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それでも化石エネルギー文明は続く(その2)

物量の制約と未来への展望


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)


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前回:それでも化石エネルギー文明は続く(その1)

5.物量ギャップという課題

 こからの後半ではシュミル教授が同書で指摘する理想と現実の2つ目のギャップについて紹介しよう。モノの生産現場を知らない一般の人々が脱炭素化にむけてもっているイメージと現実の間に横たわる2つ目の認識ギャップは、モノの供給に関する物量的なギャップである。

 同書の第3章「我々が住む物質世界を理解する」では、都市生活を支える基礎素材であり、社会で大量に生産・消費されているモノの代表として、鉄、コンクリート(セメント)、プラスチック、アンモニアを挙げて検証している。アンモニアが主に肥料に大量に使われている(その他の用途は火薬、ロケット燃料、染料など)ことは(その1)で紹介した通りであるが、他の3つの基礎素材である鉄、セメント、プラスチックは、社会を支えるインフラなど、近代社会を支えるモノのベースであり、年間40億トンを超えて生産されるセメント、20億トン弱生産される鉄鋼などを、同じ規模で置き換えられるような代替物は、地球上に存在しない(ちなみに成長著しい中国のセメント生産は、2018~19年のたった2年間で44億トンにも上り、これは米国が20世紀の100年間で使ったセメント総量45.6億トンに匹敵するという)。

 一方、これら4つの基礎素材はいずれも生産プロセスで莫大な量の化石燃料を必要とするエネルギー多消費産業であり、これら4品の製造だけで、世界の1次エネルギー消費の17%、CO2排出の25%を占めており、温暖化対策のためにその削減の必要性が叫ばれている。しかしこれら億トン規模で毎年生産、消費される基礎素材を、手ごろな価格で必要十分な量、新素材に短期間で代替することは不可能であり、仮に革新技術によりこれらの基礎素材の脱炭素プロセスによる生産が近い将来に可能になったとしても、その大規模なプロセス転換には何十年もの年月を要するのは明白だとしている。

 例えば鉄鋼生産において、現在でも技術的には可能な、電気炉によるスクラップ・リサイクル鉄の生産プロセス(鉄鉱石から鉄を作る高炉法の約4分の1のCO2排出で鉄鋼生産ができる)は、温室効果ガス排出削減には効果的だが、一方で莫大な電力エネルギーを必要とし、最も効率的な電炉工場(年産百万トン規模)でも、年間に使う電力量は、15万世帯都市の年間電力消費量に匹敵する。(筆者註:これは日本だと人口15万人の都市は東京都東村山市や千葉県野田市にあたるが、一人当たり電力消費量が日本の2倍の北米の例なので、日本の30万人都市相当と仮定すると、県庁所在地である秋田市やコンビナートを抱える四日市市が相当する)。
 これを世界的に20億トンにも上る鉄鋼生産においてプロセス転換するには、3桁以上の電力供給が必要となり、鉄鋼生産だけで途方もない規模の脱炭素電源が必要となる(筆者註:そもそも現在の世界のスクラップ供給量には限りがあり、電炉によるスクラップ・リサイクルでは現在の粗鋼需要の半分も満たすことはできない上に、スクラップ・リサイクル鉄は不純物が混入し、それを除去する技術がないため、微妙な成分制御を要する高機能鋼材の製造には適用できず、世界の鉄鋼生産のおよそ7割が、CO2排出原単位の高い高炉法によって賄われているのが現実である)。

6.電気自動車大量生産の意味すること

 脱炭素に向けたこの「規模のハードル」のもう一つの例として、シュミル教授は、今後の交通分野の脱炭素化の切り札とみなされている電気自動車(EV)が抱える問題についても指摘している。

 現在生産されている平均的なEV乗用車1台当たりに使われている様々な物質の量は、リチウムが11㎏、コバルト14㎏、ニッケル27㎏、銅40㎏、グラファイト50㎏、そしてアルミニウム、鉄、プラスチックといった構造材が合計181㎏になるという。これらの素材を精錬、精製、化合して自動車産業に供給するために必要となる原材料としての、高品位の天然資源(鉱石)の累計は、EV1台当たり40トンにも上り、さらにそうした鉱石を採掘、選鉱する前に実際地球から掘り出さなければならない岩石を含む鉱物の総量は、車1台当たり225トンにも上ると計算している。

 シュミル教授の試算では、現在世界で1年間に生産、販売されているガソリン自動車は約1億台に上るので、これらをすべてEVに置き換えるためには、140万トンの精製されたリチウム、140万トンのコバルト等が必要となり、そうした希少金属を生産するためには総計40億トンの天然鉱石が必要で、それには原料生産地で、毎年225億トンもの原料鉱物を、掘削機やブルドーザー、パワーショベルなどの重機で莫大なエネルギーをかけて掘り出し、粉砕・選鉱し、運搬する必要があることになるとしています。要するに世界に80億人が暮らす地球の「規模の経済」を脱炭素化するためには、一部の先進国で補助金を使って普及する数十万~百万台といった規模の、現状のEV生産とは比べ物にならないほど大きな、投入物が必要となり、そうした投入物を生産する段階での物量的、エネルギー的制約が待ち構えているということである。

 シュミル教授はこの章の結びとして、こうした大規模な生活物資の生産・供給にかかわる採掘、精製、生産プロセスに必要とされる莫大なエネルギーが、すべて再エネなど非化石エネルギーに置き換わることが可能となる日がいつか来るまでは、人類の近代文明は本質的に化石エネルギーに依存し続けざるを得ないという不都合な真実を指摘し、そうしたモノの供給に必要なエネルギーにかかわる物理的な制約は、AI技術やアプリ、電子情報技術といった進歩の著しいヴァーチャル技術によって打破することは決してできないと結論付けている。

7.当たらない未来予想と希望の光

 同書の最終章「未来を理解する~終末論と特異点の間」において、シュミル教授は、現在の気候変動問題にまつわる終末論について、皮肉を込めて痛烈に批判したうえで、人類が過去に不連続なイノベーションにより、新たな次元に進み、様々な社会課題を克服する特異点を経験してきたことを指摘している。

 気候変動問題は、我々が未来をどう予想するかに大きく依存した課題である。2050年カーボンニュートラルなどといった厳しい対策の必要性の根拠となっているIPCC報告書では、過去のデータを複雑なモデルに当てはめて未来を予想し、人類がこのまま温室効果ガス排出を続けると、破滅的な事態を巻き起こすと警告し、直ちに大幅な排出削減策を打ち出す必要があるとしている。しかしシュミル教授は、IPCC報告書が依拠している未来予測シミュレーション・モデルが示す、2050年の未来に関する様々な数字のほとんどは、「単純な憶測」を超えるものではないとし、その多くは怪しげな前提条件や、悪く言えば政治的に都合の良い判断の下に計算されたものなので、賞味期限が短く、「単純に信じてはいけない」と読者にアドバイスしている。

 既に本稿でも紹介してきたように、過去に人類が懸念した化石燃料枯渇や食料供給の危機など、過去に行われた終末論的な未来予測は、聖書やノストラダムスの予言と同様、ことごとく外れており、死屍累々の歴史がある。人口動態のような比較的単純な未来予想ですら過去の国連の予想など、大きく外しているのが現実である。そうした中で、気候変動問題という多くの要素が複雑に絡み合う問題について、大量のデータ処理と複雑な計算を可能とした最新のコンピューターを駆使して、経済、社会、技術、環境など様々な要素が複雑に絡み合った相互作用を数量モデル化して、もっともらしく未来予想を行う場合、様々な前提条件を人為的に仮定して解く必要があり、結果として誤差が累積して大きな間違いをもたらすリスクに晒されていると警告している。

 シュミル教授は、こうしたモデルによる予測はあてにならないだけでなく、終末論的なアプローチは有益ではないとも主張している。たとえば多くの専門家や政治家が依拠するIPCC報告書で使われている未来予測モデルでは、厳しい温室効果ガス削減対策を実施するとしても、その効果が地球の温度上昇の抑制として発現するまでには、数十年のタイムラグがあることが認識されており、たとえば代表的な気候・経済モデル(DICE)によると、2020年代初期に多大なコストをかけて実施された厳しい削減対策が、費用を上回るネットの便益を社会にもたらすのは、2080年ごろになるとされている。終末論に触発されて対策に取り組む初期の世代は、削減コストを負担するだけで、その恩恵にあずかることはできないというわけである。2世代後にようやく効果が感じられるような対策に、現在の世代がどれだけのコストを払う気になるかは、社会科学的なテーマだろう。

 シュミル教授はそうした中で、コストのかかる厳しい削減対策を正当化するために、最先端の科学的手法を使いつつ、怪しい仮定に基づいた不確実で大げさな終末論を唱え、それを悪いニュースに飢えたメディアが世界に広める、という現在の気候変動問題の構図に対する疑問を呈する一方で、人類は「予測できない科学技術の進展(技術的特異点)」により、必要に応じた対策を生み出し、難局を乗り越えてきた歴史があるとも指摘している。アンモニア肥料やシェールガス革命が、過去に懸念された社会の制約を打破し、人類の未来を前向きに変える規模の変革をもたらした歴史がある。しかしその一方で、こうした技術革新にも累々たる失敗の山があり(米国政府は、小型原子炉を動力とする原子力飛行機の開発を1961年に諦めるまでに、何十億ドルという研究開発費を投じているという)、技術的特異点を前提とした未来を正確に予測することはできない、ということも指摘している。

 シュミル教授の本書を締めくくるメッセージは以下のようなものになっている。

私は悲観論者でも楽観論者でもない。私は科学者だ。「世界はいかにして営まれているか」を理解するには(予め決められた)議題は存在しない。過去、現在そして不確実な未来について現実的な理解を持つことが、我々の前に広がる計り知れない時間にアプローチする基礎となる。・・未来は決まっておらず、それは我々のアクションにかかっている

 同書はこの夏、米国でベストセラーになり、既にペーパーバックスとして普及版が売り出されている。残念ながら邦訳はまだ出ていないが、シュミル教授の著書の多くは翻訳出版されており、昨年春にも近著「世界のリアルは「数字」でつかめ!」がNHK出版から翻訳出版されて、国内でもベストセラーの一角を占めていて、こちらもお勧めである。本稿では筆者が読んで啓発された新著「How the World Really Works(世界はいかにして営まれているのか)」の内容のごく一部について、筆者の解説を交えて紹介したが、時間のある方は是非原著を手にして一読することをお勧めしたい。ビル・ゲイツ氏が次世代原子力発電や核融合といった、温室効果ガス排出を伴わない高密度で莫大なエネルギーを安定的に生み出せる革新的なエネルギー技術開発を、なぜ私財を投じて支援しているか、納得することができるだろう。