四半世紀の電力需要低迷 日本経済に何が起きたか

先鋭化する脱炭素目標の代償


慶應義塾大学産業研究所 所長・教授

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(「EPレポート」より転載:2024年1月21日号)

 昨年12月19日、関西電力は和歌山市内で計画していたLNG火力発電所の建設中止を発表した。計画段階の定格出力は370万kWと高浜原発を超える。1990年代半ばの計画時に比して低迷した電力需要などにより、2004年から工事を中断していたが、用地取得や仮設備の設置費用の未回収によって24年3月期には1200億円もの特別損失を計上するという。翌日、同社株は前日比4.7%下落した。

 新設火力発電所の運用により未回収が予想される将来損失が、その現在価値として1200億円を上回るとした企業判断は、マスコミの紙面に踊った「脱炭素シフト」という総括では片づけられない重みがあろう。判断材料の一つとされた需要低迷はいったい何によってもたらされたのか、そしてその停滞は将来も継続するのだろうか。

経済構造の変化

 マクロ的な電力需要推計では人口や世帯数などが相関を持つと見えるが、それは直観的には理解しやすいが需要の一部を説明する要因でしかない。直接的な消費者を知る電気事業者であっても、需要の源泉にある経済構造の変化を知ることは難しい。その源泉には、最終財輸出の減少や、電力多消費的な中間財(部品など)の輸入拡大による国内生産の停滞があり、電力需要の停滞はその結果である。そして源泉の変化は、これまでのエネルギー環境政策が導いた結果でもある。

 そこに負のスパイラルが存在しているかもしれない。エネルギー消費削減という表面的な成果を追求した政策の強化により国内産業の空洞化がもたらされ、それに対する事業者の適応として電力供給計画は下方修正される。それは安定供給の棄損リスクを拡大させ、国内投資は躊躇され、新技術を織り込んだ資本導入が遅れながら産業は競争力を失っていく。

相次いだ海外移転

 需要低迷の要因を探索することは、過去に実施された需要見通しと、実現した需要との乖離を評価する道筋とも重なる。京都会議(COP3)を受けた1990年代後半は、将来の電力需要の予測において、CO2排出を制約する政策がもたらす低成長というフィードバック効果の考慮が必要となった転機であった。経済成長を外生シナリオとした従来の積み上げ型モデルとは異なり、経済の一般均衡モデルは排出制約によるネガティブな影響を内生的に描写できる。当時(通商産業省)の電力需給見通しは、エネルギー分析用に著者らが開発していた一般均衡モデルが利用された初事例である。

 当時の未来はすでに過去となった。京都議定書第一約束期間(2008~12年)に実現した電力需要は、モデル試算値を少し上回るものとなった。需要見通しが野心的な省エネという政策目標を反映するならば、それは必然とも言える。

 だが10年代にその必然は逆転した。政府の試算は積み上げモデルに戻り、野心度を高めた省エネ目標が織り込まれ続けた。しかし、実現値は予測値を下回り減少したのである。現実経済に、モデルで考慮されない構造変化があったことを暗示する。

 この四半世紀に進行し、特に10年代初めから顕在化した構造変化は、電力多消費的な財生産の海外移転である。経済合理性のある省エネ技術の導入機会が限定的となる中、技術的裏付けも希薄なままに排出削減を求める政策が強化され、企業は静かに国内生産を海外へとシフトすることを余儀なくされた。

低炭素化と経済成長

 将来の電力需要低迷を、人口減少社会の必然と割り切ることはできない。それは社会の発展を高齢化した自らの人生と重ねるかのような幻想とも映る。世界人口は今も年率1%近く増加し、世界経済は2~3%の成長を持続している。同質的な労働の賃金が米国の半分にまで低下したことは、日本の経済政策の失敗と言わざるを得ないが、そのことは成長余力をため込んだ状態とも言える。円安環境を持続させながら、日本の製造業の復活に向けた輸出拡大にこそ挑戦すべきだろう。安価で安定的な電力供給はその基盤である。

 技術的な需要増要因も多い。デジタル資産が経済社会において今後も組み込まれていくことは確実な変化である。大量のデータで訓練しパターンや傾向を学習した生成AIに必要とされる莫大な電力消費も、その効率性を高めながらも増大しよう。

 20年代、十分な技術的裏付けもなく有効に機能しうる国際的な制度設計も未整備なまま、脱炭素という目標のみが先鋭化された。建設中止が発表された同日、和歌山県知事が「タイムリーでありがたい話」と歓迎したことには衝撃を覚えた。低炭素化を先行する経済は停滞し、その外側の経済が拡大しながらグローバルな排出量が増加するという失敗を繰り返してきた。脱炭素先行地域という虚構を正当化する論理とは何だろうか。

 日本政府は、カーボンニュートラルに向けた排出削減の道筋として、日本のみ現状がオントラックにあることを政策の成果だと自賛する。しかし、それは日本の経済成長が先進国でもっとも低迷したことの結果にすぎない