エンジニアリングの神髄

書評:サイモン・ウィンチェスター 著、 梶山あゆみ 訳『精密への果てなき道:シリンダーからナノメートルEUVチップへ 』


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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電気新聞からの転載:2020年1月17日付)

 小学校の頃に読んだ本には、ジェームズ・ワットはヤカンのふたがパカパカ動くのを見て蒸気機関を発明した、とあった。しかし現実は、ずっと厳しかった。ワットは巨大な蒸気機関を作ったものの、スチームがあちこちから漏れるため全然使い物にならなかった。そこで登場するのがウィルキンソン。円筒を精密にくり抜く技術を開発した。これにより、高温高圧のスチームが漏れることなく、ワットのピストンはごう音を立てて動くようになった。あたりをもうもうと覆っていたスチームはぴたりと消えて無くなった。もしもウィルキンソンの精密加工の才能が無ければ、ワットはアイデア倒れの夢想家に終わった訳だ。

 この本は「精密」の歴史から、どれもこれも面白いエピソードを紹介している。取材方法も明かしてある。何でも、オックスフォード科学史博物館主催の科学技術史オタクのSNS、reteに公開で取材を仕掛け世界中からインプットをもらってまとめたという。

 語られる技術は多岐にわたる。蒸気機関、時計、錠前、銃、旋盤などの工作機械、長さを測る計測機械、ロールスロイスにT型フォード、航空機用のジェットエンジン、カメラ、ハッブル天体望遠鏡、GPS、インテル4004CPU、半導体のEUV露光装置、重力波の測定装置…。お気に入りはありますか? 製品だけでなく、工作機械や計測機械の歴史も合わせて学べる。

 イギリスの精密オタクたちはネジを精密に刻んだ。するとネジの1回転あたりの進みも精確になるから、それでモノの長さを厳密に測れるようになった。スプートニクからの電波を測定してその位置を逆算できたので、その逆に測定者の位置を特定するGPSが考案された。つまりGPSの発明は予定外だった訳だ。ジェットエンジンのブレードは、精密に穴をうがち空冷することで、融点以上の高温で動作する。だが注油のネジ穴がわずか0.5ミリずれると、爆発して飛行機が墜落した。

 そして最終の第10章のテーマは何と日本! 鉄道網の精密な運行は確かに世界で類を見ない。セイコーのアナログ時計、そのクオーツ時計との、社内での衝突と美しい結末。伝統的な竹細工。持ち上げすぎかもしれないが、精密の歴史を語るには、日本はやはりふさわしい。というより、次回は日本で丸1冊書いてほしい。読者諸賢、ぜひ著者に、日本の精密秘話を報告願いたし。


※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず

「精密への果てなき道:シリンダーからナノメートルEUVチップへ」
サイモン・ウィンチェスター 著, 梶山 あゆみ 訳(出版社:早川書房 )
ISBN-10: 4152098791
ISBN-13: 978-4152098795