泊原子力発電所の停止で失われた経済的なCO2削減の機会


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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 日本政府は2030年までに温室効果ガスを46%削減、2050年までに実質ゼロにするという目標を掲げている。この実現のためとして、①電気のCO2原単位を低減し、②エネルギー利用の電化を進める、としている。

 現在、日本のCO2排出の約3分の1は発電に伴うものだが、残りの3分の2は化石燃料の直接燃焼によるものだ。発電のCO2原単位を下げることでもCO2排出を減らすことはもちろん出来るが、CO2原単位が下がった電気で化石燃料の直接燃焼を代替することも重要なCO2削減手段になる。

 日本政府はグリーン成長を掲げ、環境と経済を両立しつつ温室効果ガスゼロを達成するとしている。しかし現実は厳しい。一般的に言って、国全体の温室効果ガス、CO2をゼロにするという目標は技術的に極めて困難であり、それを目指すだけでも膨大な経済的コストがかかることが懸念される。

 その中にあって、本当に環境と経済を両立できるのが、原子力発電の推進である。安価な電力を供給することで、電化を促進することも出来るし、それを通じて、さまざまなメーカーの参入を促し、電気利用機器の技術開発も進むことになる。

 じつはそのような好循環が、東日本大震災の前には、北海道に存在していた。2009年には、泊原子力発電所の活用によって、北海道の電力の35%程度が供給されていた。安価な夜間電力を活用して電化が進んだ。新設住宅着工戸数26758件のうち54%に上る14476件がオール電化を採択していた(図)。当時のオール電化住宅の電気料金は11円/kWh程度、世帯あたり電力料金は年間26万円程度であった注1)

 ところが、東日本大震災の後、2012年に泊原子力発電所が停止した。電気料金は上昇した。2020年のオール電化住宅の電気料金は18円/kWh程度、世帯あたり電力料金は年間42万円程度まで上昇した。

 オール電化住宅の着工は低迷し、2020年には新設住宅着工戸数31339件のうち僅か6.3%の1972件がオール電化を採択したにとどまった。

 なおこの低迷の一因には、2018年には胆振震災が起き、北海道は全域で大停電(ブラックアウト)が起きるという事態にも見舞われたこともある。だがこのブラックアウトも、泊原子力発電所を欠いて供給力が弱くなっていなければ、起きなかったものである。

 かつてはそのまま趨勢になるかと思われたオール電化住宅であるが、電気料金が高騰し、都市ガスなどに対するコスト競争力を失ったことが大きく響いて、すっかり退潮してしまった。

 もしも泊原子力発電所が運転を継続し、オール電化住宅が多く導入されていたならば、経済的なメリットのみならず、CO2削減には大幅な効果があった筈だ。そして、いちど建設された住宅は何十年も使われ、既設住宅を改修して設備を入れ替えることは容易ではないという「ロック・イン効果」があることから、今後のCO2排出量にも長きにわたって大きく影響することになる。

 じつはこの間、重要な技術進歩があった。電熱技術による電気温水器給湯・深夜蓄熱型暖房機器を活用したオール電化住宅から、飛躍的にエネルギー効率の高いヒートポンプ技術をフル活用した「スマート電化住宅」への移行である。北海道電力は2011年ごろから、メーカーおよび地元工務店などの協力を得て、ヒートポンプ式の各種機器(エコキュート給湯・セントラル暖房、および寒冷地エアコン)を採用する住宅の普及に舵を切った。

 もともと、ヒートポンプによる暖房・給湯は、北海道などの寒冷地においては、技術的なハードルが高いものだった。外気温が低いと、エネルギー効率を高めることが難しくなるのである。それでも、たゆまぬ努力によって、総じて,北海道における家庭用ヒートポンプ機器は,各メーカーの技術開発によって,給湯・暖房ともに成績係数COP3.0(=1kWhの電力使用によって3KWh以上の熱を発生する)程度にまで性能を上げた。

 このような技術進歩があり、いまではオール電化住宅の大半をスマート電化住宅が占めるに至ったにもかかわらず、オール電化住宅全体の普及が低迷する中に在って、その真価が十分発揮されるに至っていない。もしも今後、低廉な電気料金が実現し、スマート電化住宅の普及ペースが加速するならば、メーカーも次々と新しい機器を開発し市場投入して、イノベーションもさらに進むであろう。これによるCO2削減の効果は莫大なものとなる。

 教訓は明白だ。原子力発電所を活用し、安価な電力を供給することで、電化を進めることができる。原子力はCO2排出が無いから、これによって大幅なCO2削減を、経済と両立しながら進めることが出来る。その過程では、電化技術のイノベーションも進む。以上のことは、家庭用ヒートポンプだけではなく、電気自動車による運輸部門の電化や、産業部門における電化にも、もちろん当てはまる。

 泊原子力発電所の速やかな再稼働こそ、環境と経済を両立し、イノベーションの推進によって脱炭素を図るための、最も重要な課題である。関係する方々の活躍に期待している。

【謝 辞】 本稿についてデータを提供頂いた北海道電力株式会社に感謝いたします。

注1)
オール電化住宅の電気料金はモデル世帯(給湯:電気温水器4.4kW、暖房:電気式蓄熱暖房器20.5kW)についての料金。モデル世帯についての計算概要は下記リンクのp9を参照。
https://www.hepco.co.jp/info/2014/1189782_1635.html