淘汰されたはずの地条鋼が「合法化」

-中国における統計の謎-


国際環境経済研究所理事長

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2018年の中国鉄鋼生産は過去最高

 今年1月、中国2018年(暦年)の粗鋼生産が9億2826万トン、前年比6.6%増と政府から発表された。世界鉄鋼生産18億トンの半分になる。
 アレッ!!! 2017年の粗鋼生産は既に8億3173万トンと公表されていたので、2018年は12%増となるはずだ。前年比6.6%増ということは、2017年の統計が8億7078万トンと底上げされたことになる。
 この差3900万トンは何だろう。
 調べてみると、2017年に淘汰されたはずの地条鋼が「合法化」され、1.24億トンあると発展改革委員会が公表している。

地条鋼が生き返った

 「地条鋼」とは、誘導加熱炉という簡単な炉で鉄鋼スクラップを溶かすが、酸化プロセスがないため効果的な成分・品質コントロールができない。このような工程で製造された鉄筋や線材は強靭性や引張強度が不合格であり、高い処から落とすと折れてしまう紛い物である。建築物や橋などの鉄筋としてコンクリートに混ぜてしまうと、深刻な安全リスクが存在する。

 地条鋼生産者は人里離れた田舎に小さな工場を作り、夜になると操業する。野外にある溝型の鋳型に溶けた鋼を流し込むので、環境対策設備は当然なく、役所の環境監査チームがやってくると設備を止めてしまう。塀を作って、外から見られないようにしているところもある。
 2000年代に、河北省にある民間企業の違法なミニ高炉(1000m3以下の高炉が淘汰対象になっていた)を見に行ったが、工場の周りを高い塀で覆い、人相の悪い守衛から「近寄るな」と追い払われたことを思い出す。
 地元政府からすると税収が入ることもあり、見て見ぬふりをしているところもある。
 2017年3月の全人代政府工作報告において、李克強首相が6月30日までに違法零細ミル「地条鋼」の一掃を宣言した。
 (参考)「中国鉄鋼業淘汰の抜け道-地条鋼」(2017.5.8)
 その後、粗悪な地条鋼は淘汰され、代わって品質に優れた電炉鋼が増設されたと報道されていたが、統計外といわれた1億トンが、昨年「合法化」されて生き返ったらしい。

 地条鋼を取り締まる調査チームは、以下の基準を設けているという。

1.
溶融装置が誘導炉かどうか
2.
溶融工程においてスラグや不純物除去をおこなっているか
3.
鋼を分析・検査するための化学分析装置及や人員がいるか
4.
鋳造がオープン溝型法かどうか

 逆に、チェックポイントをうまく潜り抜ければ、「合法化された地条鋼」になるということかもしれない。

鉄鋼の過剰生産能力削減は本当か

 中国の鉄鋼過剰生産能力問題はG20で問題となり、2016年12月に政府間の枠組みである「鉄鋼過剰生産能力に関するグローバル・フォーラム」が設立され、現在も過剰能力の削減や政府補助金について議論を進めている。
 発展改革委員会は、小規模設備や環境対策が遅れた非効率な設備を中心に、2016年に6,500万トン、2017年には5,500万トン、2018年は3,000万トンと3年間で1億5,000万トンの鉄鋼設備の淘汰を行ったと発表している。
 一方で新規設備が投資されるので、全体の鉄鋼能力は減らない。

 中央政府が公表した淘汰についても信憑性はどうだろう。
 昨年12月、「鉄鋼業界の過剰生産能力の解消および「地条鋼」の生産再開防止に関する特別抜き取り検査工作会議」という会議が、発展改革委員会等の主催で地方各省の担当者を集めて開かれている。
 これによると、抜き取り検査や通報状況からみても、かなり苦労している様子がうかがえる。
(注)湖北省の例では、違法な地条鋼企業を通報した者に対して最大10,000元(16万円ほど)の奨励金を授与するとしている。
(新華網)http://www.xinhuanet.com/politics/2018-06/25/c_1123034230.htm?baike

中国における中央と地方

 中国の国有企業は、国務院国有資産管理委員会が管理する中央直轄企業と、地方(省など)が管理する企業に分けられる。
 鉄鋼の中央直轄企業は従来4社であったが、現在は2社。今回、鞍鋼集団のトップに中国宝武鋼鉄集団から戴志浩氏が送り込まれたことから、1社体制に集約することが予想される。

 これに対して、地方の国有企業に対しては、中央は指導するが執行は地方に委ねる間接支配である。河北省では、河北鉄鋼集団を作ってこの下に唐山、邯鄲、宣化、承徳、舞陽、石家庄などの企業が束ねられたが、傘下の邯鄲鋼鉄は環境汚染の激しい都市部の製鉄所を廃止する代わりに、郊外に大規模の新規工場建設を計画中である。

 歴史を振り返っても、中国という巨大な国土を中央集権で直接統治することは難しい。
 「地条鋼」は地方の民営企業であり、地方の税収、雇用等を考慮すると、李克強首相の大号令といえども、地方との妥協に終わったのではないか。
 「上に政策あれば下に対策あり」という中国四千年の格言は今も生きている。
 中央政府が旗を振る鉄鋼過剰生産能力問題も、実際の能力削減はどうだろう。