化石燃料需要を比較してみたのが下図である。石炭はWEO2021から、天然ガスはWEO2022からSTEPSの需要は低下となった。一方、石油需要はこれまで2035年まで増加と予測していたのが、WEO2023で初めて2050年に向かって低下していることが確認できるが、2030年値はWEO2022とほぼ変わらない(1%低い)。
「2030年までに全ての化石燃料はピークアウト」の根拠
IEAはWEO2023で「2030年までに石油需要はピークアウト」の根拠を3つ挙げている。①電気自動車の普及、②太陽光発電の大躍進、③中国経済の減速とクリーンな発展モデルへのシフト、である。これらの根拠を一つずつ検証していきたい。
根拠その1 「EVの普及による石油燃料需要の減少」の検証
WEO2023は、1.1.2 Oil: End of the “ICE age” turns prospects aroundにおいて、以下のような論理を展開している。
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- 現状、道路輸送は石油需要の45%を占める
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- EVの驚異的な販売台数の増加は、今や道路輸送の石油需要に影響を及ぼしている
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- ガソリン車・ディーゼル車(ICE)、二輪・三輪車、トラックの販売台数は、それぞれ2017年、2018年、2019年に既にピークを迎えている。
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- ICEバスの販売台数も、STEPSでは2020年代半ばまでにピークを迎え、電気バスの普及は新興市場や発展途上国で特に急速に進む。
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- 2020年代の終わりまでに道路輸送はもはや石油需要増加の要因ではなくなっている。
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- その結果、運輸部門の石油需要は2030年までにピークに達する。
この理論展開ではフロー(販売台数)のみを論じているが、石油燃料の需要はフローでなく、ストック(保有台数)で考えるべきではないか。世界の乗用車の保有台数は正確な把握が難しく、信頼できるデータは2021年に遡って11億3,400万台注1)、同年の販売台数は5,640万台注1)である。保有台数の前年からの増加と販売台数を比較すると前者は後者より小さく、その差は「乗り換え」を示す。過去10年間のデータ注1)を元に平均の乗り換え率を計算すると60%となり、即ち販売台数の40%、約2300万台が純増分ということになる。
2023年も2300万台が純増分、その内1400万台はEVと想定すると、ICE乗用車の増加分は900万台程度となる。加えて、商用車(トラック、バス)の販売があり、この純増分は約1400万台である。商用車においてEVと燃料電池車の占める台数は約60万台と推測される。合計で、年間2千数百万台のICEが増加していると思われる。
長期的には、EVの販売増加とICE車の中のハイブリッド車の増加などによる燃費改善により、石油需要は減少していくと考えられるが、短期的にはICE車のストック増加が続くので石油燃料需要は減少しない、と考えるのが妥当ではないだろうか?それでは何故、WEO2023は2030年までに、つまりあと6年という短期間に石油燃料需要が減少すると結論付けているのだろうか?
IEAの理論展開をデータで検証するために、WEO2021からWEO2023までのSTEPSにおける運輸部門の最終エネルギー消費を比較してみた。
2030年においては、WEO2022はWEO2021と比較して石油の消費量が若干低下しているが、WEO2023はWEO2022と比較して電化率は微増しているが石油の消費量はほぼ変わらない。一方で2040年、2050年には目に見えて石油消費量は毎年減少、電化率は上昇していることがわかる。つまり、データ分析からは、2040年以降はEVの普及がより進むことで石油消費量が低下するという変化が確認できるが、2030年の石油需要に目に見える変化は確認できない。筆者が疑問を抱いた通り、年間のEVと燃料電池車の台数の増加はあるが、現状ではストックの1、2%程度を毎年置き換えているにすぎず、短期間に石油系燃料の需要が減ることはない、ということをデータは示しており、「EVの普及により2030年前に石油燃料需要が減少」という因果関係は検証できなかった。
根拠その2 「中国経済の減速とクリーンな発展モデルへのシフト」の検証
WEO2023は、1.2 A slowdown in economic growth in China would have huge implications for energy marketsにおいて、以下のような論理を展開している。
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- 中国の成長は、エネルギー市場と地球環境の形成に大きく寄与してきた。過去10年間で、世界のエネルギー需要の伸びの50%以上を占め、エネルギー部門のCO2排出量増加の85%を占めた。
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- 我々のシナリオでは 中国のGDP成長率の長期予測を下方修正した(2020~2030年の成長率:年率4.7%→4%弱、2030~2050年の成長率:年率2.5%→2.3%)。
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- 成長が鈍化した結果、中国の総エネルギー需要はこの10年の半ば頃にピークに達する。需要は安定し、その後徐々に減少するため、クリーンエネルギーの成長は化石燃料の需要、ひいては排出量の減少を促進する。
この論理展開に対して沸く疑問は、何故、経済成長が減速すると予想しながらも、成長が続く中国で化石燃料は減少する一方で、今は手厚い政策で成長しているクリーンエネルギーは今後も支援を受けながら成長し続けるのか、果たしてその影響が2030年という短期に表れるのか、という点である。この論理と疑問をデータで検証するべく、WEO2021からWEO2023までのSTEPSにおける中国の一次エネルギー需要を比較してみた。
この図の上部に示した一次エネルギーの総需要からはIEAが主張するような「景気減速による需要低下」は確認できない。また、2050年には目に見えて、再エネ割合が増加、化石燃料割合が低下している一方で、2030年においては、再エネ割合の増加と化石燃料(石油を含めて)割合の低下はごく僅かである。
では、世界のどの地域で石油需要が減ったのか、WEO2022とWEO2023の地域別石油需要(Annex掲載)を比較したのが下図である。2030年のWEO2023の石油需要は、中国ではWEO2022より増加しており、減少しているのは北米、欧州、アフリカ、日本、そしてASEANである。中国も2040年以降の石油需要はWEO2022から減少しているが、その減少量は北米、欧州、アフリカに比較して小さい。
- 注1)
- 日本自動車工業会提供データ