手のひらを返し石炭にすり寄る欧州諸国

誰がEU政策の余波を受けるのか


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 欧州委員会はロシア産石炭輸入禁止を提案すると4月5日に報道された。EU27カ国のロシアからのエネルギー輸入額は、2021年991億ユーロ(約13兆円)だが、天然ガスと原油・石油製品が大半を占め、石炭の占める比率は4%程度に過ぎない。褐炭を含む石炭需要量の6割以上は欧州内で生産され、輸入比率が天然ガス、原油ほど高くないこと、また石炭生産・輸出国には米国、豪州のように政治的に安定している国が多いことから、石炭であれば禁輸の影響は少ないと考えたのかもしれない。

 2月24日のロシアのウクライナ侵略後も続くEUのロシアからの化石燃料輸入額は、4月6日現在195億ユーロ(約2兆6000億円)を超えたが、その内石炭は7億2000万ユーロを占めるのみで、残りの額は、天然ガスと石油が二分している。禁輸してもロシアへの打撃は大きくないように思われるし、また脱石炭を進めてきた欧州主要国への打撃も大きくはないだろう。

 欧州西側国は脱石炭を進めてきた。既にベルギー(2016年脱石炭完了‐ただし統計上は輸入数量がある。以下年は完了年)、オーストリア(2020)、スウェーデン(2020)、ポルトガル(2021)が実施済みであり、今後フランス(2024年予定)、英国(2024年)、イタリア(2025年)、ドイツ(可能であれば2030年)などが続くことになる。この背景にEU内での石炭生産量の落ち込みがあることも見逃せない。

 1990年EU内の石炭生産量は、2億7740万トンあった。ドイツ7660万トン、フランス1050万トン、スペイン1450万トンと主要国も生産を行っていた。その後、採炭条件の悪化を受け各国は相次いで国内の石炭生産から撤退し、EU内で石炭生産を行っているのはポーランド5440万トン、チェコ220万トン(2020年)のみになってしまった。大規模露天掘りで採炭されコスト競争力がある褐炭については依然として2億トン以上が採炭され、ドイツ、ポーランド、ブルガリアなどで発電に利用されているが、輸送が困難であることから輸入は殆どない。

 EU内生産量の落ち込みもあり、老朽化し石炭輸入港からも離れた位置にある石炭火力発電所の閉鎖が進み、発電用石炭の数量も2010年代になり落ち込みが続いていた。2012年に1億7040万トンあった発電・熱部門での石炭消費量は、2020年6260万トンまで減少した。鉄鋼生産用コークス製造に使用される原料炭3750万トンとセメント製造などに使用される燃料用石炭を合わせ、2020年EU27カ国では、1億4380万トンの石炭が消費されている。

 褐炭と石炭を合わせると、輸入依存度は35.8%。2020年ロシアからの輸入比率は49.1%なので、褐炭・石炭でのロシア依存度は17%であり、禁輸による影響は大きくないように見える。ただし、2021年後半からの欧州エネルギー危機が石炭を取り巻く状況を大きく変えている。天然ガス価格が急騰したことから、2021年後半欧州では石炭火力発電の利用率が向上した。Rystad研究所の速報値によると、2020年のEUでの石炭・褐炭火力の発電量4900億kWhは、2021年5790億kWhに増えている。2021年の石炭消費量と輸入量のデータは、EU統計では未だ発表されていないが、ロシアからの輸入数量は2020年比20%弱伸びたと発表されている。

 2020年主要石炭輸出国からのEU 向け輸出数量はの通りだ。2021年ロシアからの輸入数量は5000万トンを超えているだろう。国際金融機関と機関投資家が石炭を座礁資産とみなし投融資対象外としたこともあり、シェール革命の影響を受けた米国を初め、石炭輸出国の生産量は伸びていない。そんな中ロシアに代わる数量増が可能だろうか。加えて、国際エネルギー機関は、ロシア産天然ガス依存度減少のため石炭火力からさらに1200億kWh発電する案を提示している。実行するため4000万トンの石炭が新たに必要となる。

 ロシアからの石炭と合わせると、最大1億トンの石炭をロシア以外の供給国から調達することは可能だろうか。温暖化対策だけを頭においた脱石炭と石炭への投融資禁止は正しい政策だったのだろうか。EUがロシア産石炭禁輸に踏み切れば世界の石炭市場には大きな影響を与え、価格は上昇する。石炭依存度が高い消費国、途上国にとっては大きな脅威だ。それもEUの温暖化政策が引き起こす余波になる。

 脱ロシア産エネルギーは、日本にとっても他人事ではない。日本全体のロシア産エネルギー依存度は低い。ただ、日本にはEUとは異なる事情がある。特定の企業がロシア産エネルギーに大きく依存していることだ。そのため、日本の脱ロシア産エネルギーは、EUよりも難しい可能性がある。人の振り見て我が振り直せという言葉がある。日本も温暖化だけなく、安定供給と価格にも重きを置き政策を考えるべきだ。立ち行かない企業が出てからでは遅い。