バイデン政権電力セクターにおける温室効果ガス削減政策


環境政策アナリスト

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 バイデン米大統領は「2050年までに温室効果ガス実質排出ゼロ」の目標を表明しており、電力においては2035年までにネットゼロ排出をゴールとしている。しかしながらバイデン政権にとってこの目標には大きなチャレンジが予想されている。たとえば2月9日発表のエネルギー情報局(EIA)の短期エネルギー見通しによれば天然ガス価格の上昇が続くために石炭火力の発電量が増加するとみている。電力会社の脱炭素計画は2050年までを目標としており、バイデン政権が目標とする2035年目標には間に合わない。州でもこれまでの温室効果ガス削減規制が紆余曲折したため州によって取り組みはまちまちである。問題を複雑にしてきたこれまでの政権の対応を概観し、見通しを整理したい。

1.クリーンパワープランをめぐるオバマ政権からトランプ政権への推移

 オバマ大統領が就任した直前の2007年に最高裁は温室効果ガス削減を大気浄化法により規制できるとの裁定をした(マサチューセッツ州対環境保護庁判決)。オバマ大統領就任前はいくつかの温室効果ガス削減のための法案が上下両院で審議されてきたが、いずれも通過することはなかった。オバマ大統領は就任前から温室効果ガス規制を訴えてきたが、立法府での試みが頓挫したのを受けて「マサチューセッツ州対環境保護庁判決」により環境保護庁による規制を打ち出していった。そのひとつが2015年に発表された電力セクターにおける温室効果ガス削減を目指す「クリーンパワープラン」であった。クリーンパワープランは環境保護庁がまとめた「排出削減ベストシステム」に基づいて既存の発電所からのCO2削減を目指すものであるが、州レベルの温室効果ガス削減プランもその目標にはカウントすることにしていた。これにより各州では温室効果ガス削減プランの制定が相次いだ。たとえばニューヨーク州において2016年に「クリーンエネルギースタンダード」が制定された。本計画においては将来の電力構成における原子力も取り込まれていることからもわかるように州レベルでは連邦レベルとは異なり、電源選択のオプションも想定されていた。環境保護庁によれば当時クリーンパワープランは2030年2005年比32%の排出量の削減を目標としていた。
 ところがクリーンパワープランは行政府による規制であるためにさまざまな法律上のチャレンジを受けてきた。2015年に最終ルールとして連邦官報に掲載された直後にまず24の州とマーレーエナジー(米国大手石炭会社-現在更生会社)からの提訴があり、同様の提訴を取りまとめたのちコロンビア特別区連邦控訴裁判所が法的瑕疵があるかどうか、規制執行を保留するべきかどうかの審査をすることとなった。ところが、最高裁は、2016年クリーンパワープランがこの提訴が審議されるまでは実効性を持たない(すなわち保留)との判断を示した。最高裁が下級裁判所が審理中の規則の阻止をする判断を示したのは米国史上初めてのことであった。当時の最高裁の判事の構成は保守派(保留支持)がリベラル派(保留反対)を上回っていたことがそれを可能にした。
 その後、2016年9月コロンビア特別区連邦控訴裁判所は口頭審理を開始した。ところが2017年に就任したトランプ大統領は大統領令によりオバマ政権による規制はすべて逆戻りさせることとし、クリーンパワープランも司法省からコロンビア特別連邦控訴裁判所に対して審理の中止の要請がなされた。新しい規則をつくることでクリーンパワープランを見直しまたは無効にし、クリーンパワープランに関する判決をストップさせるというものであった。

2.トランプ政権によるアフォーダブル・クリーン・エナジー・ルール

 2017年に10月トランプ大統領の大統領令に従って環境保護庁はクリーンパワープランを無効とする新ルールを制定することを発表した。トランプ政権下の環境保護庁は、温室効果ガスに関する権限が依拠するとした大気汚染法第111条は既存の発電所の個々の発電端での権限であり、クリーンパワープランは電源構成そのものの変更も想定した一連の発電プラントを対象としており、環境保護庁の権限を逸脱していると主張した。クリーンパワープランは前述のように州レベルの実施計画策定を促しており、この環境保護庁の解釈は州によるこれらの取り組みが電源の構成を変えることを前提としている場合、州権限が連邦権限を超えるとする可能性があるという懸念に基づいている。
 2017年12月には環境保護庁からクリーンパワープランに代わるルールへのパブリックコメントの要請を行う事前公告が発出された。これは一般のいわゆるルール事前公告とは異なり、新しい規制の制定を求めるものではなく、むしろ今後環境保護庁が新ルール策定にあたり考慮しなければならないポイントについてのコメントを求めたものであった。2019年6月、環境保護庁はあらためてクリーンパワープランを廃止し、「アフォーダブル・クリーン・エナジー・ルール」の最終ルールを発表した。このルールは現行の発電トレンドに基づく今後の追加的削減量をも加味したうえで2030年に2005年比35%削減できるとの見通しを示した。ところが、これに対して多くの関係者からその見通しを疑問視する声が上がった。特にこの見通しは政策によらない電力業界がすでに計画している電源構成の見通し、すなわち天然ガス火力化と再生可能エネルギーの導入を織り込んでいたからである。また、クリーンパワープランとアフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールの大きな違いはクリーンパワープランが「排出削減ベストシステム」を通じたパフォーマンス基準を設けていた点である。この「排出削減ベストシステム」の一例は石炭火力については①CO2回収・貯蔵技術を導入する②石炭から天然ガスへ転換③バイオマス利用による再生可能エネルギー発電の増加などが挙げられていた。これに対してアフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールは「排出削減ベストシステム」を熱効率改善に限定している。環境保護庁の挙げる熱効率改善の一例はスートブロワAI化、ボイラー給水ポンプ、エアヒーター・ダクト漏洩制御、可変周波数制御、ブレードパス交換、エコノマイザー設計変更・取り換え である。
 さらに、クリーンパワープランでは、州が環境保護庁の提案を受け入れない場合独自のスタンダードを導入できる(ただし、案が不十分な場合には環境保護庁が州に代わり作成する)としていたのに対し、アフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールでは環境保護庁の役割は「排出削減ベストシステム」を設定することだけであった。州としての責任も環境保護庁の設定した「排出削減ベストシステム」による州のパフォーマンス基準を策定することとなっていた。すなわち州は熱効率によるスタンダードしか設定することができない。これにより、環境保護庁はクリーンパワープランよりも連邦が州に対してうえに立つという意味での連邦主義の原則が貫かれていると主張している。
 しかしながら、これに対してはその後100万を超えるパブリックコメントが寄せられ、いくつかの州およびNGOはアフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールではクリーンパワープランで求められたほどの温室効果ガスの削減につながらないと主張した。2020年4月いくつかの州、NGO、電力会社はコロンビア特別連邦控訴裁判所へアフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールに反対する提訴を行った。当然のことながらこれに参加する州は民主党の知事の州である。NGOがアフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールに反対する理由は①アフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールによるパフォーマンス基準では最低削減を定義することができない②(アフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールが)想定する石炭火力の効率向上による削減量は些少である③環境保護庁は天然ガスとの混焼、CO2回収・貯蔵技術などの可能性を無視している、などである。電力会社が反対する理由は排出削減の取り組みが無視されている点にあった。コンソリデーテッドエジソン、エクセロン、ナショナルグリッド、PSEG、ニューヨーク電力庁、パシフィックガス&エレクトリックは天然ガス火力や再生可能エネルギーに既に投資を行っていた。それに対してAEP、アパラシアン電力、インディアナミシガン電力、ケンタッキー電力、サウスウェスタン電力、地方公営・協同組合営事業者協会、全米公益事業委員協会などはアフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールは適正に排出量を削減することができると支持を表明している。

3. バイデン大統領の下での今後の方向性

 バイデン大統領の電力セクターにおいて2035年には温室効果ガス排出をネットゼロの目標としているものの、最近のエネルギー情報局による足元での見通しでは。しばらくは天然ガス価格が高止まりするために石炭火力発電が増加すると見込んでいる。石炭火力は天然ガスへの需要が集まることから競争力を維持し、天然ガス火力を含め今後もおおむね化石燃料による発電が50%程度を占めるもの見込まれる。また前述のサザンカンパニー、エクセルエナジー、ドミニオンら電力会社は排出量低減のため多くは天然ガス火力の導入を図ってきたが、ネットゼロ排出のためにはCO2回収・貯蔵技術に依存しなければならない。しかしながら、最近のペトラ・ノヴァプロジェクトCO2回収・貯蔵技術閉鎖のニュースは電力セクターに対してこの技術の普及がいかに困難が付きまとうものかをあらためてみせつけた格好となった。石油増進回収法を組み合わせたCO2回収・利用・貯蔵技術プロジェクトであるテキサス州の同プロジェクトの運転者であるNRGはことし1月に運転を取りやめた。現下の石油価格に比して同プロジェクトを維持するためにはコストが高いことを理由に挙げている。また各州では独自にエネルギー政策をまとめているが、カリフォルニア州、コロラド州、ニューヨーク州、ハワイ州などは発電をすべてクリーンエネルギーに置き換えるのを2040年から2050年としており、2035年には間に合わない。
 バイデン大統領就任前日の本年1月19日コロンビア特別区連邦控訴裁判所はトランプ大統領のアフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールを無効とする判断を示し、環境保護庁に突き返した。この結果アフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールは政策としては実効を伴わないまま葬られた。注目すべきは同裁判所はクリーンパワープランも環境保護庁に差し戻したことである。一方、バイデン政権はクリーンパワープランをアフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールを代替するものとしては考えていないようだ。各州はこれまでとはまったく異なった政策がバイデン政権からでてくるのではないかと様子を伺っている。クリーンパワープランに反対する産炭州のウェストバージニア州の司法長官は「控訴裁判所は環境保護庁には立法に基づかなくても炭素排出を規制する広範囲の権限があると認めたが、環境保護庁の権限には限度がある。環境保護庁の権限に限度があるならば、最高裁はその旨明らかにすべきである。一方、州は連帯して各州およびアメリカのエネルギー産業を行き過ぎた連邦の不法な介入から保護しなければならない」と発言し、環境保護庁の規制に反対をしている。バイデン政権も環境保護庁の規制によるのではなく立法によるオプションを志向しようとしていると思われる。

4.今後の議会の見通し

 本年3月31日バイデン政権はその内容はまだ見えてきていないものの「エネルギー効率・クリーンエネルギースタンダード」を立法化することを提案している。この中では2035年までに電源を100パーセント脱炭素にすることも織り込まれるだろう。議会ではこの提案を支援する動きがでてきており、下院はすでにエネルギー商業委員会において「クリーンフューチャーアクト」法案を上程している。これは2050年に温室効果ガスを全体でネットゼロにし2030年には2005年レベルで50%の削減をするという内容となっている。また同法案はバイデン大統領の「エネルギー効率・クリーンエネルギースタンダード」を盛り込むこととしている。翻ってクリーンパワープランからアフォーダブル・クリーン・エナジー・ルールに向かう政策の流れをみるとこれまで環境保護庁の規制を巡って訴訟に次ぐ訴訟が起こっている。これを全部まとめて白紙に戻して今後のために取り組むには立法が必要であることは明らかである。しかしながら米国議会では2007年から2008年にかけて数多くの気候変動法案が提出されたことが思い出されよう。ビンガマン・スペクター法案、ファインシュタイン法案、ケリー・スノー法案、マケイン・リーバーマン法案、サンダース・ボクサー法案などがあったが、2007年の秋から冬にかけて、リーバーマン・ウォーナー法案(気候安全保障法案)で一度は一本化された。しかしそれさえも賛成48票、反対36票で、フィリバスター(議事妨害)を阻止するのに必要な60票を得られず否決されてしまう。民主・共和両党の中道派の議員らの努力があってもこの結果である。 
 いまの議会をみると下院上院ともに与党民主、野党共和両党の議席は僅差だ。バイデン米大統領が今後提出する他の諸施策も共和党によるフィリバスターで成立しない可能性が高い。共和党内は長年党をリードしてきた主流派である反トランプ派と国民の中にいまだ根強い保守派に基盤を置くトランプ派とに分かれ、対立が続いている。下院では半数以上の共和党議員が昨年の大統領選挙で不正があったとのトランプ氏の主張を支持している。こうした中で1.9兆ドルの新型コロナ対策については法案成立の際民主党と共和党中道派は協力する動きを見せた。しかしながら、環境政策に関しては共和党保守派からの協力を取り付けるのは困難であろう。中間選挙に向けて複数の上院共和党中道派議員が引退予定ということも環境法制にはマイナス材料だ。共和党内の現状は超党派的なアプローチを困難にさせバイデン大統領が志向する環境政策の実現にとって障壁となって現れてくるであろう。

出典:
国際技術貿易アソシエイツ
Congressional Research Service EPA’s Clean Power Plan for Existing
Power Plants: Frequently Asked Questions
ペトラ・ノヴァCCUSプロジェクト石油技術協会誌第84巻第号藤原勝憲氏原稿