MENUMENU

マスコミが伝えない欧州の熱波の真実

IPCCと科学論文が本当に言っていることは何か


印刷用ページ

監訳:キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志  翻訳:木村史子

本稿はロジャー・ピールキー・ジュニアによる記事「SERIES: What the media won’t tell you about . . . Part 3: Drought in Western and Central Europe」を許可を得て邦訳したものです。


出典: EC EDO

 この記事は、ブログThe Honest Brokerで現在進行中の「メディアが伝えないこと」と題するシリーズのひとつである。このシリーズは、異常気象や気候変動に関するメディアの報道が、公式データや査読済み文献、IPCCのコンセンサス評価から大きく乖離することが日常茶飯事で、誤解を招くことが多いため、これを正すために始めたものである。誤報の多い時代にあって、気候に関する報道ほど科学的なコンセンサスから大きく逸脱した話題はなく、正確さの基準が低いものも少ない。もちろん、私はいつものように、人類が引き起こした気候変動は事実かつ深刻であり、積極的な緩和策と適応策は正しい考えであり、ネットゼロ目標を支持する。しかしだからといって誤った情報を正当化はしない。
 本シリーズの以前の記事

パート1: メディアが伝えないこと・・・・ハリケーン(訳注:未邦訳)
パート2:メディアが伝えないこと・・・・米国の熱波(訳注:邦訳ずみ

 そして今回は、パート3として 西・中央ヨーロッパの干ばつについて述べたいと思う。

 ヨーロッパでは、過去500年間で最悪の干ばつの真っただ中だと言われている。欧州委員会の干ばつ専門家が先週のコメントで以下のように述べている。

まだ進行中なので、(今年の干ばつの)事象を完全に分析したわけではないが、私の経験に基づけば、おそらく2018年よりもさらにひどい状態であると思う。ただ、2018年の干ばつは、少なくとも過去500年を振り返っても、2018年の干ばつと同様の事象は他にないほどひどかったが、今年は本当に2018年よりひどいだろう。

 現在進行中の2022年欧州干ばつの完全な分析はまだ終わっていないので、干ばつそのものも、前例がないとは言えないが、明らかに例外的であることは確かである。この投稿では、今年の干ばつが気候変動によってどのような影響を受けている可能性があるのか、その現状について詳しく見ていきたい。

 とりわけここでは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の第6次評価報告書(AR6)とその基礎となる文献やデータから、西ヨーロッパと中央ヨーロッパの干ばつ傾向の検出についてと、それらの傾向と温室効果ガス排出の関連性について報告する。下図黄色ハイライト部分は、この投稿で取り上げる特定の地域「西中欧(WCE)」を示しており、ドイツ全土、フランスの大部分、ハンガリー、ポーランド、ウクライナ、ロシア西部などを含んでいる。


IPCC AR6で定義されたヨーロッパの地域

 一般的に言うと、上の地図にあるWCE以外の3つの地域については、2100年までにおいて、様々な温暖化レベルと様々な確信度でIPCCは干ばつの傾向を予測している。結論を言うと、北ヨーロッパ(NEU、英国を含む)では干ばつが減少し、地中海(MED)では増加し、東ヨーロッパ(EEU)では非常に不確実である、としている。
 他の地域については、またの機会に深く掘り下げてみたいと思う(自分で調べたい方はIPCC AR6 Chapter 11 を参照のこと)。

 西ヨーロッパと中央ヨーロッパ、特にドイツと北フランスでは、現在多くのニュースが報じられているが、干ばつに関する科学的理解の現状を正確に示すものは、たいてい見あたらない。その代わりに、ジャーナリストや一部の科学者が、今年の干ばつは人類が引き起こした気候変動の顕在化(signal)である(あるいは、お好みによっては、気候変動「によって加速されている」「に結びつけられる」「の証拠である」)と自信満々に主張しているのが目に付く。

 ガーディアンにあったツイートを見てみよう:


過去30年間の科学における赤い糸?(訳注:赤い糸は重大な事件の意味)

(1)
現実の災害が気候科学を裏付けた
(2)
予想以上のスピードで変化している。これは、ヨーロッパで起きた過去最悪の干ばつの写真だ。我々が緊急に行動を起こすために、これ以上多くの証拠が果たして必要なのだろうか?

写真:ヨーロッパ史上最悪の干ばつ:干上がったグリーンウィッチ、干ばつに苦しむベルリン、スペインからベルギーにかけての山火事 ― ヨーロッパはこの夏、猛暑を経験している。

 さてここで、この地域の干ばつの傾向と、それが気候変動に起因する可能性について、専門家の査読を経た文献とIPCCが実際に述べていることを見ていこう。

 最近の研究の一つであるVincente-Serrano et al. 2020は、1851年から2018年までの西ヨーロッパにおける干ばつの長期的傾向を、降水量不足に着目して調べたものである(彼らの西ヨーロッパの地理的定義は、IPCCの定義と若干異なることに注意)。下図は、この地域全体の傾向を集計したものである。彼らは次のように結論付けている。

我々の研究で強調されたことは、長期的(1851-2018)な観点からすると、西ヨーロッパ全域における干ばつに一貫した傾向は無いことだ。

 この論文では、ヨーロッパ全域のさまざまな地域について、干ばつに関する複数の異なる指標を検証している。なお著者らは、干ばつに関する指標は他にもあり、異なる結果を示す可能性があることも注意深く述べている。

これらの結果は、どのような干ばつ指標を使用したか注意しながら見るべきものであることを強調したい。我々の干ばつ特性の評価は、降水量に基づく指標である「SPI」に基づいて行っている。しかしこの地域の干ばつを長期的に評価する際には、他の重要な変数(例えば、河川流量、土壌水分、AED)を用いた指標を用いることは不可能である(訳注:AEDは大気蒸発需要)。

 もう一つの最近の研究であるOikonomou et al. 2020は、1969年から2018年までの、より最近の傾向を調査している。ここではIPCCヨーロッパの4つの小地域をすべて含めて調査している。その結果、全体として次のことが分かった。

それはこの研究の中心的な成果の1つであるが、1969年から2018年まで干ばつの性質にはほとんど変化が無かった。また、ヨーロッパの2つの主要な地理的領域において、干ばつの頻度が高くなったり低くなったりする特別な傾向は無かった。このことは、干ばつという自然災害の確率的性質(訳注:定まった傾向ではなく、偶然の変動に支配されること)を裏付けるものである。

 もちろん、上述した研究でも認められているように、トレンド分析は開始日と終了日に影響を受ける可能性がある。影響を受けやすい理由の一つは、人間の強制力(訳注:CO2などによる温室効果などのこと)がない場合でも、気候は大きく変動する、という事実である。この変動は、もちろん、長期的なトレンドを検出する際の課題の一つであり、特にまれな事象の場合はなおさらである。

 IPCC AR6では、上記の2論文を含め多数の論文を要約しており、干ばつを気象学的、水文学的、農業・生態学的の3つに分類し、それぞれ降水量、河川流量、土壌水分に重点を置いている。

 西ヨーロッパと中央ヨーロッパにおける水文学的干ばつに関しては、IPCC はこれ以上ないほど強い結論を次にように出している。

西ヨーロッパ、中央ヨーロッパ、北ヨーロッパの地域では、1950年以降、水文学的な干ばつの厳しさに変化があったという証拠はない。

 西ヨーロッパと中央ヨーロッパの水文学的な干ばつについては、IPCCは、更に強く結論している。

信頼度は低い: 傾向としては弱いかあってもごくわずかである。

 なおIPCCは、WCEを他の多くの地球上の地域と一緒にして、「農業的・生態学的干ばつの過去の増加は、すべての大陸といくつかの地域で見られる」という結論で、信頼度中と表現しているが、この定性的判断は、通常、約50%の確率で真実であると解釈されるものである。

 IPCCは、将来的な展望をするにあたり、現在の干ばつの増減傾向を気候変動に帰属させることはできないことを明白にしている。気温が2度と4度上昇した場合の水文および農業・生態学的干ばつの増加については中程度の信頼度しかなく、気温が2度上昇した場合の気象学的干ばつの増加については低レベルの信頼度しかないと予測している。すなわち、IPCCは気温が2度よりかなり低い2022年においては影響の検出(detection)も気候変動への因果関係の帰属(attribution)も出来るとは考えていない。このことが示唆するのは、検出及び帰属がはっきり主張できるようになるには何十年もかかるだろう、ということだ。

 IPCC AR6 Chapter 11に掲載されている、干ばつの様々な指標に関する要約表をつなぎ合わせて、以下に再掲する(または、IPCC AR6 Chapter 11の1689-90を参照のこと)。


表:IPCC AR6では、西ヨーロッパと中央ヨーロッパの干ばつに関する様々な指標について、その結論を要約している。
出典:第11章1689-90(訳注:邦訳は省略)

 本稿の結論はこうだ。西ヨーロッパと中央ヨーロッパ(基本的には大西洋岸フランスからモスクワまで、地中海地域以北と北海地域以南)において、IPCCとそれが評価する基礎となる査読付き研究は、干ばつは増加しておらず、従って論理的に言って、干ばつの増加は人為的な気候変動によるものではない、と結論付けている。唯一の例外は、IPCCが、いくつかの小地域における土壌水分不足の増加傾向について中程度の確信を持っていることであるが、IPCCは、「この傾向が人為的な気候変動に由来するとする確信度は低い」としている。将来、気温が2℃以上変化した場合についても、現時点ではIPCCは現時点の科学的理解が変わるとは考えていない。

 しかし、今後も引き続きご注目して欲しい。そのために我々は科学するのであるから。