「水素社会」に対する疑問について考える


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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 また、エネルギーは電気としてだけでなく、特に産業分野などでは燃料としても消費されていますから、燃焼時にCO2を排出しない水素エネルギーは環境負荷のない燃料としても重要です。日本では再エネ電力をそのまま使うことが、直面しているエネルギー・環境制約の克服のための現実的な解にはならないのです。

 3番目の指摘にある、一次エネルギー源から消費に至るエネルギーパス全体のエネルギー効率はもちろん重要です。しかし、私たちの経済社会にとってもっとも重要なことは、エネルギー資源が経済的に利用可能なものかどうかです。幸い再エネは、先にも見たように実質的に無尽蔵のエネルギーで資源が枯渇する懸念もありません。このため、エネルギーパス全体のエネルギー効率が劣ったとしても、海外の資源の豊富な地域から安価な再エネを水素エネルギーの形で運ぶことによって、経済的に競争力あるエネルギーとして(別の言い方をすれば、コストの安いエネルギーとして)再エネからの水素エネルギーを導入できる可能性が大きいのであれば、それは日本にとって重要なエネルギーとなります。実際、海外の再エネから作られる水素エネルギーは、そういったエネルギーになる可能性が十分にあると評価されています(同第6回を参照)。しかも水素エネルギーは、日本の直面している環境制約の克服の切り札ともなり得ますから、その開発、利用の拡大を図ることはきわめて重要です。

 4番目の指摘は(先の連載の第4回第9回にも記したとおり)確かにそのとおりです。水素エネルギーを日本に輸送する手段として、水素の形態で輸送することが必ずしも優れているとは言えません。水素という物質は、輸送、貯蔵等の取扱いが容易ではない物質だからです。そのために、水素エネルギーをより輸送や貯蔵のしやすい別の化学エネルギーに変えて、海外から運んでくるエネルギーキャリアというものが注目されているのです注5)(図2を参照)。エネルギーキャリアの候補物質として考えられている物質(メチルシクロヘキサン(MCH)、アンモニア等)にもそれぞれ一長一短ありますが、エネルギーキャリアを活用することによって、少なくともMCH、アンモニアに関しては、4番目の指摘であげられている、水素の持つ「エネルギー密度が小さい」、「圧縮や液化に余計なエネルギーを消費する」、そして「特別な生産・流通のインフラを必要とする」という問題は回避することができます。

【図2】

【図2】 エネルギーキャリア

 以上のように、水素エネルギーや「水素社会」に関して提起されている疑問は、水素エネルギーの活用の仕方や「水素社会」についての理解が異なるために生まれているものと考えられます。

 ただ一方で、水素エネルギーや「水素社会」に関する言葉の使い方にも、こうした理解の差を生んでいる原因があると感じないでもありません。これまで述べてきたように、私のように水素エネルギーの利用拡大や「水素社会」の構築が重要と考えている者は、海外の再エネの大量導入手段として水素エネルギーの利用拡大が重要と考えています。正確には再エネの利用拡大と言うべきところを、やや曖昧に水素エネルギーの利用拡大と言う言葉で表現していることが、特に1と2の指摘を招いている一因となっているのかもしれません。

 この関連で少し横道に逸れることを書くと、海外の再エネの利用拡大の手段として水素エネルギーの利用拡大が重要という考え方を明確にするために、この場合には水素エネルギーはいわゆる二次エネルギーではなく、擬一次エネルギーというような扱いで考えた方がよいのかもしれません。(ここで「擬一次エネルギー」という用語は、純粋の一次エネルギーではないが、エネルギーバランスなどを考える際には、再エネと同様に一次エネルギーと見做して扱うことがより適当なエネルギーという意味で用いています。)

 水素エネルギーの利用・拡大の意義と重要性についての理解が関係者の間で共有され、「水素社会」の構築が進んでいくことを期待します。私は、その実現が日本が直面しているエネルギー・環境制約を克服する、数少ない実際的方途と考えているからです。

注5)
「エネルギーキャリア」についての説明は、連載第1回を参照。

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