メディアが伝えない「山火事」の真実
IPCCが本当に言っていることは何か。観測データの傾向は。必要な対策は複雑だ。
印刷用ページ監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子
本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア 「What the media won’t tell you about … Wildfires
What the IPCC really says, trend data and the complexities of adaptation 」を許可を得て邦訳したものである。
山火事は、ごく健全な生態系に多く見られる自然な現象だが、人々の財産や健康に影響を与えるため、社会においては厄介な問題である。人々が火災の発生しやすい場所に身を置き、火災を誘発するような行為を好むことも、問題を大きくしている。私たちは、スモーキー・ベア(山火事の危険性を知らせるために作られたアメリカの広告マスコット:写真)が「あなたしかできない 山火事予防」と言おうとも、山火事を完全に抑制することは実は最善の策ではないことを、厳しい経験を通じて学んできた。このような山火事の複雑な性質が、山火事を政策的に難しい問題にしている。
今週、カナダで発生した山火事の煙がアメリカ東海岸を南下し、ニューヨークやワシントンDCに影響を与え、多くのメディアを騒がせている。この出来事は、気候問題の複雑さと、不安定で急変しやすい世界の気候に適応するための課題について、教訓を与えてくれるはずだ。
この投稿で私は、世間の議論に欠けていると思われる山火事の側面について述べたいと思う。まず気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の山火事についての記述を読みとく。次に山火事のトレンドに関する入手しやすいデータについて扱い、そして最後に、相互に関連する人間と環境の力関係に直面する政策の複雑さについて述べようと思う。
IPCCは、山火事の発生や焼失面積のトレンドについて「検出」していないし、人間活動による気候変動に起因するものとしての「帰属」もしていない。
IPCCはもちろん完璧な存在ではないが、異常気象とその影響について分かっていることを議論する際には重要で議論を始めるには有益なことが普通だ。そのIPCCが山火事のトレンドや原因を検証していないことを知ると、多くの人は意外に思うようだ。
代わりに、IPCCは「火災気象」に焦点を当て、次のように定義している(原文ではハイライト表示されている):
火災気象は通常、気温、土壌水分、湿度、風など一連の指標とその組み合わせに基づく、山火事の発生とその持続につながる気象条件」である。火災気象の定義には、森林に蓄積された木材である燃料の有無は含まれない。(注:山火事の発生や焼失面積にはもちろん燃料の有無が関係するが、それとは別ということ)。
山火事が発生するためには、「火災気象」だけでなく、燃料や着火源も必要だ。IPCCによると、気象は火災の最も重要な要因とはならない: 「人間の活動が主たる要因である」とされている。実際のところ、ほとんどの山火事が人間の活動によって引き起こされている。
IPCCは、ある地域では「火災気象」の条件にプラスのトレンドがあることを「中程度の確信」(半々くらい)で表現し、以下のように述べている:
山火事を増加させる気象条件(火災気象)が、前世紀に南ヨーロッパ、ユーラシア大陸北部、アメリカ、オーストラリアでより起こりやすくなっていることに中程度の確信がある。
2050 年までに、IPCC は「高い確信度」(約 8/10の割合)で、火災気象がごく一部の地域で増加すると予想している(私が注釈をつけた以下の IPCCの図に赤丸で示されている)。
IPCCはまた、様々な影響のある “気候影響駆動要因(Climate Impact Drivers, CIDs)” について、気候変動の影響の“出現”が何時ごろ検出可能になるかについての予想をしている。以下にその表を転載する。尚、「火災気象 」については青色ハイライトで強調した。多くの人は、この表の白いセルの多さに驚くだろう。「火災気象」については、2100年頃まで、悉く空白になっている。
なお、IPCC(およびその最近の報告書に関する私の文章)をよく読んでいる方々は、上の表のいくつかの項目が、IPCC AR6の他の箇所で行われている「検出」と「帰属」に関する議論と整合していないように見えることに気づくかもしれない。私もそう思う。しかし、それはIPCC自身の問題である。
手短に言うと、IPCCは、「火災気象」の「検出」や気候変動への「帰属」を強く主張する根拠は示していない。また火災の発生件数や焼失面積の「傾向」についても沈黙している。これらのIPCCの報告内容は、ほとんどすべてのメディア報道とは相反するものだ。
さて次に、いくつかのデータを見てみよう。
世界的に見て、山火事による CO2排出量はここ数十年で減少している。これは多くの地域でも同様である。
上の図は、2003年以降、世界的に山火事のCO2排出量が減少していることを示したものである。データはEUのデータベースのものだ。
だが、だからといって、世界の全ての場所で山火事が減ったというわけではない。例えば、アメリカ西部、フランス、ロシアでは、ここ数十年で山火事が増加している。しかしながら、ここ数十年で世界的に山火事が増加したという主張は、少なくともこのような重要かつ広く受け入れられている指標からは、実証的な裏付けが得られてはいない。
今週、カナダで大規模な山火事が発生し、それにより米国東部などの大気が汚染されている。だがそのカナダでは、公式データを示した下の図に見られるように、ここ数十年、山火事の発生数は増加していない。
いま問題となっているケベック州に注目してみても、以下のように、山火事が長期的に増える傾向はみられない。実際のところ、ここ数年はそれ以前に比べると異常なほど山火事の無い状態だった。
NFDPのデータを見ると、下図のように、過去10年間のケベック州の山火事の大半は人為的な理由によるもので、残りは雷によるものであることがわかる。
1700年までさかのぼると、ここ数十年のカナダ全土の「燃焼率」は、下の図に見られるように、過去数世紀に比べてはるかに低いことが調査からわかっている。
データは多くあるが、そこから理解できることは、以下のことである:
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- ここ数十年、世界的に山火事が減少している。
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- それでも、一部の地域では増加している。
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- カナダもケベックも、今世紀に入ってから山火事が増加したことはない。
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- カナダ全土において、現在の山火事発生数は、過去の数世紀よりも低くなっている。
山火事は、生態系の自然な営みの一部である。そして気候変動とも関係するが、社会的な問題でもある。
気候変動が山火事の発生環境に影響を与え、特に場所によっては「火災気象」の活発化が予想されることは、上述のとおりである。IPCCは、現時点では中程度の確信しかなく、明確な影響が検出されるには何十年もかかると予想しているが、ここでは、気候変動が影響していることを前提にして考えてみよう。
さて、どうするか?
ある著名な気候科学者によると、山火事を管理する方法はただ一つ、世界のエネルギー政策の変更であるという(以下参照):
これらの事象がより頻繁に、より激しくなるのを防ぐには、地球の温暖化が続くのを防ぐしかない。そして、その唯一の方法は、可能な限り急速に脱炭素化を進めることである。
もちろん、これは間違いである。世界経済を脱炭素化することにはそれなりの良い理由がある。だが、山火事やそれに伴う影響を抑制するということは、その理由の一部にはなりえない。
幸いにも、山火事のリスクとそれに伴う影響に対処するためにできることはたくさんある。OECDは、これらの予防策の多くについて論じた優れた報告書を発表しており、以下の図にまとめている。
山火事に関連する人間と環境間の相互関係の複雑さを考えると、IPCCの単純な「検出」と「帰属」の枠組みは適切ではなく、あまり役に立たないかもしれない。山火事を単なる気候変動アドボカシーの話題の種に終わらせないためには、各々の地域において、多くの複雑な要因を真剣に考えなければならない。
例えば、2001年12月、コロラド州ボルダー郊外で1,000戸以上の家屋を焼失させたマーシャル火災は、野焼きと電線のアーク放電が原因で発火したことがついちょうど今日判明した。
しかし、この災害は、暴風、外来種による土地管理、降雨不足に加えて、燃焼しやすい地域に隣接した地域に建築物を建ててきたこと、燃えやすい材料で家を建てたことなどを行ったこの数十年にわたる土地利用の決定が組み合わさって引き起こされた。もちろん、気候変動が原因の一部であったと言える場合もあるかもしれないが、それよりも、土地開発、建築基準法、土地の利用と管理、オープンスペースの設け方、定期的な焼き入れの在り方など、はるかに重要な事柄について議論をしなければならないのだ。
山火事は、世界の多くの地域で深刻な問題となっている。人々が山火事の起こりやすい場所で生活や観光などの活動を続けながら、その上にさらに「火災気象」条件が拡大すれば、その問題はより深刻になるであろう。山火事の起こりやすい地域をよりよく管理するための第一歩は、まずその複雑さを理解することである。それは、すべてを気候の問題に還元してしまい、グローバルなエネルギー政策を唯一の解決策とすることではなしえない。