原子力ゼロエミッションクレジットの進展について


環境政策アナリスト

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「一般社団法人 日本原子力産業協会」からの転載:2018年5月18日付)

 トランプ政権はオバマ前大統領の政治的遺産を軒並み否定するところから始まっている。発電部門で CO2排出量を 2030年に2005年比 30%削減することを目標としている「クリーンパワープラン」もそのひとつで、トランプ大統領はこれを破棄すべきであるとしている。しかしながらクリーンパワープランの重要なことは州ごとに目標を設定したという点であり、各州がそれぞれにさまざまな立法に取り組み、進展している。
 ニューヨーク州およびイリノイ州は、それぞれ公益事業委員会の決定または州法の成立によって、連邦大のクリーンパワープランの州への展開としてゼロエミッションクレジットプログラムを適用し、廃止予定だった原子力発電所の延長を認めさせている。数年来、米国原子力発電所は、天然ガス火力の競争力の強化、補助金に支えられた再生可能エネルギーの普及などによって早期に閉鎖しようとする動きが強まっている。これに対して各電力会社は、原子力発電所を閉鎖するかどうかの決断は州政府の政策に起因するところが大きいとの認識のもと、州政府に対して支援を求めてロビーイング活動を強めてきている。ニューヨーク州およびイリノイ州では、単に経済性の乏しい原子力発電所の延命だけでなく、再生可能エネルギー事業者と連携することでクリーンパワープランの中に位置づけることに成功しており、この点が注目される。
 4月12日には、ニュージャージー州で二つの原子力プラントにゼロエミッションクレジットを与える州法を成立させているのでご報告する。
 なお、ゼロエミッションクレジットとは、クリーンエネルギー発電事業者に対して、その発電した電力量に応じて一定のベネフィットを提供するもの。原子力発電もこれに含められるのが一般的である。

ニュージャージー州のゼロエミッションクレジット法

 ニュージャージー州には、PSEG が運転をするセーレム(1号、2号ともにPWR117万kW)およびホープクリーク(BWR129.6万kW)、エクセロンが運転をするオイスタークリーク(BWR64.1万kW)の3発電所がある。セーレム1号は 1977年運転開始、2036 年までの運転ライセンスをもつ。セーレム2号は1981 年運転開始、2040年まで、ホープクリークは 1986年運転開始、2046年までの運転ライセンスをもつ。他方オイスタークリークは2019年に運転停止予定となっている。PSEGは卸売市場の競争力低下のため州の支援なしには閉鎖の懸念があるとして、2017年ニュージャージー州議会(上院環境・エネルギー委員会および下院通信・公益事業委員会)において原子力の環境、経済、電力市場への影響等に関する議論を開始させた。この公聴会には、ブラットルグループ代表のディーン・マーフィー氏やエネルギー環境団体エンバイロメンタル・プログレス代表のマイケル・シェレンバーガー氏なども参加した。PSEGのイゾーCEOは、「米国の原子力は電力市場規制緩和の失敗で危機に陥っている。われわれの原子力発電所は黒字であるが、それは契約により数年前の価格での売電ができているためである。それは現在の価格よりは高い。もし市場価格が変らなかったら向こう2年間発電コストはもはや回収できないであろう。州の介入がなければ PSEGは発電所を閉鎖しなければならない」と述べた。この結果、2017年12月には原子力発電への経済的支援を盛り込んだ州法が提案され、審議は進展をした。これはほぼニューヨーク州およびイリノイ州のそれと似た内容となっていた。しかし、本会議上程の直前に議長は新知事(フィル・マーフィー民主党)の就任を待つこととした。
 今年になって同様の州法を提案、4月12日下院60対10、上院28対9の大差で成立させた。この州法は公益事業委員会にゼロエミッションクレジット制度を導入させ、価格は一年毎に決定させることとした。当初は 0.4セント/kWh と決め、卸売事業者から原子力発電事業者へその売電量比率で支払われる。原子力発電所の適格性は 3年毎下記の条件により審査される。条件は(1)2030年までの運転ライセンスをもっていること、(2)「排出量削減に顕著で実質的貢献がある」こと(3)ゼロエミッションクレジットに大きな変動がないのに運転を中止する場合は、州公益事業委員会に報告を行い、了承を得ること(4)本補助以外に他の法、連邦による立法、地域的協定から直接、間接の支払いはないこと(5)25万ドルの申請料を支払うこと、などとされた。これによってセーレム発電所とホープクリーク発電所は適格性が認められる。他方オイスタークリーク発電所は今年末には閉鎖予定なのでクレジットを受け取ることはできない。

ニューヨーク州、イリノイ州、ニュージャージー州のゼロエミッションクレジットの意味

 原子力エネルギー協会(NEI)は「ニュージャージー州民と州を越えて原子力産業に携わる人たちにとって重要な瞬間である」と手放しで歓迎している。しかし、ニュージャージー州におけるゼロエミッションクレジットのもつ重要性は、この州法が排出削減目標および再生可能エネルギー推進策と一緒に通過した点 である。環境保護団体の「自然資源保護協会」(NRDC)は、原子力支援の期限を設けなかったことを批判していながら全体としてはこの法案を歓迎している。原子力発電と排出削減の要請の間で議会およびロビーは苦労をした経緯を垣間 見ることができる。結果的には再生可能エネルギーについては、卸売事業者にその電力の 50%を風力・太陽光などの「クラスワン再生可能エネルギー」から調達することを義務付け、こちらも大差で可決している。イリノイ州は再生可能エネルギー促進を含むより包括的なエネルギー立法の一部としてゼロエミッションクレジットを通過させ、ニューヨーク州は再生可能エネルギー目標を盛り込むクリーンエナジースタンダードと抱き合わせで導入した。他方オハイオ州は原子力だけのゼロエミッションクレジットを志向して壁にぶち当たっている。原子力のゼロエミッションクレジットの導入に重要なことは環境団体との調整のもと行われている点に注目したい。

出典:
国際技術貿易アソシエイツ
4月16日付けデイリーエナジーインサイダー
4月10日付け「自然資源保護協会」(NRDC)声明