パリ協定離脱が変える?

ー石炭、再エネ、原子力の未来ー


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 大統領就任後、オバマ政権時代に導入された化石燃料に係る環境、鉱業権の規制を撤廃しているトランプ大統領は、6月1日パリ協定離脱を発表した。国内規制の見直しに加え国際的な温暖化対策への参加を放棄することにより、昨年の大統領選時にトランプ大統領誕生の大きな力になった石炭関連労働者の期待に応える石炭の復活が目的の一つだが、実現は難しそうだ。
 石炭の消費、生産量が減少しているのは、温暖化対策を目的とした規制のためではなく、シェール革命による天然ガスの生産数量増と価格下落のためだ。米国内の天然ガス、石炭、原油の生産数量の推移は図‐1の通りだが、石炭の生産減を引き起こしたのは、図‐2が示すように、石炭から天然ガスへの発電源の移動により石炭消費量の9割以上を占める発電部門での石炭消費が大きく減少したためだ。詳細についてはWedge Infinityの連載に掲載した、「パリ協定離脱、トランプが愛する炭鉱の行く末は?」をお読みください。

 コロンビア大学の研究グループによると、石炭消費減の49%は、価格競争力がある天然ガスに起因し、電力需要が予想より少なかったことが26%、再エネの台頭が18%の原因を占めている。環境規制も石炭火力発電所の天然ガスへの転換と閉鎖に影響を与えているが、その度合いは大きくはない。将来の生産量は、最善のケースで年産10億トン弱、最悪のケースでは6億トンに落ち込むと予想されている。
 6月1日パリ協定離脱を発表したトランプ大統領だが、皮肉なことに、パリ協定離脱発表前日、ニューイングランド地方最大のブライトン・ポイント石炭火力発電所が閉鎖された。1960年代に運転が開始され、3基合計112.5万kWの設備はマサチューセッツ州最後の石炭火力でもあった。老朽化した設備であり天然ガスとの競争に敗れたためだった。翌6月1日ニュージャージー州のメーサー、ハドソンの2石炭火力が閉鎖された。やはり、天然ガスとの競争に敗れたためだった。
 トランプ政権の支援にもかかわらず消費の低迷が続く石炭業界だが、発電所での石炭と天然ガスの受け渡し価格を見ると、昨年後半から天然ガス価格が徐々に上昇している。今後石炭の復活があるとすれば、天然ガス価格上昇という市場の要因によるものだろう。しかし、米国の既存石炭火力の88%は1990年以前の建設であり、石炭火力発電所は建設後平均39年経っている。90年以降に建設された新設火力発電所の大半は天然ガスを燃料としている。設備が老朽化していることから、天然ガスに対する競争力が復活しても石炭の大きな数量増は期待できない。
 一方、エネルギー省では基幹電源と送電網の安定化の検討が行われており、6月中には検討結果が出されるが、ペリー・エネルギー長官は、送電網の安定化は国の安全保障に係る問題と指摘している。その意図は、不安定な電源である再エネの排除にあるのではないかとの憶測も一部ではでている。
 連邦政府の政策である投資税額控除を除けば、再エネの支援策は州政府の政策によることが多いが、連邦政府が安全保障の観点から州政府の政策に介入する可能性もあると、一部のメディアでは報道されている。基幹電源として石炭火力が優遇される可能性も指摘されているが、上述の通り石炭火力の老朽化が進む中で、天然ガスとの相対的競争力に疑問がある石炭火力の新設が行われるのか不透明だ。
 原子力発電については、基幹電源であることに加え、ペリー長官は、パリ協定離脱を発表したとはいえ、低炭素電源である原子力は重要であるとしている。さらに、安全保障上も原子力技術は必須としている。原子力に関しては、現在一部州政府により実行されている低炭素電源に対する補助政策と同様の政策が連邦政府により導入される可能性もあるかもしれない。
 温暖化対策を放棄するパリ協定離脱の発表だが、その結果が石炭生産増に結び付くわけでもなく、安全保障上の観点と低炭素電源から原子力が注目を浴びるというのは、エネルギー政策を考える際の要素が多く、単純な解がないことを示している。