自然災害による損失額は増加しているか?
欧州のデータについての解説
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監訳:キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志 翻訳:木村史子
本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア氏による記事「Making Sense of Trends in Disaster LossesPart 2: Normalized disaster losses in Europe 1995 to 2019」を許可を得て邦訳したものです。
この投稿は、私たちが地球上で目にする災害をより良く理解するためのシリーズ第2弾である。2022年、どこにでもある高画質の映像やソーシャルメディアを通じて、災害の様子をリアルタイムで見ることができるようになり、過去数年や数十年ではあり得なかった方法で災害の影響を実感することができるようになった。しかし、世界各地の災害の映像を見ることができる今日の技術を以てしても、長期にわたる社会の変化や気候の変化の中で災害を理解することは、専門家であっても難しいことなのである。
本稿では、過去の異常な気象現象が現在の社会状況(現在の人口、経済発展レベル、近代的インフラなど)の下で発生した場合、経済的および他の人間活動への影響を推定しようとする「正規化」という、経年災害を理解するアプローチについて引き続き説明しようと思う。このシリーズの第1弾(訳注:未邦訳)をまだお読みでない方は、先に読み進める前にぜひ一読して欲しい。
ここでは、正規化するための非常にシンプルなアプローチを説明し、その過程で、他では見られない新しい分析を紹介したい。そして具体的には、ここ数十年の間にヨーロッパで発生した災害による経済損失を、成長するヨーロッパ経済との関連において評価しようと思う。
正規化分析を行うためにまず必要なデータは、災害損失である。下のグラフに示す災害データは、欧州環境庁の仕事を参考にして、Scope Ratings GmbHが昨年発表した1980年から2019年までのデータで、インフレ調整済みの2020年のユーロで表示されている。
上記のデータには、気候(climate)、天候(weather)、水文(water)に分類される異常な気象現象による損失が含まれている。1991年の数十億ユーロから1999年の350億ユーロまで、様々な損失があることがわかる。ヨーロッパはハリケーンや竜巻がほとんどないため、災害による経済損失はアメリカよりはるかに少ないことがほとんどである。1990年以降、全体的な傾向としては、増減はない。
しかし、時間が経つにつれて、経済は通常成長する。つまり、より多くのインフラ、より多くの財産、より多くの富が、異常な気象現象による損失の可能性にさらされてゆくのだ。したがって、他のすべての条件が同じであれば、より多くのものを危険にさらすことになるため、気候、天候、水文よる経済損失は時間とともに増加する傾向にあると予想される。これが、単に経年的な経済的損失を見ることが誤解を招きかねない理由である。気候、天候、水文の異常が変化してゆくだけでなく、私たちのコミュニティもまた変化するのである(これについての考察はPart 1参照のこと)。
長期的な災害損失における社会の変化を考えるための非常にシンプルな(しかし非常に強力な)アプローチは、経済全体(通常はGDPとして測定される)に対する割合で損失を見ることである。実際、国連の「災害リスク軽減のための仙台防災枠組」では、災害損失額のGDPに対する比率を進捗状況の指標の一つとしている。
ここでは、Eurostatの欧州のGDPデータ(欧州経済領域EEA27カ国+英国、トルコ)を使っている。1995年から2019年までの欧州の災害損失をGDPで正規化したものを下のグラフで見ることができる。
EEAとイギリスのGDPデータは1995年から整備されているので、1995年から始まっている。トルコのGDPデータは1998年まで遡るものであるため、1995年から1997年の棒グラフは、トルコを含めた場合よりも若干小さくなっている(1998年のトルコは欧州全体のGDPの約3.5%)。
1995年から2019年までの25年間で、ヨーロッパの災害損失の対GDP比は、ほぼ半分と大幅に減少した。今日経験する災害のひどさが軽減されるわけではないが、長期的に見れば、この傾向はもちろん非常に良いニュースであり、ぜひ続いてほしいものである。
正規化された損失の減少傾向が確かなものであることを確信できる、ある一つの方法は、ヨーロッパにおける災害の発生件数を追跡するデータベースを並行して見てみることである。下のグラフは、ベルギー災害疫学研究センターのEM-DATデータベースのデータである。これを見ると、2001年から2021年にかけて、ヨーロッパでの災害の発生件数が減少していることがわかる。
つまり、2つのデータセットで追跡した期間において、災害の発生件数とその被害額はともに減少しているのである。このことから、今世紀に入ってから災害の経済的影響が減少したと確信できる。
もう一つ、重要な整合性チェックがある。下の図は、Scope Ratings GmbHの分析による、ヨーロッパ各国の年間平均経済損失を一人当たりGDPに対して表したものである。裕福な国ほど、GDPに占める年間経済損失の割合が低いことがわかる。ヨーロッパでは、より裕福であればあるほど、相対的な損失は少なくなっていることがわかる。
また、上記のデータは、ヨーロッパが豊かになるにつれて、GDPに占める災害損失の割合が減少してきたことを裏付けている。これは、災害の経済的影響が減少するという世界的な傾向の一部であり、ヨーロッパでも観察されていることは驚くことではない。このような傾向が続くかどうかは、私たち次第であり、変動ないし変化する気候に直面する世界中の異常な気象現象に対して、どのように対策を立て、準備し、対応するかということなのである。
シリーズ第3弾では、米国のハリケーン被害を例に、より技術的に洗練された正規化のアプローチについて詳しく見ていきたいと思う。