ガソリン自動車等の販売規制の行方と日本の課題(第2回)


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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前回:ガソリン自動車等の販売規制の行方と日本の課題(第1回)

2.ICE車販売禁止政策の課題

 今回のフランスや英国、或いは米カリフォルニア州などICE車販売禁止の方針については、その実施方法や制度について各国、地方政府ともに検討段階にある。また制度以外の重要な課題と考えられるのは、温暖化対策としての実効性、xEVを取り巻く課題、そして最も重要な消費者の選択である。

(1)温暖化対策

 地球規模の温暖化対策では、BEVやFCEVが走行時のCO2排出がゼロでも、そのエネルギー源となる電気や水素の生成過程でCO2が発生することを含め、総合的に評価することが必要である。現在、用いられる手法には燃料採掘から使用段階を評価するWtW(Well to Wheel)と、車のライフサイクル全体の原料採掘から生産、使用、廃棄までを評価するLCA(Life Cycle Assessment)などがある。
 WtWで評価した場合にはその国の発電事情などから、排出されるCO2の量は必ずしもHEVに対してBEVが圧倒的に優位ではない(図1)。 中国やインドなどは現状HEVよりもBEVのCO2排出量が大きくなる。一方で原子力発電が主力のフランスや水力発電が主力のノルウェーではBEVによる削減効果は非常に大きい。従って日本を含め多くの国でBEVの導入推進に合わせて発電の低炭素化を推し進める必要がある。


(図1)Well to WheelでのCO2排出量比較
出典:経済産業省「自動車新時代戦略会議中間整理」

 またライフサイクルで排出されるCO2の評価(LCCO2)について、IEA(国際エネルギー機関)の試算によれば、世界平均の発電時のCO2排出係数をもとにライフサイクルで排出するCO2を平均的な車両で推計すると、リチウムイオン二次電池(Li電池)の製造時の排出量が最大で全体の1/3になる可能性があり、大容量のLi電池を積んだBEVは同等クラスのHEVと比べCO2の排出量が同等かそれ以上になると試算されている(図2)。
 すなわちBEVはLi電池の製造時に排出されるCO2の量が、電池容量が大きくなるほど、また電池生産国の発電のCO2排出係数が高い国ほど大きくなる。このためにLi電池の製造にかかわるCO2の発生抑制と電力の低炭素化はBEVの普及による温暖化対策として必須である。


(図2)ライフサイクル温室効果ガス排出量(Life-cycle greenhouse gas emissions)比較
10年使用・中型車・2018年パワートレイン
出典:IEA Global EV Outlook 2020

(2)BEV、FCEV普及の技術課題

 BEVは現在のICE車に比べ、走行時にゼロエミッションであることなどのメリットはあるものの、価格が高く、利便性が低いという消費者にとって大きな課題を有している。
 特に価格は大きな課題で、一般的な1.8Lクラスの小型のガソリン車が200万円ならば同クラスのBEVは315万円と115万円程高い。また一充電当たりの航続距離が約400kmと、燃料満タンで約800km走行可能なガソリン車のおよそ半分である。
 BEVは家庭で充電できるメリットはあるが、急速充電ステーションの数はガソリンスタンドに比べ少ない。日本では8千弱まで拡充されてきたが、まだガソリンスタンドの約3万には及ばず、また80%までの急速充電に要する時間も30分程度かかる。その為に更に高出力の充電規格が検討されているが、同時に出力に見合うLi電池の性能向上も必要となる。
 BEVの価格はLi電池のコストに大きく依存しており、2010年の量産化当初からは1/3くらいまでコストダウンが進んだものの、現在は需要の急拡大もあり価格は上昇気味と言われている。Li電池のコスト・価格が更に大きく下がらなければ、政策的な支援や規制に頼らざるを得ず、本格的な普及は容易ではない。
 一方でFCEVは、水素充填時間や一充填当たりの走行距離が750km程度とガソリン車に遜色ないが、価格が高い。燃料電池の要となるFCスタックに多くの白金触媒を使うことや生産性の難しさなどでコストが高く、今後の技術開発によるところがまだ大きい。更にスタンドの設置に際し高圧の水素を扱うための法規制などがあり、設置費用がBEV用急速充電ステーションの30倍から80倍と言われており、多くの水素ステーションを全国に配置することは現時点では難しい。規制改革とコスト削減が必要である。

(3)Li電池のコストと資源問題

 Li電池は二次電池の中では実用上最も高性能であり、限られたスペースと重さに多くの電気エネルギーを載せるBEVには不可欠なものである。しかしガソリン車の燃料であるガソリンは、重量当たりのエネルギー密度が12,722 Wh/kgでLi電池のおよそ50倍、変換効率を考慮しても15倍程度もある優れたエネルギーキャリアである。その為、ガソリン車の使い勝手に近づくには、少しでも高いエネルギー密度のLi電池を数多く積む必要があった。
 Li電池にはコバルト系(LCO)、三元系(NMC)、マンガン系(LMC)、ニッケル系(LNO)、NCA、リン酸鉄系(LFP)などがあり、高性能なLi電池にはレアメタルであるコバルト、ニッケル、マンガンなどが使われている。現在、車載用のLi電池のコストは下げ止まっているとして、コバルトの使用量を極力減らしたLi電池の開発や、性能要求の低い地域向けにコストの安いLFPを用いる方針を打ち出したメーカーもある。
 一方で、安全性に優れ、より性能を高めることが可能な全固体電池は、コストも含め今後のゲームチェンジャーとして期待されており、トヨタは2020年代前半にも量産を目指すとしている。また、これまで車両火災事故が中国など各国で散発しており、2020年には韓国製Li電池の搭載車がリコールを実施するなどで、安全性の確保は今も重要な課題である。
 Li電池の製造にかかわるCO2排出の抑制にも、コバルトやニッケル、リチウムやアルミなど材料の採掘・精製段階から組み立てまでのエネルギー消費削減と電源の低炭素化はここでも重要となる。
 IEAによれば、2019年に全世界で販売されたBEV用のLi電池材料は、コバルト約19 kt、リチウム17 kt、マンガン22 kt、ニッケル65ktと推計されている。各国の目標の合計では2030年にコバルトの需要は約180 kt /年、リチウム約185 kt /年、マンガン177 kt /年、ニッケルは925 kt /年になると予測している。さらにBEVの普及率が高いと2倍以上になると考えられている。一方で生産量は2017年時点でリチウム43kt(埋蔵量1600万トン、コバルト110kt(埋蔵量710万トン)であり、BEVの普及拡大には資源問題は避けられず、レアメタルの削減やリサイクルなどの施策、資源の確保も重要である。またレアメタルの再利用はLCCO2の削減にも重要である。
 欧州委員会は2020年3月に発表したサーキュラーエコノミー行動計画に基づき、12月に電池は欧州グリーンディールの目的を達成するため排出削減に寄与し持続可能でなければならないとする電池イニシアティブを発表した。日本では現在リサイクル法に基づく車両解体前のLi電池の事前回収と自動車メーカーなどの共同回収スキームで処理を行っているが、本格的な資源再利用はBEV廃車の増加が進む時期からとなる。

(4)消費者の選択

 自動車を購入するのは消費者であり、その支持が無ければ販売は伸びず政策は実現しない。消費者の購買意欲を高めるために世界各国で優遇策や補助金などによりBEVの普及を誘導してきた。2019年時点でBEVとPHEVの販売台数は増加しているものの、約220万台と新車販売全体の2.5%に過ぎない。また補助金の減額やモデル数の影響で、中国や米国、日本が減速し、一方で欧州は成長する構図となった(図3)。
 2040年にICE車の販売禁止を打ち出したフランスでは、最大7,000ユーロの補助金に加え年収が約210万円以下の個人が10 年以上のディーゼル車または20年以上のガソリン車をBEVに乗り換えると所得に応じ最大5,000ユーロの補助金が支給され、それ以外に登録税の免除や様々な優遇が受けられる(補助金は2021年から減額予定)。また英国でも3,500ポンドの補助金と税等の優遇が受けられるが、ICE車販売禁止の2030年前倒しに伴い、BEVの販売促進に5億8,200万ポンドの補助金、充電インフラ整備に13億ポンドを投じると発表している。


(図3)主な地域のBEV+PHEVの販売比率(乗用+商用合計)
出典:EV Sales、OICA、(一社)自動車工業会のデータをもとに筆者作成

 補助金の販売への効果は非常に大きく、ドイツはCOVID-19の緊急経済対策でBEVの補助金を6,000ユーロから9,000ユーロに引き上げた結果、2020年11月にEVは2万8965台で昨年同月の6.2倍に、PHVは4.8倍の3万621台と急速に販売台数を伸ばした。英国では一時廃止されたPHEVの補助金の影響で2019年の販売が落ち込んだが、補助金の復活で2020年9月には前年同月比約150%の伸びを記録した。また、これまで成長が著しかった中国は2019年から補助金を減額し2020年に打ち切りの予定であったが、販売の急減速を受け2年の延長を決定した。日本政府もxEV100%を2030年代半ばへ前倒しの方針に基づき、現在は最大40万円である補助金を2020年度内に最大80万円に引き上げる意向を示している。
 今後もBEVの価格の低下や充電インフラの整備が進まないかぎり補助金は必要な状況にある。特にコストのブレークスルーが見えない状況では、補助金などの支援策による政策費用は伸びとともに今後も増加する。また仮に補助金が無く、消費者が価格の上昇を受け入れなければ新車の販売は減少していくと考えられる。規制によって消費者の選択の自由度が失われることによる市場の縮小の可能性と経済の影響を踏まえ、政策的対応が必要である。

(5)販売規制のありかた

 販売規制がどのような形になるかは未だ定かではない。現在、CO2排出削減のための枠組みとしては、直接ZEVの販売目標を年度ごとに示す米国カリフォルニア州のZEV規制や、中国のNEV規制があり、もう一つは、段階的な燃費(CO2)目標の達成を課すCAFA規制の仕組みがある。どちらもメーカー等事業者への規制であり、柔軟性措置として販売目標の達成や未達成を、繰り越しや売買などで調整できるクレジット制度が用いられている。
 しかしメーカー等への規制の目的は、目標の達成に向けて商品の投入や販売の促進など事業者の努力を促すことだが、消費者の購入意向とは無関係で、政府の期待通りに目標を達成する保証が無い。その為に政府は普及を促進するための補助金や優遇策により市場の誘導を図っている。もし価格や充電インフラなど様々な改善が進み、普及が軌道に乗れば補助金等の減額や廃止を行うことが前提だが、これまでのところはその状況にない。
 欧州の2019年の販売台数伸びの要因は、乗用車から排出されるCO2の目標値を2021年に平均95g/kmとするCAFE規制の達成に向けて、多くのメーカーがBEVやPHEVなどを市場に投入して消費者の選択肢が増えたことと、欧州各国の手厚い補助金や優遇策の継続によると思われる。CAFE規制の良い点は、技術手段によらずCO2排出削減を進められることで、メーカーやユーザーの選択の自由度が高い。また日本の燃費規制のようにWtWを前提とした場合はCO2排出削減の実効性も高くなる。
 一方で、英国やフランスのICE車販売禁止規制については、ZEV規制のように段階的にBEVなどの販売比率の目標を定め、メーカーに達成の責任を負わせる制度が考えられる。メーカーはそれに応じてICE車からBEVやFCEVに切り替えていくことになるが、計画通り売れる保証はない。また多くの車種を変えるには開発や生産のリードタイムが必要である。BEVが価格などの課題を抱えたままでは消費者の支持は得られず、補助金やその他の優遇策が必要となり財政の圧迫も懸念される。また代替が進まないと実際のCO2排出削減効果も限定的となる。
 フランスや英国の乗用車の販売は2019年時点でフランスが221万4千台、英国が230万1千台の市場であり、BEVとPHEVを加えた販売はそれぞれ6万1,500台と7万4600台で3%前後のシェアである。英国自工会は2020年9月に、今はBEVへの選択を促すための巨額の投資が需要を押し上げているが、ドライバーの半数近くは、車両価格が高いこと、また充電ポイントの懸念から、まだ2035年の切り替えの準備ができていないとの調査結果と、2025年までにBEVとPHEVで240万台の販売を達成するための補助金と合わせ、税率をゼロにするように政府に要請したと発表した。
 また欧州自工会は、2030年までに3,000万台の乗用車とトラックのZEVの保有を目指すという欧州委員会のビジョンに同意すると表明したものの、充電や充填インフラの整備、消費者への買い替え補助金の継続、炭素税の導入、あるいは産業転換を行うための労働者支援が必要とし、同時に、車両価格上昇により買い替えが停滞する問題があるとの意見を表明している。
 ZEVへの転換の制度設計の規制面では、今後の技術水準の実態と予測を踏まえながら実効性のあるものとするように、柔軟な規制が必要である。米国カリフォルニア州のZEV規制は、これまで技術水準と市場の実態を加味しながら数次の改定を行っている。また規制と同時に補助金等の消費者への支援制度のみならず、利便性を向上する充電、充填インフラ拡充のための投資や、電動化によって影響を受ける産業等についての経済対策も規制と同期する必要がある。

※「ガソリン自動車等の販売規制の行方と日本の課題(第3回)」につづく。