電力自由化の再設計に向けて


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「産経新聞【正論】」より転載:2023年3月16日付)

 大手電力各社の電気料金値上げ申請が続いている。電力は、究極の生活必需品であるため、昨今の物価上昇の中でもひときわ影響が大きい。加えて競争の公平性を確保する上で重要な発送電分離を行ったにもかかわらず、大手電力会社の小売り部門が、送配電部門が持つ顧客情報を不正に閲覧していたことが相次いで発覚した。

 大手電力会社への不信感から、値上げ申請に対して厳しい査定を行うべきだといった声や、発送電分離を現状の法的分離(大手電力会社の送配電部門全体を別会社化するが資本関係の維持は認められる)から、所有権分離(資本関係の解消が求められる)に進めるべきだといった意見など、大きな社会的関心が寄せられている。

これまでのいびつな自由化

 消費者が自由化によるメリットを享受するためには公正な競争条件の確保が必須であり、罰則の法制化を含めた厳正な対処を求めたい。しかし電力自由化後の制度設計に根本的な行き詰まりがあることも確かだ。これを機に、自由化の効果と課題を検証し、再設計を図る必要がある。

 そもそもなぜ全面自由化された事業で、値上げに国の認可が必要な「規制料金」制度が残っているのか。規制料金が安価であれば新規参入した小売り電気事業者(以下、新電力)が競争優位を得ることは難しくなる。規制料金制度は激変緩和の経過措置で、2020年度に撤廃される予定であったが、新電力のシェア獲得が十分でないとして、引き延ばされていた。規制料金を政治的に抑制すれば、新電力のシェアが伸びることは当面期待できず、いびつな状態は継続するだろう。

 新電力からは適切な値上げを求める切実な声が上がっている。供給責任を負わず、自前の発電所を持つ必要がない小売り事業者の数を増やすことが、消費者に選択肢を提供することだとは筆者には思えないが、これまでの自由化を進めた政治・行政には、参入した新電力の悲痛な声に応える責任があるだろう。

自由化は〝失敗〟だったのか

 2016年に始まった全面自由化は、電力安定供給に向けた設備や燃料調達確保の見通しが甘く、わが国の電力供給システムは脆弱化している。筆者にはそもそも制度設計の出だしが間違っていたと思えてならない。

 電力自由化の主たる目的は電気料金の抑制にあるが、日本の電力コストの大半は燃料費が占める。燃料調達に魔法の杖はないが、有効なのは規模拡大によるバーゲニングパワー(交渉力)の獲得と長期契約を締結することだ。

 しかし、その長期契約が減少傾向にある。燃料調達は川の流れのように繫がっており、発電事業者が資源国と長期契約を締結して長期間一定量の燃料の引き取りを約束できるのは、小売り事業者に対する自社の販売電力量に見通しが持てるからだ。小売り事業者には、長期的な取引を約束してくれる消費者・企業などの顧客確保が必要となる。

 だが自由化されれば消費者・企業は有利な条件を求めて頻繁に契約先を変更する。再生可能エネルギーの大量導入で火力発電所の稼働率が低下していることも影響し、発電事業者が資源国と長期契約を締結することが難しくなる。

 日本で電力価格を低減するには、規模の小さい発電事業者を競争させるよりも、事業統合などを促して燃料の購買力をあげることが有効だった可能性がある。

電力システムのあるべき姿

 電気事業は設備産業であり、資金調達コストの多寡が電気料金を大きく左右する。発電会社と送配電事業者の分離を進めるよりも、大規模集中型の発電から送配電という卸電力供給は共通インフラとして財務体質を強化すべきだ。その上でどのような小売り事業者であっても同条件で電力を調達できるようにすることで、サービスの多様化を促す。その方が消費者に多様な選択肢を提供しうる。

 今後、太陽光発電や蓄電池等を活用する分散型のエネルギーシステムが普及するが、当面、大規模集中型と小規模分散型のシステムが併存する。長い移行期間において前者を健全に維持することが、後者の発展を支えることにもなる。燃料調達の交渉力や、円滑な需給調整、適切な設備投資の確保、資金調達力の向上といったあらゆる観点から発電と送配電は一体化し大規模化するほうが国民のメリットは大きい。

 不正閲覧を防ぐには生体認証などを活用し情報システムを切り分ければ事足りるし機能分離で十分だ。しかし情報システムを切り分ける場合には、災害時などに大手電力会社の小売り部門にだけ義務付けられている顧客対応業務は維持できなくなる可能性を踏まえる必要がある。

 大手電力会社を叩いて世間の留飲を下げさせるという政治的パフォーマンスが過ぎれば、結局、我々の社会の足腰を弱らせることとなる。これを機に、わが国の電力システムのあるべき姿について、本質的な議論が進むことを期待したい。