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G20エネルギー・気候変動関連プロセスについて思うこと


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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グラスゴー気候協定をリオープンする途上国

 8月31日、インドネシア・バリ島で開催されていたG20環境・気候変動大臣会合は共同声明を採択することなく閉幕した。日経新聞等の報道では「ロシアのウクライナ侵攻をめぐり、各国の立場の隔たりが大きく、共同声明採択を見送った」とされているが、これは正確ではない。現実には100を超えるパラグラフのうち、各国の意見が収斂したのは半分にも満たず、ロシアのウクライナ侵攻以外にも先進国・途上国間で大きな溝があった。
 2021年はバイデン政権の誕生、米国主催の気候サミット、英国主催のG7サミット、イタリア主催のG20サミット、英国主催のCOP26を通じて野心的な取り組みを求める先進国のペースで国際的な議論が進められた。1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルを目指すことを特筆大書したグラスゴー気候協定の採択はその集大成と言える。本年6月のドイツ主催のG7サミットにおいてはグラスゴー気候協定を踏まえ、電力部門の脱炭素化、国内石炭火力のフェーズアウト、化石燃料部門への公的支援の原則停止、新興国に対する1.5℃目標と整合的な目標改定の要求等の野心的な文言がちりばめられた。
 しかしインドネシア主催のG20では中国、インド、サウジ等の主要途上国が一斉に先進国主導の野心的議論に反旗を翻し、途上国と先進国の共通だが差異のある責任、途上国に対する支援の大幅拡充要求等を主張した。特に注目されるのは主要途上国がグラスゴー気候協定や1.5℃目標への言及にも反対したという点である。
 グラスゴー気候協定はCOP26で全会一致で採択されているので、これへの言及に反対することは通常は想定しにくい。しかしグラスゴー気候協定はパリ協定の1.5℃~2℃目標のうち、1.5℃をめざすとしており、2030年全球45%減、2050年全球カーボンニュートラル等、中国、インドの目標値を考えれば実現可能性が限りなく低い目標数値を掲げていた。おそらく主要途上国はグラスゴーで「譲り過ぎた」という意識を持っているのではないか。
 筆者はグラスゴー気候協定が採択された際、途上国からのリベンジが起きるという予測を立てたが、それが現実のものとなった形である。更に現在はウクライナ戦争によって世界的なエネルギー価格、食品価格の高騰が生じており、世界経済の後退が予測されている。こうした中で相変わらず温暖化防止を最優先にかかげる先進国に対して経済成長を優先する新興国が反旗を翻しても驚くにあたらない。11月のCOP27の先行きは厳しいものになることが予想される。

ポリコレ注1)のエネルギー転換議論が幅を利かすエネルギーフロント

 9月2日にはG20エネルギー転換大臣会合が開催された。筆者は東アジアASEAN経済研究センター(ERIA)の肩書で参加したため、G20参加国政府による閣僚共同声明策定プロセスには参加していないが、国際機関が参加するセッションでの議論を聞いていていくつか感じたことがある。
 第一に先進国、途上国共に会議での発言が判で押したようにクリーンエネルギー転換、再生可能エネルギーの重要性、エネルギー研究開発の促進等のオンパレードであったことだ。エネルギー戦線はミニCOPの様相を呈した気候変動戦線と異なり、先進国・途上国対立の様相は低い。もちろん、クリーンエネルギー転換も再エネ・省エネも目指すべき方向であり、何も違和感がない。
 しかし世界が直面している喫緊の課題はエネルギー危機であり、その背景は石油・ガスの上流投資の不足、LNG投資の不足により、エネルギー供給が2021年以降の世界経済の回復によるエネルギー需要増に追いついていないことだ。8月29日にはERIA・インドネシア政府主催でガスクライシスに対する短期的解決策に関するパラレルイベントが開催されたが、現在のエネルギー危機に対応するためにはガス生産の増大、新規ガス投資が必要であり、化石燃料投資を悪玉視する欧米主導の議論には問題があるとの見方が強かった。確かにG7エルマウサミットでは「ロシアへのエネルギー依存を低下させるためのLNG投資の重要性」については盛り込まれた。しかしこれは極めて欧州中心的な考え方であり、世界的なガス不足に対応した文言とは言えない。
 ところが大臣会合では欧州は脱化石燃料と再エネ推進こそがエネルギー危機への正しい対応策であると相変わらずの議論を繰り返し、新興国・途上国サイドもポリコレ的な発言に終始しているように感じられた。「自分たちにとって化石燃料価格の上昇は大きな負担である。エネルギー増産、新規投資が必要だ」という至極当たり前の議論が途上国・新興国から余り聞かれず、上流投資の重要性を最も強調しているのが日本という奇妙な構図である。各国とも足元ではエネルギー危機への対応で大わらわのはずなのに、大臣会合のテーマが「エネルギー転換」であるとはいえ、耳あたりのよい将来のエネルギー転換の話ばかりが強調されるのは如何なものかとの感想を禁じ得なかった。
 第二に次期G20議長国インドが化石燃料火力について展開した独自の主張である。今回、閣僚声明案にはグラスゴー気候協定の文言をなぞり、「排出削減措置を講じていない石炭火力のフェーズダウン」という表現が含まれていたが、インドは「排出削減措置を講じていない化石燃料火力のフェーズダウン」と対象を拡大する案を出してきたのである。まだまだ化石燃料依存が高い途上国にとってフェーズダウンの対象が拡大することは受け入れられないはずなのに、インドが何故このような主張をするのか理解できなかった。
 インドのロジックを自分なりに解釈すると「エネルギー温暖化議論では石炭火力ばかりが狙い撃ちで叩かれているが、皆がいうようにカーボンニュートラルを目指すのであれば、天然ガスも石油もフェーズダウンの対象であるはずだ。閣僚声明の中では削減技術(abatement technology)や除去技術(removal technology)の重要性が指摘されており、これらを動員すれば化石燃料の活用が可能になるのであり、逆にこれらを伴わない化石燃料は石炭にとどまらず、全て「削減対策を講じていない(unabated)」であり、フェーズダウンの対象とすべきだ」ということである。そう言われてみるとインドらしいロジックで筋道が立っている。昨年のCOP26の終盤でインドが石炭のフェーズアウトをフェーズダウンにすることを強く主張したことは記憶に新しい。会合中にインド代表団と話をすると「自分たちは再エネも導入するが、旧式の石炭火力を高効率石炭火力に置き換えることもする。現実的なペースで徐々に脱炭素化を進める」と言っており、欧州のような性急な化石燃料敵視ではない。欧州はインドで最も中心的なエネルギーである石炭を狙い撃ちする一方、自らはガス不足を理由に石炭を燃やし、世界中でLNGを買い漁っている。今回のインドの主張はそうした欧州の身勝手さに対する独自のロジックに基づくリベンジのようにも思われる。

日本の課題

 今回の一連のプロセスは来年G7議長国を務める日本にとって種々の課題を提示している。2023年はG7を日本、G20をインドとアジア諸国が同じ年にG7とG20の議長を務める稀有な年である。日本としてはインドと連絡を密にし、欧州主導の教条的な議論が幅をきかせるエネルギー温暖化議論にアジアの実情を踏まえた現実的なメッセージを出したいところだ。ドイツのサミットのように野心レベルの矢鱈に高い共同声明を採択しても、インド主催のG20でひっくり返されたのでは意味がない。「先進国がまず範を示す」といっても先進国の自縄自縛になってしまったのでは意味がない。
 ウクライナ戦争による世界の分断はG7とG20の分断ももたらしており、特に気候変動回りの先進国・途上国対立は深刻である。日本が欧州型の教条主義を振りかざすことは得策ではないが、インドに近づきすぎると他のG6諸国から白眼視される。化石燃料の役割を重視するトランプ政権であれば作戦の自由度が増していたであろうが、原理主義者のケリー特使が気候変動フロントを仕切っている限り、日本は難しい立場に立たされよう。ただ構図に変化の兆しがないわけでもない。欧州も特にエネルギー政策当局は、ポリコレのタテマエはともかく、自分たちの再エネ一辺倒の施策が限界を露呈したことは認識し始めている。エネルギー価格の高騰や冬場にエネルギー不足が顕在化すれば原理主義的な政策を見直さざるを得なくなるだろう。米国については中間選挙の帰趨が大きな影響を与えるだろう。日本にとっては岸田総理が打ち出した原発活用路線を確固たるものとし、エネルギー温暖化政策の自由度を増すこともエネルギー温暖化外交を後ろから支える上で極めて重要だ。

注1)
ポリコレはポリティカル・コレクトネス(political correctness)の略であり、政治的妥当性とも言われる。