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第14話「環境外交と原子力外交」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使


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 この時期の米国の環境外交、原子力外交には、冷戦に勝利した唯一の超大国としての自信に裏打ちされた、「ルールに基づく国際秩序」の構築を主導する強い意欲が伺える。もっとも、京都議定書、CTBTのいずれもが米議会の承認の壁に阻まれたのは周知の通りである。その後のブッシュ(子)政権は京都議定書への不参加を正式に表明、また9・11同時多発テロの後は「テロとの戦い」が最優先課題となり、アフガン戦争、そしてイラク戦争に突き進むことになった。米国の環境外交、原子力外交はいずれも後景に退く形となる。
 もっとも、ブッシュ(子)政権においても、主要排出国で温暖化対策を協議する枠組み「主要経済国会議(MEM: Major Economies Meeting)」や、大量破壊兵器・ミサイルや関連物資の移転を国際連携により阻止する「拡散に対する安全保障構想(PSI: Proliferation Security Initiative)」を主導してきたことは特筆されよう。これらのイニシアティブはオバマ政権でも引き継がれている(MEMについては主要経済国フォーラム(MEF)と改称)。しかしながら、前述の京都議定書不参加表明やABM制限条約脱退、とりわけイラク戦争を巡り国際社会の分断に至った一連の対応が、「ルールに基づく国際秩序」を軽視しているとの印象を与えたのは否めない。

(オバマ政権の環境外交と原子力外交)
 2009年に登場したオバマ政権は、米国の環境外交、原子力外交を立て直し、「ルールに基づく国際秩序」の再構築に向けて、米国のリーダーシップの発揮を目指した。「米国は気候変動交渉に戻ってきた」、「核なき世界を目指す」とのプラハ演説に代表されるメッセージは世界に鮮烈な印象を与えた。2009年の暮れにオバマ大統領にノーベル平和賞が授与され、コペンハーゲンで開催されたCOP15がCOP史上初めて首脳レベルの会合に格上げされて将来枠組みの合意を目指したのは、国際社会の米国への期待の表れであったと言える。
 それから8年が経った。この間、オバマ政権は確かに環境外交と原子力外交に精力的に取り組んだ。政権1期目の米国外交をリードしたクリントン国務長官はCOP15で大規模な途上国支援資金イニシアティブを提唱し、これは後に国連の新たなファンド「緑の気候基金(Green Climate Fund)」に結実した。数ヶ月後の2010年NPT運用検討会議では、原子力の平和的利用のための新たな資金メカニズム(PUI: Peaceful Uses Initiative)の創設を主導した。後を引き継いだケリー国務長官は、上院議員時代から米国内の排出量取引法案を推進し、一議員としてCOP15にも参加していたが、国務長官としてCOP21でのパリ協定の採択を見届け、自ら同協定に署名した。またイラン核合意実現のため、最終段階においてウィーンで2週間強にわたる歴史に残るマラソン交渉を主導したことは第4話で紹介したとおりである。
 そしてオバマ大統領自身である。COP15における10数時間に及ぶ首脳レベルの交渉に臨んでまとめあげた、後のパリ協定の基礎となったコペンハーゲン合意。プラハ演説の翌年、同じプラハの地でロシアとの調印に至った新戦略兵器削減条約(新START)。4回に及んだ核セキュリティ・サミット。そして、現職米国大統領としての初の広島訪問。「コペンハーゲンからパリ」、「プラハから広島」に至るまで、オバマ大統領は環境外交と原子力外交の推進に一貫してコミットしてきたと言える。

写真5

左:コペンハーゲンCOP15会場でのオバマ大統領(出典:IISD/Earth Negotiations Bulletin)
右:2016年核セキュリティ・サミットにおけるオバマ大統領(出典:2016Nuclear Security Summitウェブサイト)

 にもかかわらず、この8年間の米国の環境外交、原子力外交の実績にある種の物足りなさを感じる向きは少なくないであろう。米議会の承認を得られなかった京都議定書の教訓を踏まえ、パリ協定は議会の承認を要しない、より緩やかな枠組みとなった。昨年9月に採択されたCTBT推進のための国連安保理決議2310を米国が進めたのも、CTBTの議会承認の見通しがない中でなし得る次善の方策を探求したという点で、類似点が見てとれる。米露関係の悪化は2016年核セキュリティ・サミットからのロシアの離脱を招いた。2015年のNPT運用検討会議では中東問題の扱いを巡って米国がコンセンサスをブロックする役回りを演ずることとなり、成果文書不採択という結果に終わった。イラン核合意は難産の末に成立したものの、先行きは引き続き不透明である。北朝鮮に至っては、オバマ政権の任期中に4回もの核実験を行った。そして核兵器の非人道性、核兵器禁止条約を巡る議論における、核兵器国と非核兵器国の溝は深いままである。
 米国大統領が特定の課題に対して一貫した政治的コミットメントを示しても、実現できる成果は限られる。背景の一つには米国内の事情、もう一つには現在の国際社会における米国の影響力の限界がある。「ルールに基づく国際秩序」は、ルールが蹂躙され、秩序が失われた後の「戦後」にこそ最も渇望される。そして、その国際秩序は通常「勝者」の主導によって作られる。古くはナポレオン戦争後のウィーン会議、現代では第2次世界大戦後や冷戦後の一時期が正にそうであった。第2次世界大戦と冷戦において米国は自他ともに認める「勝者」であり、「戦後」の国際秩序づくりに米国が主導的役割を果たすことにも内外のコンセンサスがあった。しかしながら、今、米国内で自らが勝者であるとの自覚がどこまであるだろうか。また、米国の主導的役割にどこまで広範な国際的支持があるだろうか。
 「戦後」も「勝者」も明確に意識されない中で、「ルールに基づく国際秩序」を維持、強化することは、秩序を新たにつくり上げるよりも難しい。オバマ政権の8年間の苦闘はそのことを示しているように思われる。

「米国と世界をつなぐ」「米国と向き合う」ことの重要性

 環境外交、原子力外交とも2017年は課題山積である。
 環境分野では、パリ協定発効を受けて、昨年のマラケシュCOP22の機会にパリ協定第1回締約国会合(CMA1)が開催され、2018年までに協定の実施指針等を採択することが合意された。今後、関連作業が本格化することになろう。
 原子力分野では、1月16日に「履行の日」から一年を迎えたイラン核合意の着実な実施が引き続き重要課題である。また、2020年NPT運用検討会議に向けたプロセスとして第1回準備委員会が5月にウィーンで開催される。一方、昨年大きな議論を呼んだ、核兵器禁止条約の交渉も本年春に開始されることになる。
 このような中、米国のトランプ新政権がどのような環境外交、原子力外交を展開するのか、世界が固唾をのんで注目しているところであろう。
 世界第2のCO2排出国、世界最大の核兵器国である米国を抜きに環境、原子力の世界で実効的な「ルールに基づく国際秩序」を構築することはできない。それは、米国が京都議定書不参加を決めた後の「リオ・京都体制」を巡る環境外交の歴史をみれば明らかである。また、「NPT・IAEA体制」が様々な欠点を抱えるにせよ、実効的な枠組みとしてこれまで機能してきたのは、米国による一貫した支持(もちろんそれは米国自身の国益に基づく)があったからである。したがって、米国と世界をつなぐための外交努力は、米国自身とその他の国々の双方において従来以上に重要となろう。
 そのためにも、各国は米国としっかり向き合う必要がある。これまでも、米国歴代政権の外交方針は不動のものではなく、良くも悪くも「揺らいで」きた。米国外交の先行きを所与の前提として受け止めるのではなく、その「揺らぎ」を感じとりながら対話を重ね、米国が生み出せるダイナミズムを「ルールに基づく国際秩序」の構築に活かしていく知恵が求められる。

(※本文中意見に係る部分は執筆者の個人的見解である。)

【参考資料】

加納雄大「環境外交:気候変動交渉とグローバル・ガバナンス」(2013年 信山社)
有馬純「地球温暖化交渉の真実:国益をかけた経済戦争」(2015年 中央公論新社)
北野充「核拡散防止の比較政治:核保有に至った国、断念した国」(2016年 ミネルヴァ書房)
吉田文彦「核のアメリカ:トルーマンからオバマまで」(2009年 岩波書店)

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