世界最先端のAI監獄実験場

書評: ジェフリー・ケイン 著 、濱野 大道 訳『AI監獄ウイグル』


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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電気新聞より転載:2022年7月8日付)

 ここは新疆ウイグル自治区。大勢の人込みに紛れて歩いているつもりだったが、警官がつかつかと近寄ってきて、あなたはたちまち拘束される。警官はゴーグルを付けていた。内側には映像が映し出され、そこに人々の名前や所属が表示される。よそ者が来れば直ちに分かるという訳だ。一度拘束されれば、その後に何が待っているかは分からない。

 全ての人々を完璧に管理するというのは、あらゆる独裁者の夢だった。戸籍も、検地などと呼ばれた土地の測量も、もれなく納税させる目的で発明された制度だ。15人組で人々に互いに監視させ、密告を奨励したのは秦の始皇帝の頃だから、2千年も前の話だ。

 そしていま新疆ウイグル自治区では、ウェブカメラが至るところに設置され、人々は顔認証技術で管理されている。そこではおぞましいジェノサイドが行われていることは今や広く知られるようになったが、それに逆らう言動は、直ちに当局の知るところとなり、多くの人々が拘束されてゆく。

 独裁主義や不平等な政府は長続きしない、としたり顔で話す識者がいる。だがこれは全く違う。世界の歴史を見ると、そのほとんどが独裁である。独裁者は、反発する人々がいれば殺してしまう。そして人々に恨まれていることを知っているから、絶対に権力を手放そうとしない。中国の歴史もおぞましい独裁者に血塗られてきた。何千万人という人々が殺されてきた。

 中国は新疆ウイグル自治区に「AI監獄」を造り出した。そのシステムは、もとは米国の技術であったが、いまや世界最大の実験場となり、日々進化している。そして中国全土に広がりつつある。最近、コロナ対策として中国は全国民をより強固な監視下に置いた。ロックダウンに抵抗したり、銀行の取付け騒ぎに参加した人々が、突然PCR陰性証明を取り消され、事実上外出不能になったという事案が連日ネット上で報道されている。

 そしてこの恐るべきシステムは、世界中の独裁国家に輸出されつつある。いま世界は結束してロシアの独裁体制に立ち向かっているとよく報道されるが、これは嘘だ。ロシアを経済制裁しているのは先進国だけであり、世界人口の15%に過ぎない。世界には独裁的な国が多い。これから我々が生きるのは、AI独裁の世界だろうか。この本から、そんなおぞましい奈落を垣間見ることができる。


※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

『AI監獄ウイグル』
ジェフリー・ケイン 著、 濱野 大道 訳(出版社:新潮社)
ISBN-13:978-4105072612