パリCOP21を目前にして、気候変動問題についての取り組みを考える

書評:有馬 純 著「地球温暖化交渉の真実 - 国益をかけた経済戦争」


国際環境経済研究所主席研究員、(一財)日本原子力文化財団 理事長

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<2009年ラクイラ・サミット宣言に書き込まれた2℃>

 その代表事例を2009年COP15コペンハーゲン会議の直前のイタリア、ラクイラ・サミットに見る。このサミットは、前年の2008年に発生したリーマン・ショックによる世界経済大不況下で開かれたので、世界経済問題が第一の議題であった。しかし、年末に、デンマーク・コペンハーゲンでCOP15開催を控えていることもあって、CCは、第二の議題となった。宣言の一部を引用してみよう。
 「本年12月のCOP15に向けて、すべての主要排出国が責任ある形で次期枠組みに参加することを確保することの重要性を再確認。工業化以前の水準からの世界全体の平均気温が2度を越えないようにすべきとする広範な科学的見地を認識。」となっている(外務省Website)。ここで見るべきは、太線部分の2℃があたかも科学的に正しい主張のように書き込まれていることと、2℃という言葉の後に続くなんとも慎重な表現である。そして、この2℃は、コペンハーゲンでのCOP15の合意にも書き込まれた。(我々は、世界全体の気温の上昇が摂氏2度より下にとどまるべきであるとの科学的見解を認識し、…」)さらに、その後、次第に、繰り返し強調され、今では、あたかも金科玉条のようにCC対応の大前提となっている。

<今年のサミット宣言では、“世界全体の目標”と記載>

 ちなみに、今年6月にドイツのエルマウで開催されたG7サミットの首脳宣言に書かれた表現を見ると「全ての国が、世界の平均気温の上昇を摂氏2度未満に抑えるという世界全体の目標に沿って…」とある。いつの間にか、2℃は、世界全体の目標になっている。2℃は、年末のパリ・COP21でも当然の前提とされよう。“2℃”は、IPCC報告の中に詳細に書き込まれているとはいえ、シナリオの一つだと理解している評者のような者にとっては、あっという間の浸透具合である。

<COP21議長国フランスへの期待も>

 本書の構成は、第一章から第九章「COP16と第二約束期間との決別」までで、著者の経験を中心に、具体的国際交渉場面が生き生きと紹介される。第十章「温暖化交渉はなぜ難航するのか」以降は、CC交渉の流れの中での幾つかの課題の紹介と著者の見解が述べられる。第十一章『「環境先進国」EUの苦悩』では、EUの強気の諸目標、EUETSの低迷など欧州が抱える問題、ポーランドを始めとするEU内南北問題などが語られる。ウクライナ紛争などの背景もあるので、生々しい。第十二章から第十四章までで、COP21パリ会議を前にして、課題整理と提案をする。紹介される“資金”、“技術”は、今後の最大課題である。著者は、COP21会議の議長国フランスのプラグマティズムに期待もする。

<エネルギー関係者必読書・COP参加11回の経験者でなくては書けない国際交渉の“真実”>

 COPに11回参加した著者は、CCを巡る国際枠組み議論の最前線で健闘してきた。この本はその経験を踏まえて書かれている。それだけに、地球温暖化問題に関心のある人たち、国連という場での外交交渉に関心のある人たち、さらに地球温暖化問題がエネルギーというコインのもう一面でもあるわけで、エネルギー問題に関心のある人たちには、是非読んでもらいたい必読の一冊である。
 まず、だいぶ前の出来事だが、CC問題の象徴的一面を良く現す事例に注目したい。

<ゴア副大統領が触れなかった“不都合な真実”>

 著書名の中にある“真実”がまず連想させるのは、世界中で出版され評判になったアル・ゴア元米国副大統領の著書「不都合な真実」である。ゴア元副大統領は、この著書とともに、ドキュメンタリー映画を製作し、大ヒットさせている。その結果、一部の新聞に「世界初のカーボン億万長者」などと紹介されるほどに儲けたようだ。2007年には、パチャウリ率いるIPCCとともに、ノーベル平和賞の受賞もしている。
 副大統領は、1997年京都で開催されていたCOP3の最終場面で来日。日本政府に、排出削減目標の設定について、巧みに圧力をかけたと伝えられている。日本は、そうした圧力もあって、温暖化ガス(GHG)排出量を1990年比6%削減するという目標値を決めたのだった。(EU:8%、米国:7%)。その場面を、著者は,こう書いている。「三極間(欧米日)の交渉は終盤までもつれ込んだ。最終局面で交渉に乗り込んできた米国のゴア副大統領は、日本に対して数字の上乗せを強く迫ったと言われている。」
 実は、この時、副大統領は、自らに不利になる情報には触れていない。1997 年 7 月25日、アメリカ合衆国上院は知る人ぞ知る「バード=ヘーゲル決議」をしているのだ。それも、 95 対 0 の満場一致で。内容は、“途上国が実質的に地球温暖化ガス排出量削減計画に参加しない協定には反対する”というものだ。つまり、クリントン大統領は京都議定書に署名するものの、中国がGHG排出削減について同様の参加をしない限り、米国がこれを批准することなどありえなかったといえるのだ。そんなことなどどこ吹く風の顔をして、ゴア副大統領は、米国7%削減の目標値を飲み、日本にも米欧に次ぐ厳しい目標設定を要求したのだ。米国内での状況など知らん顔をして日本に、削減目標数値の上乗せを迫った。副大統領は“不都合な真実”を都合よく忘れていたのだろう。

<米国:ブッシュ政権の京都議定書離脱>

 この状況は、結果的に、米国の京都議定書離脱という結果を招く。2001年、米国ブッシュ政権は、京都議定書から離脱した。

<ハイライト:メキシコ・カンクンでの著者発言「日本は議定書第二約束期間には署名しない」>

 次に注目したいのは、2010年メキシコのカンクンで開催されたCOP16 での著者の発言場面だ。本書のハイライトである。
 会議初日、有馬は挙手をして、周到に準備したメモにしたがって、発言を始める。京都議定書の第二約束期間については、日本は議定書に署名をしない。つまり、京都議定書のメンバーは辞めるということだ。当時、日本でもテレビで何回となく映し出された場面だから、ご記憶の方も少なくなかろう。この発言は、EUを初めとして、京都議定書加盟国関係者にショックを与えた。様々な働きかけもあったようで、その詳細が紹介される。しかし、それにもかかわらず、日本は大臣にいたるまで関係者一枚岩を通した。議定書の第二約束期間では日本はメンバーではない。議定書が誕生してから、13年目のことであった。

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