温暖化防止とコスト低減 原子力発電で両立

次世代炉開発と運転延長 米国で高まる期待


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(産経新聞からの転載:2020年2月29日付)

 地球温暖化を防止しながら増え続ける電力需要に対応する切り札として、発電時に二酸化炭素(CO2)を排出せず、発電コストが低い原子力発電への期待が世界的に高まっている。米国では、この2つの問題解決を目指し、マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏が出資するベンチャー企業のテラパワー(ワシントン州)をはじめとするいくつかのベンチャー企業が、次世代原子炉の開発に取り組んでいる。このほど同社を視察した常葉大学経営学部教授で環境エネルギー政策の専門家である山本隆三氏に、原子力発電をめぐる世界の動向や日本の原子力政策の課題などについて聞いた。


テラパワーの研究所で、技術担当責任者のジョン・ギルランド氏(左)にインタビューする山本隆三氏

次世代原子炉開発の米テラパワー視察 山本隆三氏に聞く

―――テラパワーが開発している「進行波炉(TWR)注1)」と呼ばれる次世代原子炉の狙いは

 ゲイツ氏の考えは明確だ。地球温暖化を防止するにはCO2を排出しない電源の活用が重要になる。しかし、再生可能エネルギー100%で対応するのは、あまりにもコストがかかりすぎて不可能であることから、CO2を排出せず、発電コストが低い原子力が30~40%必要だという考えだ。また原子力技術によって安価な電気を途上国などの電力がなくて困っている人たちに届けたいという強い思いもある。そのため、途上国の技術でも扱うことができる安全性の高い原子炉の開発を重視している。既存の原子炉は、冷却装置により核燃料を冷却し続ける必要があるが、ゲイツ氏が目指す次世代原子炉は、仮に原子力発電所内の電源が喪失したとしても空気の自然対流で核燃料を冷却できるというものだ。


「テラパワー」の筆頭株主であるマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏。
「地球温暖化防止において原子力は理想的だ」とし、次世代原子炉の開発を後押ししている

―――商用化の可能性は

 技術的にはすでに実現可能なところまできており、基礎研究から実用化の研究の段階に入っている。いかにコストを安くできるかかが課題だ。

―――米国では「小型モジュール炉(SMR)」という次世代炉の開発も進んでいる

 SMRは、工場で設備を作り現場に運んで設置できるので、非常に短期間に低コストで建設できるというメリットがある。米国政府は今、原子力技術の開発に非常に熱心だ。議会も毎年、エネルギー省の要求を上回る予算を原子力関係に付けている。背景には中国やロシアにエネルギー覇権を握られるわけにはいかないという危機感がある。

―――世界的に原子力発電は増えていくのか

 間違いなく増えていく。「脱原発」と盛んに報道されているが、世界のごく一部を切り出しているにすぎない。欧州で「脱原発」に実際かじを切ったのはドイツだけ。ドイツは再生可能エネルギーを増やした結果、家庭用電気料金は大きく値上がりし、世界で最も高い水準になった。電気料金が2倍、3倍と上昇していくと、生活も産業も成り立たなくなってしまう。欧州でも温暖化を防止しつつ、コストを下げるには原子力しかないという考えが強まってきている注2)

―――原子力発電を活用していく上での課題は

 技術の継承だ。フランスで16年ぶりに建設されている新型原子炉は稼働が大幅に遅れているが、技術継承と人材育成ができなかったことが要因といえる。米国でもスリーマイル島の事故以降、約30年間も建設が行われなかった。現在、世界で技術継承と人材育成がしっかりできているのは、中国とロシアだけだ。

―――日本は東日本大震災以降、再稼働すら進んでいない

 一番の問題は、火力発電の割合が高まり、燃料費が増えたうえ、再生可能エネルギーを増やしたことで電気料金が上がったことだ。家計はもちろん産業への影響は大きい。国内の製造業が支払う電気代は震災前に比べ年1兆円も増えた。これは製造業全体の人件費の4%に相当する額。このお金は燃料費として海外に支払われており、その分、われわれの給与が抑えられているともいえる。こうした現状は日本経済に大きな影響を与えている。経済性の観点からも日本にとって原子力は必要不可欠といえる。

―――原子力の活用に必要なことは

 安全性が確認されたものは着実に再稼働させると同時に、現在は建設から原則40年となっている運転期間の延長を進めることだ。世界的にみても長期運転の傾向にある。米国にも40年の認定期限があり、申請により20年の延長が可能だ。更新回数に制限はなく、80年運転の承認もおりている。国際エネルギー機関(IEA)も、温暖化対策には莫大な資金がかかることから運転延長が必要だと提言している。

―――日本は温暖化防止に向けどのような対応をしていくべきか

 10年近く稼働していない原子力発電所もあり、技術継承と人材育成により力を入れていく必要がある。政府は温暖化を革新的なイノベーションによって解決すると掲げているが、実用段階にある脱炭素化の選択肢として評価する原子力発電所の新増設には言及していない。国として次世代炉を含む原子力技術の開発をイノベーションの柱の一つとして明確に位置付けるべきだ。

注1)
進行波炉(TWR):
消費する燃料よりも多くの燃料を生成しながら稼働する増殖炉の一種。核分裂連鎖反応が波状にゆっくりと進行することから名づけられた。現行の軽水炉が燃料としている濃縮ウランの製造過程で生成される廃棄物の劣化ウランを燃料に使う。軽水炉が数年ごとに燃料の交換が必要なのに対し、最長100年間、燃料交換なしで運転できるとされる。
注2)
世界の原子力発電の状況:
全世界で2018年時点で稼働している原子力発電所は443基、建設・計画中は152基ある。総発電量に占める原子力の割合(17年実績)をみると、日本と同様にエネルギー資源に乏しいフランスは約72%を占めている。次いで韓国が約27%、米国が約20%と続き、「脱原発」を掲げるドイツは約12%で、日本は約4%にとどまっている。