(続)日本は「脱炭素社会」をどう目指していくのか?

-電化と水素エネルギーの重要性-


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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1.「カーボンニュートラル宣言」が意味すること

 菅総理が、10月末に「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを所信表明演説で宣言されました。
 先の投稿「日本は『脱炭素社会』をどう目指していくのか?」(2019年7月)で書いたように、2015年の「パリ協定」以降、世界のマインドセッティングが(脱炭素社会への移行など「出来るわけがない」から)「出来るだけやってみよう」へと大きく変化している中で、この宣言は、国際的にはやや出遅れ感を拭えないものの、国内的には唐突感をもって受け止められたように思います。しかし私は、エネルギーシステムの再構築には中長期的な視点に立った取り組みが不可避であることから、この宣言は、日本の国民、産業界に向けた、政府からの適切なシグナルの発信であったと考えています。
 この宣言をきっかけとして、日本では脱炭素社会を構築するための具体的方策の検討が加速しつつあります(最近は、検討がいささか性急すぎるようにも感じますが)。そうした検討の中で、脱炭素化に向けた水素エネルギーの導入と電化の推進の重要性が、急速にクローズアップされてきています。
 先の投稿では、日本のエネルギーシステムの脱炭素化の方策として、エネルギーの供給サイド、主として電源構成のあり方を中心に検討し、発電分野への水素エネルギー注1)の導入が重要であることを指摘しましたが、本稿ではエネルギーの需要サイドを併せ見ることによって、水素エネルギーの導入と電化の推進が重要と考えられる理由を説明したいと思います。
 ただその説明に入る前に、この宣言によって、Carbon Pricingの導入や原子力の取り扱いに係る方針の決定がもはや先延ばしできない問題となったことに加えて、新たに重要な検討課題として浮上したと私が感じる問題について触れておきたいと思います。
 それはCO2の吸収源の問題です。これは、「ニュートラル」の達成には不可欠な問題です。CO2の吸収源としては、CCS(二酸化炭素の地下貯留)という手段もあり得ますが、それ以前に日本の森林のCO2の吸収能力を極力活用することが重要であり、また実際、そのスケールの潜在的効果には大きなものがあります。しかし、日本では林業が一部を除いてほとんど成り立たなくなっていることもあって、日本の森林の科学的、計画的管理が困難な状況になっていると聞きます。貴重なCO2の吸収源である森林資源状況の科学的、定量的な把握と、その涵養を進めることが必要です。

 さて、ここからは本題にもどって、日本のエネルギーシステムの脱炭素化における電化と水素エネルギーの果たす役割について考えてみましょう。

2.日本のエネルギー需給構造

 そのために、まず、日本のエネルギー需給構造を見てみましょう。

 日本のエネルギーフローは、【図1】のようになっています。エネルギー源(一次エネルギー)は、化石エネルギー、原子力エネルギー、水力を含む再生可能エネルギー(再エネ)から成り、このうちCO2を排出しないエネルギーは後者の2つです。これらの一次エネルギーは、日本のエネルギーシステムに投入された後、その一部は電力、都市ガス、ガソリン等の石油製品といった二次エネルギーに転換され、消費されます。転換されることなく、そのまま消費される一次エネルギーもあります。産業分野の熱源等として用いられる石炭や天然ガスなどがそうした例です。
 現在、日本は一次エネルギーの約90%をCO2の排出を伴う化石エネルギーに依存しており、その化石エネルギーは、電気やガス、そして石油製品に転換され、あるいは、そのままの形で産業(工業、農業等)、運輸(自動車燃料等)、民生(家庭や事務所の冷暖房、調理等)の各部門で消費され、その転換や消費の段階でCO2を排出しています。
 日本のエネルギーシステムを脱炭素化するためには、エネルギー供給における化石エネルギーへの依存を基本的にはゼロにしなければなりません。そうした検討においては、電源構成のあり方がよく問題にされます。実際、日本の化石燃料消費の45%は発電部門で消費され、そのシェアはその他の産業、運輸、民生分野に比して大きく、最大の割合を占めていますから【図2】、その課題設定は妥当なものではあります。

 しかし、日本のエネルギーの需給構造を消費サイドから見ると、実は電力として消費されているエネルギーの割合は、全体の3割弱(27%)にすぎません。
 【図3】に2017年度のエネルギーの供給と消費の構造を示します。これに沿って、このことを説明します。

 日本は先のとおり、現在、一次エネルギーの90%を化石エネルギーに依存しています。そしてこの化石エネルギーのほぼ全量注2)がCO2の発生源となります。CO2を排出しないエネルギーは、原子力エネルギーと水力を含む再エネですが、原子力のウェイトは、原子力発電所(原発)の再稼働が進んでいないこともあって1%に留まり、再エネは増加してきているものの、その割合はまだ8%です。
 供給された一次エネルギーは、一部のロス分を除いて、その43%が発電用のエネルギー源となります(一次エネルギーのうち、化石エネルギーだけについて見ると、発電用に使われているのは、化石エネルギー全体の45%(先の【図2】))。しかし、発電用のエネルギーとして投入されたエネルギーのうち、電力エネルギーとして利用されるのは、発電効率の関係でその約4割程度で、それが電力として産業、運輸、民生の各需要部門で最終的に消費されています(運輸部門で消費される電気自動車(EV)向けの電力の割合は、まだ小さい)。
 この結果、エネルギーの消費サイドから見ると、日本において電力として消費されるエネルギーは27%、残りの73%弱注3)は熱エネルギーとして、産業、運輸、民生の各部門で消費されていることになります。このように、現在日本では、熱エネルギーとしてのエネルギー消費量が電力のそれよりも大きい状況となっていて、熱エネルギー消費は、産業部門がその48%、運輸部門が32%、民生部門が18%を占めています。そして、この熱エネルギーの熱源のほとんどは化石エネルギーの燃焼によるものです。
 つまり、日本のエネルギーシステムの脱炭素化を可能としていくためには、エネルギー供給に占める化石エネルギーへの依存を目標の達成に必要な程度、大幅に減らしていかなければなりませんが、それを可能とするためには、上述のような現在のエネルギーの需要構造を大幅に変革する必要があるのです。当たり前のことですが、エネルギーの用途によって必要となるエネルギーの種類は異なるので、エネルギーの供給サイドだけを見て脱炭素化の方策を考えれば良いということにはなりません。
 そこで、以下ではエネルギーの需要形態別に、その脱炭素化の方策を見ていきましょう。

3.電力エネルギーの脱炭素化

 電力エネルギーの形でエネルギーを消費している分野の脱炭素化は、簡単にいえば電源の脱炭素化によって可能となります。それを実現するための方策は、「電源の脱炭素化」という一語で片づけられるほど簡単ではありませんが、結論だけ言えば、私は、その方策は安全が確認された原発で発電された電力、及び国内に賦存する経済性ある再エネ電力の最大限の導入に加えて、海外から安価な再エネ、または、CO2フリーエネルギーを、水素エネルギーの形で発電燃料として導入することであると考えています。
 ここで水素エネルギー導入が必要となる理由を簡潔に述べれば、以下のとおりです。
 CO2を排出しないエネルギー源のうち、原子力については、今後、原発の新設と建て替えができない限り、2050年にはほとんどの原発の設備寿命が来るためにその発電能力が大幅に減少します。また、国内に賦存する再エネは量的にも質的にも限界があり、一定の経済性を確保しつつ必要なエネルギー量を賄うことができる状況にはありません注4)。化石エネルギーとCCS(二酸化炭素貯留)の組み合わせという選択もあり得ますが、日本国内で経済性が成り立つ形でCCSを建設、運営できる見通しは立っていません。このため日本は、電源の脱炭素化に向けて、国外から大量のCO2フリーエネルギーを可能な限り経済的に入手することが必要な状況にあります。さらに、日本は欧州諸国のように隣接する国や地域との間で、送電線やパイプラインを通じてエネルギーをやりとりすることも困難です。
 このため、こうした状況におかれている日本が、CO2フリーエネルギーを大量かつ経済的に導入するためには、海外の再エネに恵まれている地域やCO2フリーエネルギーの生産可能な地域注5)で安価な水素エネルギーを生産し、それを遠距離、大量輸送可能な水素エネルギーキャリアの形で日本に導入することが、大量かつ経済性にも優れるCO2フリーエネルギーを確保するための数限られた有力な選択肢となるのです。他の記事で書いたように、水素エネルギーキャリアとしてアンモニア等を用いることによって、こうしたことが2030年前にも社会実装され始める見込みです注6)

4.熱エネルギーを消費している分野の脱炭素化

(1) 熱エネルギーの消費実態
 他方、熱エネルギーは、上述のように産業部門で48%、運輸部門で32%、民生部門で18%が消費されています。これを脱炭素化するための方策はどのようなものなのでしょうか。
 このうち、運輸部門と民生部門で消費されている熱エネルギーについては、脱炭素化の方向が見えつつあります。運輸部門では、ガソリンやLPG等の化石エネルギーを燃料とする自動車が、EVや燃料電池自動車(FCV)に置き換わり、自動車のパワートレインの電動化が進んでいます。民生部門では、家庭や事務所のエネルギー需要の多くを占める冷暖房、調理用のエネルギーが、石油やガスストーブ/コンロから、エアコンや電子レンジ、IHヒーター等の導入といった形で、化石エネルギーから電力エネルギーへの置き換えが進んでいます。このように、これらの分野では、基本的には化石エネルギーが電力エネルギーで置き換えられ、その電力エネルギーが脱炭素化されることによってこれらの分野の脱炭素化が進んでいくことになるでしょう。
 一方、熱エネルギー消費の48%を占める産業部門の中で、同部門のエネルギー消費の約95%を占める製造業分野では、製造プロセスに高温の熱が必要とされるものがあること、工業炉、ボイラー等の燃焼機器、蒸気発生器等の熱供給機器が大型であること、そして安価な熱エネルギーが必要といった理由で、現在、その多くの熱源には化石エネルギーがエネルギー源として利用されています。
 さらに、製造業の中には、鉄鋼業での原料炭、石油化学工業でのナフサの利用といった、単なる熱源以外の用途として消費される化石エネルギー(この場合は「化石資源」と言った方が良いかもしれません)利用があり、こうした用途からのCO2の排出があります。このほかに、セメント産業のように原料の石灰石に由来する副生のCO2の排出もあります。実は、この鉄鋼、化学、セメント産業から排出されているCO2量は、製造業全体のCO2排出量の60%以上を占めており、これらの産業では、上述の理由で化石エネルギー(資源)をそれ以外のエネルギーに転換することが困難(鉄鋼、化学)、あるいは、転換してもCO2の排出削減にはつながらない(セメント)という困難があるために、単に熱源となるエネルギーを変えれば良いということにはなりません。

(2) 鉄鋼、化学、セメント産業の脱炭素化の方策
 鉄鋼、化学、セメント産業におけるCO2排出の実態と、脱炭素化に向けて現在、検討されている方策については、この国際環境経済研究所の別の解説記事注7)を参照していただきたいのですが、結論だけ記すと、鉄鋼業ではこれまでの高炉プロセスから水素還元製鉄への転換、化学産業では化石エネルギー(資源)であるナフサを原料とする製品の生産体系から、CO2や廃プラスチックからの炭素源を利用するケミカルリサイクル技術を利用した製法への転換等、製造プロセスや製品の生産体系の抜本的な変更によって、技術的には脱炭素化を図れる可能性があると考えられています(なお、セメント産業では、セメント原料を石灰石以外に求めるのが非常に難しいことから、排出されるCO2をCCSで除去することや、CO2を固定化して再利用すること等が脱炭素化の方策と考えられています)。
 こうした製法転換には、熱源としてだけではなく、これらの製造プロセスで必要となる(還元用の)水素が大量に必要になります(現在、日本でエネルギーとして流通している水素量は年間でおよそ200トン程度ですが、仮に、現在の生産規模を維持しつつ、これらの製法転換を行うためには、試算では年間約1,400万トン規模の水素が必要になるとみられます)。

(3) 産業部門全般における熱エネルギー消費の脱炭素化の方策
 産業部門で化石エネルギーを熱源として利用している設備機器に関しては、要求される熱の温度やその制御性、熱源の化学的性質との関係で問題がなければ、技術的には、脱炭素化の方策として、燃焼機器の燃料への水素エネルギーの導入に加えて、電気炉(電気抵抗炉、電磁誘導炉、アーク炉等)、電気ボイラーなどの電力エネルギーを熱源として利用する設備機器を燃焼機器に代えて導入するなどの方法【図4】が考えられます。
 例えば、化学産業の分野でも、化学プロセスで多用される熱分解や蒸留プロセス(これらのプロセスは化学産業のCO2排出の約6割を占める)等、化石エネルギーを熱源として使用している設備機器については、その熱源を電力エネルギーに転換する技術開発が始まっており、一部ではそうした製品も既に提案されています。

 また、産業部門では、大量の未利用排熱があります。利用温度帯と周辺の熱環境による制約はあるものの、こうした未利用排熱は、技術的にはヒートポンプの導入によって有効に活用することが出来ます。これによって日本のCO2排出量を1割程度は削減できるとの見方もあります注8)
 また、IoT (Internet of technology)の活用による、きめ細かなエネルギーマネジメントにより、エネルギー利用の一層の効率化も期待されます。
 これらの技術は、応答性がよく、送電線があれば輸送性にも優れている電力エネルギーときわめてなじみの良い技術です。
 電力エネルギーの単位エネルギー量当たりのコストは、ガスや石油等の化石エネルギーに比べて約1.5~2倍程度高いため、これまでは熱源として化石エネルギーが使われてきました。しかし、電力エネルギーは、それ自体はCO2を排出せず、高いエネルギー利用効率を期待できるエネルギーであることに加えて、上述のような利便性もあることから、今後、CO2の排出に何らかの形でコストがかかり、再エネ電力の価格が低下するようになると、両者間の実質的なコスト差は小さくなり、電力エネルギーのコスト競争力が高まって、電力エネルギーへの転換が進んでいくと考えられます。

5.エネルギーシステムの脱炭素化における電力と水素エネルギーの重要性

 以上に見てきたことから、日本のエネルギーシステムの脱炭素化の方策は、【図5】のようにまとめることができると考えています。

 まず、産業分野で必要とされる高温熱源や大型製造設備の熱源等の脱炭素化は、ガスまたは液体での燃焼利用が可能な水素エネルギーが担うようになると考えられます。また、上述のように鉄鋼業での水素還元製鉄への転換や、化学産業におけるCO2の有効利用やプラスチックのリサイクル、その他化学製品の製造プロセスの低炭素化等には、大量の水素が必要となります。こうして、水素を始めとする水素エネルギーは、産業分野の脱炭素化に大きな役割を果たすことになるでしょう(①)。
 産業分野では、それに加えて電化が進展し、電力エネルギーの役割が増大すると考えられます(②)。それは、産業で利用されている熱源の電力エネルギーへの置き換えという形で起きるでしょう(②)。
 また、ヒートポンプ技術による排熱の有効利用は、エネルギー利用の大幅な効率化を可能とします(③)。このヒートポンプの利用には電力エネルギーが必要です。
 さらに、エネルギーシステムの電化によって、IoTの適用によるエネルギーマネジメントが可能となり、エネルギーシステム全体のエネルギー利用効率を改善することができるようになるでしょう(④)。
 そして、このような役割が増大する電力エネルギーの脱炭素化に大きな役割を果たすのは、海外からのCO2フリー水素エネルギーで発電されたCO2フリー電力です(⑤)。

 このように、電力エネルギーと水素エネルギーは脱炭素社会の構築に大きな役割を果たすと考えられます。

注1)
ここで「水素エネルギー」という用語は、大量、長距離輸送、貯蔵が容易でない水素を水素化合物の形にして利用する水素キャリアを含める意味で用いています。そうした水素エネルギーには、水素の他、アンモニア等があります。
注2)
一部は、後述のように化学製品の原料となります。
注3)
上記の注1に記したとおり、一部は鉄鋼や化学原料として消費されている。
注4)
この点についてのより詳細な考察については、先の「日本は『脱炭素社会』をどう目指していくのか?」 塩沢文朗 国際環境経済研究所 解説記事(http://ieei.or.jp/2019/07/expl190702/)の前半部分を参照してください。
注5)
ここで「CO2フリーエネルギーの生産可能な地域」とは、安価な天然ガスとCCSの可能な地質条件に恵まれた地域を意味します。こうした地域では、例えば、天然ガスから水素やアンモニア等を生産し、そのプロセスで排出されるCO2をCCSで除去して安価な水素エネルギーを生産することが出来ます。
注6)
この国際環境経済研究所で書いた連載解説記事「CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのアンモニアの可能性-SIP「エネルギーキャリア」の成果-」(その1~10) 塩沢文朗、 国際環境経済研究所 解説記事(http://ieei.or.jp/2019/11/expl191107/ 等)を参照。
注7)
「産業分野、熱エネルギーの脱炭素化-電化と水素エネルギーの重要性と可能性-」 塩沢文朗、国際環境経済研究所 解説記事 http://ieei.or.jp/2020/09/expl200917/
注8)
斎川路之、「ヒートポンプの役割と課題」、電力中央研究所フォーラム2010研究成果発表会、需要家部門「低炭素社会を実現する電化・蓄エネ技術」 https://criepi.denken.or.jp/result/event/forum/2010/pdf/SD09.pdf