バイデン政権のエネルギー環境政策見通し


環境政策アナリスト

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 バイデン米大統領は就任後矢継ぎ早に大統領令に署名をしてトランプ前大統領の政策軌道修正を急いでいる。パリ協定への復帰を決める大統領令への署名もその一つである。しかしながら法令を伴う政策には現在の議会は下院民主党222議席共和党211議席と両党議席数は僅差、上院は1月6日のジョージア州決戦投票の結果民主・共和両党同数となった。与野党の政策が対立する案件の法制化には与党民主党の差は不十分である。また下院の院内総務のマッカーシー議員はトランプ氏と会談し、2022年の中間選挙での協力を求め、2月28日には演説を行い、2024年大統領選への再出馬にも言及した。た。この結果トランプ氏の影響力は共和党に残る可能性もある。こうした中でバイデン大統領のエネルギー・環境政策は新型コロナパンデミック対策が先行する形のとなっているため全体像はまだ判然とはしないもものその見通しを整理してみたい。

1.トランプ前政権のオムニバスパッケージとエネルギー省の原子力戦略ビジョン

 2021年12月27日になってトランプ大統領は遅れに遅れていた2021会計年度の予算案と追加経済対策を拒否権をちらつかせながらもサインした。大統領選挙は終わったものの選挙に不正があったと主張したときである。議会は与党となった民主党は席を減らしながらも下院は過半数を維持し、上院はジョージア州の2議席を巡ってテコ入れに注力していた。このオムニバスパッケージと言われる複数の法案はこうした新事態下の議会を通過し、9000億ドルのコロナ対策に加えて他エネルギー環境関係の関連予算も含まれていた。エネルギー省(DOE)は議会の審議に先立ち努力をした結果主たる予算項目では増額を勝ち取っている。2021年度DOE予算は396億ドルで対前年度比2.7%増となっている。うち最大予算規模は国家核安全保障局が197億ドルで18%の増額を得た。エネルギー効率再生可能エネルギー分野は28億ドルでトランプ大統領は大胆に削減を求めたが、議会は2.5%の増額を認めた。この分野には製造技術の最新化、再生可能エネルギー、自動車技術最新化、などが含まれている。原子力局は15億ドル(1%増)となっている
 トランプ政権下でDOE次官補(原子力)であったリタ・バランワル氏が退任した1月8日DOEは「原子力戦略ビジョン」を発表した。同氏の置き土産ともいうべきこのビジョンは新型化した原子力技術により米国のエネルギー、環境、経済のニーズに適合させることを目標としている。具体的には以下をゴールとしている。

  • 既存原子力発電炉の運転を継続 原子力局は経済的理由による相次ぐ早期閉鎖に対応して、運転継続のため技術的・規制上のリスクを軽減することを目指すとしている。また水素製造のような電力を超えた利用を図ることも目指す。バランワル前次官補は既存炉を利用した水素製造にも前向きであった。エナジーハーバー、エクセルエナジー、アリゾナパブリックサービスなどもこのプロジェクトへの参加を表明していた。
  • 新型原子炉の開発 原子力局は小型モジュラー原子炉の商業運転を2029年までに開始し、最初のマイクロ原子炉の商業化を2025年までに実証することを目標にすると同時に液体金属冷却炉、高温炉、溶融塩原子炉など多様化の重要性を認識している。
  • 新型原始燃料サイクル開発 従来炉との燃料のギャップを認識したうえで新型炉向け燃料の検討に入ることと統合型廃棄物処分施設での最終処分のオプションを評価することを具体的な目標としている。
  • 原子力技術における米国の主導性維持 グローバルなパートナーの開発、世界レベルの研究開発力の維持および将来の原子力産業における優秀な科学者の確保などを目指す。
  • 原子力局の業績向上 主要なスタッフのギャップを埋めること、局内プログラム、プロジェクト、研究開発投資、各種契約の効率的実施、ステークホールダーとの定期的なコミュニケーション

 この戦略ビジョンは今後10年単位の野心的な目標を盛り込んでいるが、議会は当初のトランプ政権によるDOE予算の21%削減を拒絶しておおむねこの戦略ビジョンによる提案どおり認めた。現在の議会は原子力プログラムを強く支援している。米国原子力産業の復活のためにDOEは積極的な役割を果たすことが期待されている。

2.バイデン新政権の打ち出したエネルギー環境面のアクション

(1)バイデン政権の主要アジェンダ

 バイデン新政権の船出は危惧されたような妨害などはなく滑り出した。バイデン大統領は就任前に1.9兆ドルのコロナウィルス追加経済対策を議会に提案していた。バイデン大統領はこれを最初の主要政策と位置づけた。共和党を中心に一部反対があったものの下院を2月27日、上院を3月6日通過させた。一方、1月20日にたくさんの大統領令を発布したが、そこではパンデミックへの対応、社会的平等、移民、規制プロセス、気候の5つを主要政策分野とした。さらに経済政策、健康保険改革、社会インフラ刷新プログラム、気候変動対応、人種的公正に関する目標を盛り込んだパッケージを議会に提示することにしている。
 1月20日の大統領就任式においてバイデン大統領は新たな政策もアジェンダも述べなかった。ただ、極端を排し、不法、暴力、人種差別などに対するアメリカ国民の結束に焦点を置いたものであった。トランプ前大統領のくびきからの解放と1月6日の議会襲撃の衝撃からの余波のなかにあっての演説であったことからすれば頷ける。そして簡単に、中間層の立て直し、健康保険の全国民への展開、深まる不平等への対応などを含むいわゆる「よりよい復興(ビルドバックベッター)」について触れた。外交については「われわれは同盟を修復し、もういちど世界に関与する」と一行述べたに過ぎない。ホワイトハウスがトップに挙げるアジェンダは言うまでもなく新型コロナウィルス対応であるが、もっとも強く影響を受けている有色人種コミュニティーへの配慮が言及されている。次が気候問題である。気候問題には即座に取り掛かるとしており、科学の要請に基づいて米国国民と事業者にクリーンエネルギー革命を主導するよう促している。

(2)バイデン政権の環境アジェンダ

 1月20日バイデン政権はパリ協定への復帰に対するプロセスを開始した。まずはジョン・ケリー元上院議員(2004年大統領選挙に出馬、オバマ政権で国務長官)が気候変動大統領特使に任命された。また国内環境対策を行う国家気候変動担当補佐官としてオバマ政権で環境保護庁長官だったジーナ・マッカーシー氏が任命された。

トランプ政権の規制・規制緩和に対する見直しの指示

 同じ日バイデン大統領は「公衆健康と環境を保護し、気候危機対応のため科学を取り戻す」というタイトルの広範な大統領令を発出した。ここにはトランプ政権下での気候変動対応に適合していない規制・規制緩和を即座に見直すととしており、法律で許される範囲内においてそれらを見直すか、失効させるか、無効にするかするように各省庁に検討を開始させた。具体的には下記のとおりである。

  • 石油ガス産業からのメタン排出 トランプ政権下で緩和されたこの政策は2021年9月までにもとに戻すアクションを起こす。
  • 野心的な燃費基準 上記同様トランプ政権下で緩和された本基準も2021年7月までにもとに戻すアクションを起こす。
  • 建物・機器の省エネ基準 緩和された基準を2021年9月までにもとに戻すアクションを起こす。
  • 大気汚染基準 石炭・石油火力における汚染基準が緩和されたが、2021年8月までにアクションを起こす。

環境保護庁への新規制指示

 また環境保護庁に対して下記の構想を検討するように命令している、

  • 既存の石油・ガス部門における生産活動におけるメタンおよび揮発性有機化合物排出に関するガイドラインの制定2021年9月までに提案する。
  • オゾンに関する2008年国家環境基準に対する2016年石油・ガス産業制御技術ガイドラインにおける連邦大の実施プランを2022年1月までに提案する。
    公共用地については内務省に対してナショナルモニュメント指定の復活のプロセスをするように指示した。これは石油、天然ガス開発のためにトランプ政権によって省略されてきた。
  • 北極野生生物国家保護区においてトランプ政権が実施することとしていた石油、天然ガス生産に関わるすべての活動の一時停止を求めている。
  • オバマ政権によって指定されたベーリング海北部気候レジリエンスエリアでの石油・ガス掘削はトランプ政権下で無効とされていたが、これをもとに戻す。

炭素の社会的コスト

 バイデン大統領令はグローバルな被害を考慮に入れた正確な炭素の社会的コストを省庁間ワーキンググループを作って検討するように命じている。このワーキンググループは大統領経済諮問委員会、行政管理予算局、科学技術政策局、環境諮問委員会、環境保護庁、気候変動担当補佐官、財務省、内務省、農務省、商務省、保健福祉省、運輸省、エネルギー省などをまたがる。また、このワーキンググループは炭素の社会的コストのみならず窒素酸化物、メタンの社会的コストについても検討し、中間報告をしたのち、2022年1月までに最終発表を行う。全米科学アカデミー、全米技術アカデミー、全米医学アカデミーの勧告を受けることとしている。

キーストンXLパイプライン認可の取り消し

 トランプ政権がトランスカナダ社に対して認可したキーストンXLパイプライン建設許可を取り消した。カナダトルドー首相はこれに対して失望の意思を表す一方でともに経済回復に向けた協力には前向きな姿勢を示している。
 上記のほかにもエネルギー関係のトランプ前大統領の署名をした大統領令を取り消しとして軌道修正を図っている。その中には「エネルギーインフラおよび経済成長の促進」と題した大統領令などエネルギーインフラ・送電網関連の大統領令の取り消しがあり、関係省庁は代替となる大統領令の発出について検討を始めている。

 以上、バイデン大統領就任前後のエネルギー環境政策の動きをみてきたが、全体としては両大統領とくにバイデン大統領は新型コロナ対策およびその経済回復、社会的・人種的公平、移民問題に集中しており、国際関係への関与と同時にエネルギー環境関係については二番手という印象が強い。バランワル次官補の置き土産ともいうべき原子力戦略ビジョンはエネルギー省の今後の政策の方向性をはっきりと打ち出したものであり、議会での支持もある。バイデン大統領はエネルギー省長官にはジェニファー・グランホルム氏を指名した。女性としては二人目の長官となる。ミシガン州の知事としてクリーンエネルギー活用と自動車産業救済策をまとめ、知事を降りた後は熱心な再生可能エネルギー推進者として活躍をしていた。エネルギー省長官としては原子力寄りの人事かクリーンエネルギー寄りの人事か内部で駆け引きが行われたようであるが、結果後者の指名となった。グランホルム氏の今後の運営手腕に注目したい。

出典:
国際技術貿易アソシエイツ
BBC2021年3月7日付けニュース
2021年1月CPAジャーナル
ブルームバーグ2021年1月20日付けニュース