第9話「IAEA福島報告書を読む」
加納 雄大
在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使
ウィーンにおける2016年の幕開け
年が明けて間もない、1月6日の北朝鮮の4度目の核実験は、原子力の影の側面を改めて想起させるものであった。ウィーンにおいても、当地に本拠を置く包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)が、同日直ちに北朝鮮での特異な地震波の動きを各国代表部に通報、技術ブリーフィングを行った。翌7日にはCTBTO準備委員会が開催され、日本はじめ各国が北朝鮮の核実験を厳しく非難、日本の提案を受け、同準備委員会としての報告書を採択した。包括的核実験禁止条約(CTBT)は1996年の署名開放から20年経った今も未発効であり、CTBTOの地位も暫定的なものに留まるが、実態として世界の核実験の監視役としての役割を担ってきている。今回の北朝鮮の核実験はこのCTBTOの役割の重要性を再認識させることとなった。(なお、その後も北朝鮮は2月7日に弾道ミサイルを発射するなどの挑発行為を続け、これを受けて3月2日、北朝鮮に対する制裁を大幅に追加・強化する内容の国連安保理決議第2270号が全会一致で採択された。)
一方、原子力の影の側面を克服する前向きな動きもあった。イランの核問題における、包括的共同作業計画(JCPOA)の「履行の日(Implementation Day)」の到来(1月16日)である。昨年7月にイラン核問題の関連で作成された2つの合意(第4話参照)のうち、過去の核兵器開発疑惑の解明のための「ロードマップ合意」については、既に昨年12月に国際原子力機関(IAEA)が最終評価報告を出し、IAEA特別理事会が過去の問題に一つの区切りをつける決議を採択している(第8話参照)。
もう一つの合意であるJCPOAについては、昨年来よりイラン側が履行のための準備措置を行い、これをIAEAが監視・検証してきた。イラン側が必要な措置をとったことを確認するIAEA報告が1月16日にIAEA理事会及び国連安全保障理事会に提出され、これを受けて、米欧をはじめとする各国がイランに対する制裁を解除した(日本も1月22日に解除)。その後、天野之弥事務局長がイランを訪問、ローハニ大統領はじめイラン側要人と会談し、1月19日には、IAEA特別理事会が開催され、同事務局長より一連の動きが加盟国に報告された。
1月19日のIAEA特別理事会の開始前の様子(写真出典:IAEA)
イランは、追加議定書の暫定適用を含む、IAEAによる強化された保障措置の受入にコミットしている。今後は、新たな体制の下、イランによるJCPOAの履行状況をIAEAが監視・検証し、その結果が定期的に報告されることになる。「履行の日」到来後の初めてのIAEAによる定期報告は、3月7~9日に開催されたIAEA定例理事会に提出された。
総合規制評価サービス(IRRS)ミッションの日本訪問
北朝鮮とイランを巡る動きの陰に隠れた感はあるものの、日本の原子力政策との関係で重要な動きと言えるのが、1月11日から22日まで日本に派遣されたIAEAによる総合規制評価サービス(IRRS: Integrated Regulatory Review Service)ミッションである。IRRSミッションは、各国の原子力関連規制枠組みを世界各国の専門家が評価するものであり、日本が前回受け入れたのは2007年、2011年の福島第一原子力発電所の事故後に原子力関連規制が抜本的に見直されてからは今回が初めてである。今回のミッションにはIAEAで原子力安全・核セキュリティを担当するホアン・カルロス・レンティホ事務次長以下の事務局スタッフのほか、17ヶ国から19名の専門家が参加した。レンティホ事務次長はスペインの原子力規制当局出身。昨年9月までIAEA原子力エネルギー局の部長として、福島第一原発の廃炉作業をIAEAとして支援するミッションを率いて何度も訪日しており、日本との縁も深い。
レンティホ原子力安全・核セキュリティ担当事務次長(左)と訪日したIRRSミッションの模様(右)(写真出典:IAEA)
IRRSミッションの受け入れは、福島第一原発事故後にIAEAが作成し、昨2015年まで実施された「原子力安全行動計画」でも各国に推奨されている。事故の当事国である日本にとって、IRRSミッションを受入れ、新たな原子力関連規制について国際的な評価を受けることは、規制の信頼性を確保する上で極めて重要なステップであった。
1月22日に公表されたプレスリリースにおいて、レンティホ事務次長は、「福島第一原発事故の後、日本は目覚ましい早さと実効性をもって規制改革を成し遂げた。今日、日本の規制制度は、規制機関により明確な責任とより大きな権限を与えている。」「原子力規制委員会は、この大きな進展を将来にわたって続けて行く上で、正しい道をたどっている。原子力規制委員会は、対象となる全ての施設及び活動に対し、この新しい規制制度が着実に適用されるよう、取組を続けなければならない。」と述べている。
また、同プレスリリースにおいてIRRSチームは、日本の良好事例(good practices)として、独立・透明な規制機関の設置にかかる法的枠組みが迅速に構築されたことや、原子力規制委員会が福島第一原発事故の教訓を新たな規制枠組みに迅速かつ実効的に反映させたことを挙げている。一方、今後、更なる改善が必要な点として、原子力安全及び放射線安全分野における人材育成の充実や、検査の実効性向上のための関連法令の改正、安全文化の推進についても指摘している。
IRRSミッションの最終報告書は約3ヶ月後に日本政府に提供され、一般にも公表される予定である。