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インドの約束草案

排出削減の数値目標は「なりゆき」、先進国からの「支援が条件」


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


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パリ協定は全ての国が参加するという意味で、”枠組みとしては”公平である。しかし、これは全ての国が野心的な排出削減をすることを必ずしも意味しない。排出削減の数値目標はなりゆきに過ぎなかったり、先進国からの援助を条件としていたり、適応を重視していたりする。

排出削減の数値目標は「なりゆき」

 インドの約束草案では国全体の温室効果ガス排出量原単位を2030年までに2005年比で33%~35%削減するという排出削減の数値目標を掲げている。
 だがこれはなりゆきに過ぎないという意見が多い。代表的なものはCenter for Policy Research のNavroz Dubashらの分析(図1)である。7つのモデル計算結果を検討した結果として、インドの数値目標は「なりゆきシナリオ(reference scenario range)」の範囲の中間付近に位置しており、「政策シナリオ(policy scenario range)」の範囲からは外れている、としている。日本のRITEの試算(p7)でもインドの排出削減目標はなりゆきで達成できるとしている(RITEの試算ではインドの限界費用がゼロであり、これはなりゆきで達成出来ることを意味している)。

約束草案では適応も重視されている

 またインドの約束草案では、排出削減ばかりではなく、温暖化による被害を未然に防いだり、あるいは被害に対処したりするための「適応(adaptation)」にも多くの紙幅が割かれている。排出削減には11ページであるのに対して、適応にも8ページを割いている。
 温暖化への適応とは、具体的には気象災害への脆弱性を減ずることであり、その具体的な活動は、農業振興・水資源管理・防災などの既存の政策課題と重なる。このため、どこまでが温暖化と関係の無い政策であり、どこからが温暖化の影響への適応なのか、見分けをつけることは本質的に難しい。約束草案では、この点ははっきりしないまま、温暖化への適応ということで、多様な政策が列挙されている。

費用は250兆円、先進国の支援が条件

 インドは、排出削減も適応も、何れも先進国からの支援が、その実施に当たって条件となる旨を繰り返し書いている。約束草案は8箇条からなるが(p29)、その7条では「排出削減・適応の活動を実施するために、リソースの必要性と不足の観点に照らし、国内資金及び先進国から新規かつ追加的資金(new & additional funds from developed countries)を動員する」としている注1)(邦訳及び傍線は筆者による。以下同様)。また4条では「緑の気候基金を含む技術移転および低コストの資金提供の支援を得て(with the help of)非化石エネルギーによる発電設備容量を2030年までに40%にする」としている注2)。更に「INDCの実施の成功は、先進国の追加的な支援を含む野心的な地球規模合意を条件とする (contingent upon)(p30)」としている注3)
 そして、排出削減および適応のために必要な資金の予備的な見積もりとして、2030年までに2.5兆ドル(2014~15年価格)という数字を示している(p31)。これは1ドル100円で換算すれば250兆円、規模感を掴むために15年間で単純に割ると毎年17兆円という莫大な金額になる。なおインドは、この内でどの程度を国際的な支援に割り合てるかは、今後の検討課題としている。

注1)
原文は”7. To mobilize domestic and new & additional funds from developed countries to implement the above mitigation and adaptation actions in view of the resource required and the resource gap”.(太字は原文のママ)。
注2)
原文は”To achieve about 40 percent cumulative electric power installed capacity from non-fossil fuel based energy sources by 2030 with the help of transfer of technology and low cost international finance including from Green Climate Fund(GCF)”.(傍線は筆者)。
注3)
より正確には「先進国によって提供される追加的な手段、及び、気候変動枠組み条約3.1条及び4.7条に基づく技術移転およびキャパシティビルディングを含む、野心的な地球規模合意を条件とする」。原文は”The successful implementation of INDC is contingent upon an ambitious global agreement including additional means of implementation to be provided by developed country parties, technology transfer and capacity building following Article 3.1 and 4.7 of the Convention.

※本連載・報文は著者個人の文責に基づくものであり、いかなる所属・関連機関に責が及ぶものではありません。

バングラデシュの約束草案

 インドの隣国であるバングラデシュの約束草案についても簡単に紹介する。
 排出削減については、バングラデシュは2段階の数値目標を掲げている。第1に、2030年になりゆき(BAU)比で5%の温室効果ガス削減をするとしている。第2に、先進国からの支援(資金、投資、技術開発と移転、及びキャパシティビルディング)を条件に、2030年になりゆき(BAU)比で20%の温室効果ガス排出削減をする(conditional emission reduction)としている(図2)。だがいずれも、総量では大幅な増加となっている。

図2 バングラデシュの排出削減目標(約束草案p4)

図2 バングラデシュの排出削減目標(約束草案p4)

 またインドと同様に、適応についても重視している。適応のための投資コストは2030年までに400億ドルと見積もっている。

日本人が知っておくべきこと

 インド、バングラデシュはともに所得水準は低く、経済開発が国としての最優先課題である。従って、インドが約束草案の冒頭で蕩々と3ページに亘って述べているように、いま野心的な排出削減を約束しないからといって、それは責められるべきものではない、という考え方にも正当性がある。また両国とも、防災水準も低いため、気象災害に対しても脆弱なので、排出削減ではなく、適応に関心が高くなることも理解できる。
 両国とも、それぞれの国の立場を踏まえて、適切と考える事を約束草案の内容としている。野心的な数値目標を掲げていないからといって、両国を批判することは建設的ではなかろう。
 日本が知っておくべき事は、パリ協定で全ての国が参加する枠組みが出来たといっても、その内実としては、全ての国が野心的な排出削減目標を掲げているわけではなく、かつ、支援を条件としている国もある、ということである。このことは、企業の国際的な競争力という観点からは、イコールフッティングは保障されていない、ということを意味する。日本がこれから国内の計画や法を整備するにあたっては、この現実を踏まえた上で対処することが肝要である。

※本連載・報文は著者個人の文責に基づくものであり、いかなる所属・関連機関に責が及ぶものではありません。

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