原子力推進策?差額調整契約制度の実相
英国発の原子力CfD制度
澤 昭裕
国際環境経済研究所前所長
市場価格をもとに算定される市場参照価格(レファレンス・プライス)と、廃炉や使用済燃料の処分費用も含めた原子力発電事業のコスト回収のための基準価格(ストライク・プライス)との差額が発生した際、それが負の場合にはその差額を全需要家から回収して原子力事業者に対して補填する。逆に、それが正の場合には、原子力事業者がその差額を支払うという仕組みだ。
8月21日に開催された経済産業省の総合資源エネルギー調査会原子力小委員会で、英国の担当者がこの仕組みの説明を行ったことに対して、「原発のコストが高いことの証明だ」とか「原子力に対する不当な優遇策だ」といった批判がなされた。しかし、こうした批判はこの仕組みの意義や効果についての理解不足によるものが多い。
CfDの狙いは
予見可能性の向上
この制度の狙いは、他の電源に比べて超長期のコスト回収が必要になる原子力事業に関して、投資家に事業採算の予見可能性を与えることにある。
その第1の方策は、収益平準化だ。つまり、設定された基準価格との差額を補填・吸収することで収益を長期に亘って一定に保つ。それによって、電力自由化で卸電力市場価格の変動に晒されることによる原子力事業リスクをカバーすることができる。
基準価格がいくらに設定されるかによって、収益の水準が決まることになるが、英国が現在事業者と交渉している実際の契約では、再生可能エネルギーコストよりも低い基準価格となっている(この制度導入のそもそもの動機)。また、原発の60年間運転を想定して、その約6割に当たる期間について基準価格を設定している。
日本で導入された場合、どのような価格設定になるかを推測することは難しい。しかし、今後固定価格買取制度の買取価格が大幅に引き下げられない限り、再生可能エネルギーに比べて高いということはないだろう。一方、石炭火力や安価なシェールガス輸入開始後の天然ガス火力とはいい競争になることは大いに予想される。
この差額調整契約制度では、政府が設立するLLC(有限責任会社)が原子力事業者との交渉相手となるが、この交渉は民事契約であり、シビアなコスト計算がなされることから、「原子力のコストが高い」かどうかという論争は、その契約交渉の結果を見れば決着するだろう(ただし、合意基準価格には事業の利益やリスクプレミアムが含まれているため、発電コストよりは高めに決まることに留意)。
欧州ではここ最近、再生可能エネルギーの固定価格買取制度に対する批判が強まっており、その変更が進められている。国民負担の増大がその原因だが、制度設計的にも問題が多いことが背景にある。
設定された価格はどの再生可能エネルギー事業者にも適用され、再生可能エネルギー事業者同士には価格競争は発生しない仕組みであり、実質的には政府の補助金だと見られている。さらに、送配電事業者は再生可能エネルギー事業者が生産する電気は優先的かつ義務的に買い取らねばならず、再生可能エネルギー事業者は販売努力をする必要がない。こうした一方的な事業者支援の仕組みによって、需要家にすべてのしわ寄せがいく制度設計が大きく問題視され始めているのだ。
一方、差額調整契約制度の下では、政府のLLCはどの事業者とも交渉できるため、事業者にとってみれば一種の競争入札に参加していることになる。そのため、基準価格の設定が不当に高く設定される(事業者が儲けすぎる)危険が小さい。また、差額調整は保証するものの、電気の引取までは保証しない。電気の生産者である原子力事業者が販売努力を行う必要があるのだ。つまり、電気が1kWhも売れなければ、差額調整契約を結んでいても1円も収入はないということである。
そのうえ、基準価格との差を見る対象の市場参照価格は実販売価格ではなく、卸取引市場の先渡し価格を平均して算出されているため、原発の稼働率を高めて効率的に電力供給・販売しようとするインセンティブが事業者に働く仕組みとなっているのだ。
このように、固定価格買取制度に比べ、相当競争要素を取り込んで設計されているのがこの差額調整契約制度なのである。英国政府は、副作用が強い固定価格買取制度から離れて、今後はこの差額調整契約制度を軸に据えるとしており、将来は原子力のみならず再生可能エネルギーもこの制度に移行させ、基準価格はオークションで決めるという形に持っていこうとしているようだ。すなわち、低炭素電源であれば、電源間に人為的なプライオリティやハンデキャップをつけず、技術中立的な支援方法とすることによって、再生可能エネルギーと原子力との間の競争を促進するという考え方だ。
政策変更リスクに対し
制度的にカバー
予見可能性向上策の第2が、政策変更によるリスクの遮断だ。英国政府は、福島第一原発事故によってドイツが脱原発政策に移行した政治的決定が民間投資家に与えた悪影響を見て、民間投資家から原子力への投資を引き出すためには、政策変更リスクを制度的にカバーしておく必要を強く感じたようだ。差額調整契約では、単なる収益平準化のための措置だけではなく、将来政策や法律が変更されて原発が廃止されたり廃炉時期が計画より早められたりした場合、原子力への差別的な規制変更、極端な安全規制変更などが生じた場合などには、その損失について補償することが定められているのだ。
さらにその補強のためもあって、政府が直接事業者と契約交渉を行ったり契約当事者となったりせず、先述のように政府が設立するLLCを間にかませて、契約も民事契約とすることによって、政権交代や政府の大幅な政策変更・組織改編などのインパクトが及ぶことを回避する設計になっている。