エネルギー生産性の大幅改善は可能か

マクロと産業レベルの大きなかい離


慶應義塾大学産業研究所 所長・教授

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EPレポートからの転載:2018年3月11日号 )

 EUは今後のエネルギー政策のコアとして、エフィシエンシーファースト(エネルギー効率性の改善を第一に)を掲げ、2030年におけるエネルギー消費量をBaU(自然体)シナリオに比して27~30%削減することを目標としている。米国エネルギー効率経済協議会によるエネルギー効率に関する国別ランキングでは、15年の総合評価として日本を抑えドイツがトップに位置付けられ、3位以下にはイタリア、フランス、イギリスと続く。エネルギーヴェンデ(大転換)のもと、ドイツは再生可能エネルギーの大幅な推進とともに、50年にはエネルギー消費量の50%削減(08年比)という野心的なターゲットを設定した。それは産業競争力を損ねるものではなく、むしろ強化し、経済成長に寄与するという。
 ドイツのターゲットは、15年以降エネルギー消費量を年平均1.5%ほど減少させることに相応する。同期間において年率1.0%ほどの経済成長率を想定すれば、年平均2.5%ほどのエネルギー生産性の持続的な改善が必要となり、それは同国における近年の実績を1ポイントほど上回るものである。50年に向けて、その改善を加速させることはできるのだろうか。

エネルギー消費削減の困難性

 省エネ(energy conservation)の歴史は長い。米国科学アカデミーは、伝統的な意味におけるconservationとは、賢く用心深いという意味を持つものの、オイルショック時に生まれた省エネという用語は、耐乏、英雄的、犠牲的など、否定的な性格を帯びていたとしている。一般に、エネルギー消費量の削減は、大きくエネルギー生産性の改善か、活動量の縮小による。省エネという用語の含意には、すでにこの時期においても、効率改善が困難であり、活動量の縮小に依存する性格があったことを物語るものである。
 効率改善の困難性は、生産要素の相対価格や技術の利用可能性に依存している。日本の高度経済成長期には、原油価格の安定から省エネへの取り組みはそれほど顕著ではないものの、生産拡張による規模の経済性とともに、省エネ技術を体化した旺盛な資本蓄積に伴って、高いエネルギー生産性の改善が見られている。
 しかし、そうした後発の利益を享受できるキャッチアップの過程を終えると、さらなるエネルギー消費の効率改善には、より多くの労働や資本の投入が必要となる。言い換えれば、エネルギーという一面における生産性の改善のために、労働生産性や資本生産性の悪化という負担を伴う。過度の省エネ推進によっては、後者の負担は前者を上回り、全体としての生産性を低下させる。経済全体における効率性の損失は、新たな省エネ技術の研究開発を停滞させるだろう。
 もうひとつの問題は、合成の誤謬(ごびゅう)である。戦後からの長期の傾向では、エネルギー生産性は長期にわたり穏やかに改善しているものの、それはエネルギー消費量の水準自体を減少させるには力不足であることが長く指摘されてきた。その要因は、エネルギー生産性の改善によってエネルギー需要が減少し、そのことが市場価格の低下や競争力の改善、新たな生産拡張を通じてマクロとしてのエネルギー消費量を押し上げるリバウンド効果である。これはカッシューム・ブルックス仮説、あるいは、より広い文脈ではジェヴォンズの逆説と呼ばれ、2000 年代半ばほどまでは十分な説得力を持ってきた。しかし近年、一部のEU 諸国ではエネルギー消費量自体においても減少傾向が見いだされる。

生産構造変化による影響

 エネルギー消費量(一次エネルギー換算)あたりの実質GDP など、マクロで観察されるエネルギー生産性とは、生産構造の変化を含んだ指標である。こうしたエネルギー生産性の改善は、どれほどが生産構造の変化に依存しているのだろうか。
 2000~15年において、ドイツは年率1.5% の効率改善を実現した。一定の仮定のもと、産業構造の変化要因を統御した測定によれば、真のエネルギー生産性の改善は年率0.4% にまで低下する。それはこの期間に見かけ上観察されるエネルギー生産性の改善の3 分の2 以上が、相対的にエネルギー多消費産業が縮小し、サービス産業の拡大などの産業構造の変化によって説明され、企業や生産プロセスにおける原単位の改善ではないことを意味している。マイクロ・レベルでは、安価な省エネ機会が潤沢に残されている状況はもはや期待できないだろう。技術の状態を所与とすれば、一単位削減のための限界費用はやはり逓増している。
 ドイツの家計はこの期間、再エネ推進のコスト負担をより多く担い、急速な電力価格の上昇に直面し、一定の省エネも見いだされる。しかし電力多消費企業は、その負担を免れてきた。減免措置のないイタリアなどに対し、こうした補助金にも似た優遇措置は公正な競争条件として容認されうるのか、また多消費産業では電力価格がむしろ低下する中で省エネを推進することができるのか、現行のエネルギー政策の整合性には問題があろう。