中国の停電は温暖化対策が原因か?(その2)
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
※ 本記事はキヤノングローバル戦略研究所における対談動画を基に加筆修正したものです。
杉山:工場が操業を止めた本当の理由は、何だったのでしょうか。温暖化対策に関連する省エネの規制だったのか、それとも電気がないから止まったのか、それとも石炭がないから止まったのか。
堀井:発電所の発電量が足りないのは高い石炭価格のせいですが、それ以外の工場(製造業)の操業が止まっているのは地方政府の指示によるものです。中央政府は2019年8月頃からGDP当たりのエネルギー消費(GDP原単位)の抑制を掲げており、その後エネルギー消費の総量についても規制を掛け始めました。今年8月には、GDP原単位とエネルギー消費量の規制達成状況を各省ずらりとリストに並べました。「お前の省は両方赤信号だ」とか。ちなみにその後深刻な停電に陥った東北地方は全然問題ありませんでしたので、東北の停電の原因が温暖化対策という話がおかしなことだ、と分かります。他方で青海、寧夏、広西、広東、福建、雲南、江蘇の各省は両方赤信号です。沿海の各省は製造業が立地しているところですね。青海、寧夏は安い電力を利用した電解アルミや化学工場などの立地が厚い地域です。赤信号で警告された地方の政府は、習近平さんが怖いですから、当然、対策をしなきゃいけないということになりました。
それで具体的にやったことは、製造業の減産措置です。製造業に生産を縮小させて総量のキャップ(規制)の方をとにかく抑える。特に狙い撃ちにしたのがエネルギーの多消費業種、鉄鋼や電解アルミ、非鉄金属などの業種で、こうした業種の操業を週に3日とかに制限して、GDP原単位の方も改善が期待できるという目論見だったようです。
杉山:まあてっとり早く規制に対応するにはそれくらいしかないですもんね(笑)
堀井:そうですね。だって8月から12月って、すぐですから(笑)
杉山:いきなり言われてもね、新しい技術なんて入れる暇もないですから。量減らすしかないですね。
堀井:中央政府は、地方がそこまでやることを想定していたかはちょっとわかりません。現地調査の出張に行けなくて、現地の話が聞けません。ただ地方政府が中央政府を恐れて、忖度で暴走する可能性は中央政府も考えていたはずと思います。
これが一般メディアが言及している温暖化対策ですが、この措置が停電の原因になったという記事のおかしなところは、完全に因果が逆転してるところです。
8月にリストが出たことによって地方政府が焦って、工場のエネルギー消費を下げる、というのは電力需要の減少になります。そもそも温暖化対策ですから、当然電力需要を減らすことを目的にするわけで、停電の原因どころか、むしろ停電の被害を小さくする結果になったはずです。
日本の報道ではほとんど報じられていませんが、中国では電力不足自体は実際には2020年12月くらい一部地域で起こっていたようです。最大の理由はコロナからの回復で中国国内の需要と海外の中国製品の需要が急激に伸びたことです。今年1月から8月までをみると、電力需要は昨年より14%以上伸びた。一応石炭の生産量も伸びたけれども、4%くらいなので、全然足りてない。
それで去年の年末から実際には一部地域で電力の供給制限が始まっていましたし、――以下はまだエビデンスの無い憶測なので慎重に言わないといけないが――、停電をさせないため、電力需要を抑えるために、温暖化対策を口実にして、工場に減産を迫っているのかもしれない。
杉山:確かにそうやって停電を回避した方が政府としてはメンツが保てますよね。温暖化対策のためである、ということならば。
堀井:そうですね。実際問題として、電力消費を抑制するときに、対象をどこにやるかということを考えると、エネルギー消費量の多い工場からやる、というのがスムーズにやりやすい、ということもあったかと思います。
杉山:それにしても、日本だと停電が起きそうだというと多くの電力会社が採算を度外視して燃料を調達して停電起こさないようにするけれども、そういう習慣は中国にはあまりないのでしょうか。
堀井:もちろん、かつてはありました。かつては国有であり、日本と同様に発送電一貫で国家電力公司(会社)っていう形だったときは、そのような習慣はあった。ただしそのころは発電設備が足りなくて頻繁に停電は起こっていましたが。それでも、あのころは、できるだけ安定した電力供給をしようというマインドはきちんとありました。
1997年に発送電分離して発電会社は5社(全体のシェア6割くらい)、送電会社は2社という体制に変わり、当然改革の狙いとして発電会社の経営効率をあげる、というものがありました。発電会社は中国共産党が社長を任命していて、電力供給を安定させるように言われてはいます。それでも、やはり経営を上向かせなければ自分の首が飛びますので、利益重視になります。
安定供給の重要性はわかるけれども、逆ザヤが発生している状況を何とかしてくれないと、発電しようがないよ、というのが本音だと思います。
杉山:そうすると、中国版の電力システム改革があまり上手く機能しなくて、今回のような停電が起きてしまった、ということでしょうか。
堀井:改革の方向は正しいと思います。ネックとなったのは、中国の電力会社が負わされている本質的な矛盾です。
政府は電力の安定かつ安価な供給を重視しており、停電を放置することはあり得ないし、にもかかわらず電気料金価格も高くできなかった。
ちなみに中国では産業用より家庭用の方が電気料金が安くなっています。供給コストを反映すれば、当然、大口の産業用が安くなるが、中国では一般家庭用の電気の方が安い。それはやっぱり中国共産党の体質であり、一般家庭向けの電気を安価にすべき、という発想があります。
一方で価格を低く抑えながら、上流の発電と送電の取引は市場化を進めてきたということです。キメラというか、体の中に2つの相反するものがあるわけです。市場化を進めることは長期的に見ると効率を向上させて安価な電気料金につながる。しかし市場原理で石炭価格は上がったり下がったりしますから、石炭価格が上がったら、卸売電力価格も上げないともう発電できない。しかし電力消費者に小売で直面している送電会社としては、それでは安く電気を供給できなくなる。しかし政府は小売料金の引き上げにはなかなか踏み切れずに25年近く過ぎてしまった。このような難しい矛盾の中に置かれています。
だからまあ、システム改革の失敗といえば失敗です。方向は正しかった。けれども、やはり最後の電力の安価な供給というところの改革にはなかなか踏み込めなかった。
杉山:最近の別の報道で、石炭火力発電からの電力を送電会社が高く買い取るように、2割くらい引き上げるということが書いてあったと思います。おっしゃる話ですと、これは石炭火力発電所の逆ザヤを解消するための方法にはなるわけですね。
堀井:はい、最大で2割です。2割だけ価格を上げて、そこそこ改善するかもしれない。でも2割では赤字解消にまだまだ足りない。
中国政府のプレスリリースでは、卸売価格の引き上げ幅は当面は2割ですが、ゆくゆくは完全な自由化をすることを表明しています。つまり石炭価格が上がればその分だけ卸売価格を上げられる。タイムスケジュールはまだ示されていませんが、ただ、基本的には正しい方向になっている。
杉山:ただそれだと、家庭や工場に売られる小売の電力も価格は連動して上がるということですか。
堀井:いいポイントです。工場と業務用に関しては、小売電力は市場価格にしていく、とされています。
ただし当面は一応、一定の範囲に収めます。激変を緩和するためです。
スケジュールは示されていませんが、当面は一定の範囲での価格上昇を容認する。その後は、工場や業務用は、電力の小売りを自由化してゆく。安価な電力の保証というのは、工場と業務用に関しては見直されていくことになります。
杉山:家庭についてはどうですか。
堀井:一般家庭向けと農業用に関しては依然として、安価で安定的な電力を保証する、と明確に書かれています。この辺りを見れば、中国共産党がいかに一般庶民への安価で安定な電力供給を重視しているか、よくわかります。
杉山:今後の見通しですが、いまの停電が解消されるのはいつ頃でしょうか。
堀井:見通しはやや暗いです。ひとつは、卸売り価格の引き上げが2割に留まると、送電会社にも発電会社にも逆ザヤが発生する状態で、痛み分けのようになると思います。
逆ザヤを埋めるために、別途、国家から補助金が出る可能性があります。それの効き次第で発電所は発電するようになり、送電会社も何とかやっていけるかもしれない。そういう意味では、今回の2割引き上げと補助金の組み合わせで、発電所の稼働率が上がれば、電力不足が解消に向かう可能性はあります。
ただ、石炭の高騰自体がここで終わるのか、という問題があります。特に私が注目しているのは、山西省で起こっている洪水です。あまり日本で報道されていませんが、結構ひどいことになっています。山西省の洪水でかなり炭鉱が止まっている。山西省は内蒙古に次ぐ第2位の石炭産地です。それで石炭のスポット価格が1日で8%も上がった。
山西省の石炭生産が復帰するのは、さすがに年内はちょっと難しいということになると、1月からの寒い時期には暖房用の石炭需要もありますから、なかなか石炭価格の高騰が収まらないという状況が考えられる。すると結構停電が長引くのではないか、と考えています。
杉山:なるほど。最後に一言、お願いいたします。
堀井:まとめます。制度的な問題で電力供給が少なくなり、停電になった。温暖化対策は、電力の消費量を減らすことであり、それは停電の原因ではない。
昔ならば価格が上がれば石炭は増産されました。炭鉱は発電所などと違って生産能力と言っても、設備で生産しているわけではなく人が介在する余地が大きいので、生産能力を2割以上上回って生産することも常態化していました。但し、そうした超過生産は炭鉱事故を増加させたり、容易に再び過剰生産に陥ったりするので、去年、炭鉱が超過生産したら、経営者の責任を問うという措置が出されました。習政権は強権的ですからね、経営者は決して増産しようとしなくなりました。これが石炭価格高騰の一因になっていた。
停電を受けて、中国政府は超過生産も認める、という方針を確か先月に出しました。中国政府は停電を復旧しようと必死で、「温暖化対策のためなら停電も辞さず」などという報道は、あまりに事実と反していて、デマだと言っていいと思います。
中国は、以前のキヤノングローバル戦略研究所の動画でもお話ししましたが、2030年まではまったく石炭火力の削減に手を付ける気はありません。「温暖化対策、石炭の消費量抑制」とか言って、石炭火力の稼働を強制的に抑えるなんてことはありません。
中国は非常に現実的でしたたかな温暖化対策を考えています。2025年以降は少し石炭火力が減りますが、非常に小さな減少です。
性急な温暖化対策をして経済に打撃を与えるようなバカげたことはしません。中国政府は非常に賢いです。むしろ今回の停電を受けて、再エネを急拡大させる中で石炭火力を冷遇すると、電力の安定供給に支障を来たす可能性があらわになったわけで、今後石炭火力を従来よりも長く活用するという方向に転換する可能性すら考えられます。
杉山:なるほど。今日は堀井准教授に中国の電力不足のお話を伺いました。堀井先生、本当にどうもありがとうございました。
堀井:ありがとうございました。