米国の原子力を取り巻く動向(1)


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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 2月にワシントンD.C.においてシンクタンクや米商工会議所、産業界へのヒアリング調査を行ったが、米国のエネルギー情勢や原子力発電を取り巻く動向について電力事業者にヒアリングした。最近の原子力への米国民の意識については、当研究所の山本隆三所長の「エネルギー政策に関心を失う米国民の向かう先は原発離れ 低炭素電源のメリットは認識されず?」をご参照ください。

60年運転ライセンス更新、80年運転の議論も

 オバマ政権は、エネルギー安全保障政策として、石油依存から脱却する手段の1つとして原子力を含むクリーンエネルギーの促進を掲げている。2016年4月19日現在、米国では99基の原子力発電プラントが営業運転しており、世界最大の原発大国である。(図1)1990年以降、米国の全電力消費量の約2割を原子力発電が賄っている。

 99基のうち81基のプラントについて、当初の運転期間の40年を越えて60年まで運転することが、原子力の安全規制を監督する米国原子力規制委員会(NRC:Nuclear Regulatory Commission)により認められている。2011年3月の福島事故以降も20基が認可されている。近年、2回目の20年の運転期間の延長、「80年運転」ライセンスについての議論も行われている。しかし、現在のところ80年の運転ライセンスにしようという業界全体としての流れにはなっていない。

(図1)2012年の世界の原子力発電による発電量  出典: U.S. Energy Information Administration

(図1)2012年の世界の原子力発電による発電量  出典: U.S. Energy Information Administration

 また、原子力発電の設備利用率注1)については、1990年頃までは60%程度だったが、その後徐々に上昇し、2000年以降は年平均90%と高い設備利用率を維持している。高い設備利用率の背景として、運転メンテナンスの拡大による定期点検期間の短縮(2014年は平均37日)と運転サイクルの延長(18〜24ヶ月)などが挙げられる。

競争市場では早期運転停止の傾向強まる

 米国では、2013年7月時点で、13州とワシントンD.C.で電力小売の全面自由化が実施されている。この他、オレゴン、ネバダ、モンタナ、バージニア、カリフォルニアの5州では大口需要家に限定した部分自由化を実施している。運転中のプラント99基のうち、競争市場で運転しているプラントは45基だが、最近の市場動向として、主に競争市場において経済性の低下を理由に早期運転終了した、または早期運転終了予定の発電所が4地点4基ある。(図2)4地点4基とも60年運転のライセンス申請の許可を得ていたのだが、競争市場における天然ガス価格の低下による原子力の卸電力価格の低迷を理由に、早期運転終了を決定している。

(図2)競争市場において、経済性の低下を理由に早期運転終了、および運転終了予定の原子力発電所:4地点4基

(図2)競争市場において、経済性の低下を理由に 早期運転終了、および運転終了予定の原子力発電所:4地点4基

 2009年以降、米国ではシェールガス革命による天然ガス価格の低下により、天然ガスは年平均2.5〜4.5ドル/MMBtu程度で推移しており、ガス火力の発電コストは、4〜5.5セント/kWh程度になっている。全米平均の原子力の発電コストは約4セント/kWhだが、スケールメリット注2)を活かすことができない単独立地(1つの立地地点で1つの原子炉を運転)の場合は、2割程度コストが上昇してしまう。そのため、キウオーニ発電所やバーモントヤンキー発電所のような小容量・単独立地の原子力発電所が、天然ガス火力発電所に比べて、コスト競争力が低下している。

 近年の原子力の発電コストは、60年運転のための改修費や9.11テロ事件後、および福島事故後の安全対策費などにより資本費は増加傾向にある。競争市場の原子力発電所では大規模な設備改修の実施が困難になっており、主要機器の修理や追加設備コストを理由に早期運転終了する発電所が、この他に3地点4基ある。(フロリダ州のクリスタルリバー発電所、カリフォルニア州のサンオノフレ発電所2,3号機、ニュージャージー州のオイスタクリーク発電所)

 経済協力開発機構原子力機関(NEA)が2000年にまとめた報告書では、競争市場が原子力発電に与える影響について、「競争市場では、長期的な電力コストの予測が困難になるため、長期のリードタイムと投資コストの大きな原子力発電は、他電源と比較して大きな投資リスクを抱える可能性がある」と指摘している。実際に米国の競争市場においては、原子力発電のコスト、経済合理性の理由から早期運転停止、廃炉へ向かう傾向になっている。

注1)
設備利用率とは:定格出力でフル操業した場合の発電量を100%として実際に発電した量の割合
注2)
スケールメリットとは:規模を大きくすることにより得られる効果や利益

新設計画で2020年に発電量は微増の予測

 競争市場における原子力発電所の早期運転停止の傾向がある一方、米国エネルギー情報局(EIA)によると、2016年から2020年までに5618MWの原子力発電所が新設予定で、2020年までの全体の発電量は微増という予測となっている。(図3)2019年までに2000MG超の原子力発電所が閉鎖される見通しだが、それを上回る新設・増設計画がある。

(図3)出典: U.S. Energy Information Administration, Monthly Energy Review

(図3)出典: U.S. Energy Information Administration, Monthly Energy Review

 新規に建設される予定のプラントは、規制州である3地点5基である。(図4)その内、ワッツバー発電所2号機は、1996年に同じワッツバー原子力発電所の1号機が認可されて以来、米国では20年ぶりに新しい原子力発電所が営業運転を行うことになる。2016年にワッツバー2号機が営業運転を開始すると、米国内のプラントは合計100基になる。

 2005年8月に施行された「エネルギー政策法」において、「先進的技術プロジェクト」に対して連邦政府は最大80%の債務保証を与えている。ボーグル発電所は2014年2月、「先進的原子力発電プラント(AP1000注3)」2基の増設について、米エネルギー省(DOE)との間で約65億ドルの債務保証の発行に合意している。このほかに、現在、6地点10基の発電所が、建設運転一括許認可(COL:Conditional Operating License)注4)を米国原子力規制委員会(NRC)に申請しており、審査の段階にある。

(図4)新規建設の原子力発電所(建設工事に着手):3地点5基

(図4)新規建設の原子力発電所(建設工事に着手):3地点5基

 日本の視点を移すと、これまで大手電力会社は長期的な投資回収を保証する地域独占・総括原価料金規制の下、原子力事業を行ってきた。しかし、今年4月1日より電力小売全面自由化がスタートし、2020年を目途に発送電分離注5)が行われ、規制料金の撤廃が行われる見通しである。「シェールガス革命による天然ガス価格の低下」や「一次エネルギー自給率(米国約85%、日本約6%)の差異」など、米国と日本とはエネルギー事情は大きく異なり単純な比較はできないが、米国での競争市場と規制市場における古いプラントの方向性が分かれている状況は、競争環境が進む日本にとって、古いプラントの在り方について議論する上で参考になると思われる。

注3)
AP1000とは:ウェスチングハウス製の最新型加圧水型軽水炉
注4)
一括許認可とは:基本的に従来の建設許可と同様だが、運転が条件付で一括して許可される。許認可手続きにおける複雑さと不確実性の低減を目的にしている。
注5)
発送電分離とは:大手電力会社の発電部門と送配電部門の事業を分離すること

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