ホッケースティック曲線にまつわる問題点(その2)

ー「甘い罠」か「手品」か?


横浜国立大学環境情報研究院・名誉教授

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前回:ホッケースティック曲線にまつわる問題点(その1)

ホッケースティック曲線を作った樹木年輪とは

 とはいっても、数学的な間違いだけではHS曲線は得られない。「異常な挙動」を示す代替指標が必要となる。その代表が、アメリカ西部で採取されたブリッスルコーン松や、ロシアのヤマル地方で採取された樹木試料であり、これらの試料がマン達のHS曲線に「貢献」したのである。 


図6. 樹木の断面と年輪の例。金子信博氏(福島大学教授)提供。

 まず、普通の樹木の年輪がどのようなものか見てみよう。図6に示した断面で分かるように、成長の速い季節は色が薄く、成長が遅いときは色が濃くなり、年輪を形成する。太陽の方向、つまり南に向いている方が年輪の幅が広くなっている。また、外側に向かうと次第に年輪の間隔が狭くなり、若い木の成長が速いことと対応している。良く見ると、それ以外にも年輪の幅が不均一になっている。これは年によって天候が違うことや、周囲の環境が変わることによる。こうして、気温、降水量、日射量などによって年輪幅などが変動するので、ある時代の気候が推定できるのではないか、ということになる。樹木の年齢による変化や、いろいろな条件の変化を勘案して、うまく気温変化が抽出できそうな場合もある。また、降水量の変化と考えた方が良い場合もある。
 ところがブリッスルコーン松では、樹皮の状態により、図7に見られるような成長の違いがあった。傷ついて樹皮が剥がれていると、年輪の幅が大きくなっていたのである。


図7.「樹皮が剥がれた」状態(Strip-Bark、点線)と、「健全な」状態(Full-Bark、実線)のブリッスルコーン松の、年輪比較。樹皮が剥がれていると、1900年頃から年輪幅が大きくなっていることが分かる(文献9より)。

 この樹木は、どうやら1900年頃に氷河に引きずられて樹皮が剥がれ、その傷を修復するために成長が速くなった、ということらしい。


図8. 傷のために異常な成長を示している樹木試料の断面。数字は年号(文献10)。

 このような樹木の断面写真がある(図8)。断面に年号が書いてあるので、いつの時代の年輪かが分かる。樹木の中心の1689年から1840年までは通常の樹木と変わらず、順調に成長している。ところが、1846年に何か重大な事象が起き、この木の樹皮が大きく剥がされた。図7のブリッスルコーン松と同様に、前進してきた氷河に引きずられたのではないか、と考えられている。
 このような「樹皮が剥がれた樹木」の年輪を指標として使うと、近年の気温が高かったという誤解を生んでしまう。試料が倒木なら、初めから断面を見ることができるので、このような間違いは減ると思われる。しかし長寿命のブリッスルコーン松のような生きた木の場合は、年輪サンプルを採取する際、細い柱状試料を幹から取り出すだけなので、このような事情に気づきにくい。
 マッキンタイヤは、これらの問題点をブログや論文として公表した。これが米国のマスコミや議員の興味を惹き、2006年に公聴会が開かれると共に、統計の専門家によるHS曲線のチェックも行われた。結局、ブリッスルコーン松は成長が不均一なので使わないように、という当たり障りのない勧告が出ることとなり、少なくとも一時は使われなくなった。ところが、別の樹木試料が物議を醸すことになる。マッキンタイヤによって「世界最大の影響力を持つ木」と称されたロシアのヤマル地方で採取されたYAD06試料だ。多くの研究者に使用されてHS曲線を産んだデータだからである。
 ヤマル地方近隣では、通常の樹木試料から図9のような異常性のないデータが得られる。

図9. 樹木試料の年輪変化データの例(文献11)。図9. 樹木試料の年輪変化データの例(文献11)。[拡大画像表示]

 18個の試料の年輪幅変化には、1800-2000年の200年間、ノイズのようなギザギザやゆっくりした変化が見られるが、特に異常なところは見られない。しかし、ヤマル地方で得られた試料は図10のようなものだった。

図10. ロシアのヤマル地方で採取された「世界最大の影響力を持つ木」を含む年輪データ(文献12)。図10. ロシアのヤマル地方で採取された「世界最大の影響力を持つ木」を含む年輪データ(文献12)。[拡大画像表示]

 この10個では、時代とともに年輪幅が次第に増している。特に試料YAD061(右欄上から2番目)は、20世紀に急激な年輪幅の増加が見られる。図8で見たような、特異な履歴を持つ樹木だったのだろう。これが再構成気温の「ホッケースティック度」に大きく貢献したのだ。
 


図11. ブリッファによる二つの年輪データ。ヤマルの樹木データを含むとき(赤線)と、含まないとき(青線)。縦軸のZ-scoresは気温に比例して変化すると考えられる量(文献13)。

 実際、著名な年輪学者ブリッファが、気温再構成の研究の中でヤマル試料の効果を立証している。図11の赤線は2008年に発表された解析データで、ヤマルの試料が使われたもの、青線は2013年の発表で、ヤマル試料を含まない。違いは明確であり、ヤマル試料を含む解析では20世紀の大きな偽の気温上昇が見られる。
 もちろん、これは気温変化と関係ない信号だ。こんな解析に意味はない。ホッケースティック曲線が主張する20世紀の急激な気温上昇は虚構である。しかし、どういう訳かHS曲線の後継は次々と登場する。なぜ、そのような過去気候研究者は、自分が用いる試料やデータについて疑問を感じないのだろうか。
 いろいろな理由があると思うが、一つは分業のためではないか。年輪試料を採取する研究者、解析する研究者、それを使う研究者は異なる。試料採取した研究者は、試料の実態を見ているので、その樹木に何が起きたか分かるはずだ。しかし、一旦データとして数値化されてしまうと、それが見えなくなってしまう。そして、マンのように20世紀に気温が上がっていることを示す試料を探している研究者に好都合のデータを提供してしまう。

次回:「ホッケースティック曲線にまつわる問題点(その3)」につづく。

<参考文献>
 
9)
Tang et al., Theδ13C of tree rings in full-bark and strip-bark bristlecone pine trees in the White Mountain of California, Climate Change, Vol 5, 33-40 (1999)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1046/j.1365-2486.1998.00204.x
10)
https://climateaudit.org/2009/11/16/luckman-at-the-canadian-society-for-petroleum-geologists/
11)
https://climateaudit.org/2009/09/30/yamal-the-forest-and-the-trees/
12)
https://climateaudit.org/2009/09/30/yamal-the-forest-and-the-trees/
13)
https://climateaudit.org/2013/06/28/cru-abandons-yamal-superstick/