古環境学の進展とエアロゾルの地球冷却効果


キヤノングローバル戦略研究所 主任研究員、茨城大学 特命研究員

印刷用ページ

 過去に解説したように注1)、地球温暖化(気温上昇)のスピードは、主に産業革命以前から現在までの「CO2などの温室効果ガスによる温室効果」から「エアロゾル(大気中の微小粒子)の地球冷却効果」の差で決まる。そしてこの冷却効果は、産業革命前の大気が森林火災によってどのくらい汚れていたかで大きく変わる注2)

 過去を復元する「古環境学」の研究は日進月歩だ。最新の研究注3)では、南半球で採取された氷床コアの分析と森林火災のシミュレーションによって、1750年から現在まで森林火災の減少が化石燃料の増加とほぼ相殺され、今も昔も大気中の煤(すす)の量があまり変わらなかったことがわかってきた。
 氷床コアには大気中の様々なガスやエアロゾルが舞い降りて堆積しているが、中でも「すす(black carbon)」は化学的に安定なので堆積後の撹乱の影響を受けにくい。このことを利用して、過去250年間の南極大陸と中央アンデスにおける氷床への「すす」の蓄積量を復元した。そして、得られた結果を気候変動における政府間パネル(IPCC)でも使われている最新の気候モデル相互比較研究CMIP6および産業革命以前の森林火災によるエアロゾル放出量を増加させた気候シミュレーションの両方の結果と比較した。
 その結果が、図1aである。観測結果を見ると、産業革命前(1750〜1780年)の南極大陸での「すす」の平均蓄積量は、現代(1985〜2010年)を少し下回る程度であった。CMIP6はこの観測結果を大きく過小評価しているのに対し(青線;縦軸は対数目盛であることに注意)、森林火災によるエアロゾル放出量を増加させたシミュレーション結果は観測結果に近かった(オレンジ線)。


図1 (a)過去250年間の「すす」の南極大陸への年間蓄積量と(b)気候シミュレーションで用いられている世界全体の放出量の長期変動注3)。オレンジ:過去の森林火災を想定した気候モデルの計算結果、青線:過去の大気が比較的清浄であると仮定しているCMIP6の計算結果、(b)茶点線:森林火災を除く全ての人為起源の「すす」の放出量。

 CMIP6が観測結果を再現できなかった理由は、産業革命以降の化石燃料起源のエアロゾルのみしか考慮していないからだ。CMIP6で用いられた世界の「すす」の放出量をみると、1950年頃まではほぼ一定の値で推移し、それ以降は化石・バイオ燃料の放出量にほぼ一致する(図1b;青線・茶点線)。堆積量の観測結果(図1a;黒線)を再現するためには、1950年以前に大規模な森林火災を想定し、CMIP6の放出量の3倍近くを放出させなければならないということだ(図1b;オレンジ線)。
 さらに、シミュレーションの結果からエアロゾルの地球冷却効果(雲アルベド効果注2))を評価すると、大規模な森林火災を考慮したシミュレーションでは、CMIP6に比べて過去の冷却効果がおよそ0.2Wm-2小さくなる(図2)。過去のシミュレーション研究注4)でも、世界全体で0.4および1.0Wm-2増加すると試算されている。これらが正しいとすれば、産業革命前以降のエアロゾル地球冷却効果は現在の想定(CMIP6)よりも小さくなり、その分だけCO2などによる温室効果も小さかったことになる注5)


図2 1750年を基準とした2000年時点の雲アルベド効果による放射強制力のシミュレーション結果注3)。オレンジ:過去の森林火災を想定した気候モデルの計算結果、青線:過去の大気が比較的清浄であると仮定しているCMIP6の計算結果。

 分析技術の発展やデータの蓄積により、エアロゾルの地球冷却効果の見積もりは徐々にではあるが、正確さを増してきている。この知見を気候モデル研究にどのように取り入れていくかによって、CO2などの温室効果ガスによる地球温暖化の将来予測も変わってくる注5)。過去のエアロゾルの地球冷却効果が本当のところどの程度であったのか、古環境学分野の研究動向を注視していく必要がある。

注1)
堅田元喜(2019)「エアロゾル」による地球冷却効果―地球温暖化の知られざる不確実性―
https://ieei.or.jp/2019/11/opinion191127/
注2)
堅田元喜(2021)地球は、産業革命以前から大気汚染で冷却化していた?-気候モデルの不確実性-
https://ieei.or.jp/2021/02/expl210201/
注3)
Liu, P., Kaplan, J.O., Mickley, L.J., Li, Y., Chellman, N.J., Arienzo, M.M., Kodros, J.K., Pierce, J.R., Sigl, M., Freitag, J., Mulvaney, R., Curran, M.A.J. and McConnell, J.R.(2021)Improved estimates of preindustrial biomass burning reduce the magnitude of aerosol climate forcing in the Southern Hemisphere, Science Advances, 7, 22, eabc1379.
注4)
Hamilton, D. S., Hantson, S., Scott, C. E., Kaplan, J. O., Pringle, K. J., Nieradzik, L. p., Rap, A., Folberth, G. A., Spracklen, D. V. and Carslaw, K. S. (2018) Reassessment of pre-industrial fire emissions strongly affects anthropogenic aerosol forcing. Nature Communications, 9, 3182.
注5)
堅田元喜(2021)【研究ノート】過去に起こった火災の不確実性が将来の気温上昇予測を左右する
https://cigs.canon/article/20210201_5600.html