発明とエネルギー


国際環境経済研究所主席研究員、(一財)日本原子力文化財団 理事長

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 早川書房文庫・“ねじとねじ回し”を読んでいる。
 副題には、「この千年で最高の発明をめぐる物語」とある。
 “ねじとねじ回し”は、あまりに日常慣れしているので、“発明品”と言われると、始めて“そうか”と気が付く。少しく、連想を広げてみたい。

連想

 身の回りを見ると、これも発明品と思うものが少なくない。ほんの一例だが、“ジッパー”や“マジックテープ”などがそうだ。どのようにして思いついたのだろうか。
 “マジックテープ”などは、ゴボウの仲間の野草・“オナモミ”の種が服にくっつくことから考えついたという。まだそこ此処に野原(のはら)のあった子供の頃、筆者もオナモミの種が衣服についてなかなか取れないのに悩まされたことを思い出す。
 飛躍するが、日常飲んでいるワインの世界にも同様なものがある。18世紀初めから使われ始めた “ガラス瓶とコルク栓”である。金属のスクリュウ状の“栓抜き”などもそうだ。コルク栓は、清潔で弾力性に富み、四半世紀はもつ。コルクが瓶の栓に使われるまでは、固くまとめた布や金剛砂ですったガラスなどが栓として使われていた。
 日本、それもエネルギー分野での発明はどうだろう。

エネルギー分野での発明・LNG

 日本発明協会が2016年、“戦後日本のイノベーション100選”を公表している。

 戦後復興期に始まり現代までを四世代に分け、年代順にイノベーションを一覧表にしている。イノベーションのナンバー・ワンは、“内視鏡”だ。次いで、インスタント・ラーメン、マンガ・アニメ、新幹線と続く。
 エネルギー分野で“イノベーション100選”に取り上げられているのは、LNG(液化天然ガス)の導入である。都市ガスと火力発電用燃料としてのLNG利用だ。火力発電燃料としてのLNG利用は世界最初だった。

最初のLNG

 日本が初めて受けいれたLNGは、東京ガスがアラスカから導入した。LNGを積んだ“ポーラ・アラスカ号”がアラスカで液化したLNGを横浜の根岸工場で受け入れたのだった。昭和44年のことだ。隣接地には、東京電力の南横浜火力発電所が立地する。横浜市長は飛鳥田一雄市長だった。

往時の状況

 時代は高度経済成長期で、電力需要は年に二桁近く伸びていた。
 臨海工業地域では、火力発電所などから排出されるSOx・NOxが大気汚染源として問題となっていた。火力発電所では、ハイサル(高硫黄含有)重油などを使っていたのだった。東電は一方で、都心に立地する大井火力発電所(2022年廃止)で、大気汚染対策としてインドネシアのローサル油:ミナス原油の“生だき”をしていた。
 天然ガス:LNGを火力発電燃料として使うと、石炭や石油と違ってSOxは出ない。大気汚染対策になる。ただ、石油に比べて、LNGは高い。LNGは、天然ガスを零下162度にまで冷却して液化したものだから、輸出もとでの液化にはじまり、輸送・貯蔵など全ての工程で関連専用設備が要る。当然、設備に相当にお金がかかる。おのずから、大量に消費しないと、単位当たりの固定費負担を小さくできない。

東電トップの決断…“自分が決める!”

 LNGを火力発電の燃料とすることを思いたのは、東京ガスの村上社長、安西会長だった。昭和40年頃のことだ。火力発電は、今でこそ、熱効率が60%を超えるものも出始めているが、往時は、40%ほどだったから、ことさら燃料消費量は多い。
 お二人は、東京電力の木川田一隆社長にLNG利用を持ち掛けた。これに応じて、木川田社長はLNGを火力発電燃料として利用することを決めた。しかし、社内は一筋縄ではゆかなかった。LNG導入を諮った役員会では、社長を除く取締役全員が反対だった。理由は、“高い!”。
 役員会で木川田社長は“これは自分が決める!”と言って決断した。 
 さらに、海外からは、天然ガスを発電用燃料に使うことについて、“ノーブル・ユースに反する”とする批判もあった。

現在のLNG

 LNGの日本導入の経緯を語ってきた。目を世界に転じてみたい。
 BP統計によると、2021年・天然ガスは世界のエネルギー供給の23%をまかなっている。発電量で見ても23%である。
 輸送を見るとその内およそ6割はパイプライン輸送で、LNGによるものは残りの約4割だ。
 しかし、ロシアのウクライナへの軍事侵攻の影響で、ヨーロッパ諸国はエネルギー選択を見直しつつある。
 天然ガスについては、ドイツのようにLNGの更なる受け入れのため専用ターミナルをにわかに建設したところもある。ヨーロッパのLNGの増量受け入れは、着々と進みつつあるようだ。