甲状腺癌の難しさ(その2)
越智 小枝
相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師
(前回は、「甲状腺癌の難しさ(その1)」をご覧ください)
甲状腺スクリーニング結果とその問題
福島県では2011年から14年まで甲状腺癌の「先行調査」、2014年4月からは「本格調査」が始まりました。前者はベースラインの癌の頻度を調べるもので、後者は原発事故の影響を見るもの、とされています。現在2013年までの調査結果が出ていますが、2次検査になった人の割合が0.5%、0.7%、0.9%と微増しています。2次検査になった人の中でA1またはA2判定(異常なし、あるいは小さな嚢胞や結節)という最終判定になった人の割合は22.3%、27.4%、30.0%ですので、0.36%、0.47%、0.59%の人がB判定となったという事になります。一方、このうち細胞診を受けた方の割合は64%、43%、29%と減っており、最終的に細胞診を行った(つまり癌が強く疑われた)人数は0.14%、0.21%、0.17%とほぼ横ばいとなっています。
この数値の解釈は、人によってまちまちです。
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- 年次ごとにB判定の割合が増加しているのだからやはり原発事故の影響だろう
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- 甲状腺エコーのスクリーニングは初めての試みなので、技師の腕が上がったのでは、その証拠にA2判定である20㎜以下の嚢胞の検出率も36.2%、44.7%、55.8%と上がっているではないか
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- 統計学的有意差がないからこれは変動の範囲内だ
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- チェルノブイリに比べ、腫瘍が検出されている子供は比較的高齢だから放射線の影響ではないだろう
という意見に対し、
という反対意見があります。しかしどれも完全に科学的に断言はできません。
というのも、統計学的有意差の出ないという事と、「真に差がない」ということはイコールではありません。つまり福島では甲状腺癌が増えている、という事も、有意には増えていない、という事も同じデータから解釈可能だという事です。「最悪のシナリオ」を想定する原理に基づけば、「甲状腺癌は増えているかもしれない」という疑念を抱くことを常に忘れず調査を続けることは大切だと思います。
このスクリーニングはあくまで「先行調査」であり、原発事故の影響による甲状腺癌はこれから出てくるのだ、だからこれはベースラインデータに過ぎないとされています。しかし先述のように、本当に甲状腺癌が3年間で大きくならないのか、という事は、誰にもわかりません。つまりこのデータを持って原発事故が甲状腺に影響を与えてない、と言うことはできないのです。疑念を抱く人々の間では、
「先行調査という名目で先に甲状腺癌を見つけておくことで、本格調査の時に『ほら癌は増えていない』と言うつもりではないか」
という声もあるのです。いたずらに統計学的有意差を持ってきて安心を語ることにより、心配するお母さん方との溝を深めることだけは避けなくてはいけません。
初期被ばくと慢性被ばくを区別した議論を
このような甲状腺癌の難しさを理解する事は、現在の福島の線量や、モデリングによる初期被ばくの推定値を見て安易に結論をつけないために大変重要です。以下に「分からない」点を再度まとめます。
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- 初期被ばく量の推定値はあるが、個人の甲状腺被ばく量(甲状腺の飽和度の状況)は分からない。
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- 外れ値の被ばく量を受けた個人は同定できない
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- 甲状腺癌が本当に数年後にしか増加しないのかどうかは証拠がない
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- 現在子供の甲状腺癌が増えているのかどうかにも、3年分だけでは区別がつかない(増えているかもしれない)
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- 早期に甲状腺癌を見つけるメリット(早期に見つけたら予後がよいのか)に関しては分からない
疑念をもって測り続けること。そして、スクリーニングを受けることによる過剰医療の可能性や精神的ストレスというデメリットも考慮すること。不明な部分の多い甲状腺癌には、そのような対応が必要だと思います。