原子力推進策?差額調整契約制度の実相

英国発の原子力CfD制度


国際環境経済研究所前所長

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 安全規制について付言しておけば、英国では司法によって創出されたALARP原則(As Low As Reasonably Practicable、合理的に実行可能な限りリスクを低減させる)の考え方が浸透しており、著しく不均衡に負担を強いるような規制は行われないことになっている。こうした共通理解の下で、安全規制当局と事業者との間には信頼関係が構築されており、規制事項もそれほど詳細には決められてはいないが、むしろそれがゆえに事業者も自主的な安全対策への取組みに積極的になっている。事業者にとって、安全規制機関の規制活動の予見可能性や合理性は、事業環境安定化や事業リスク低減のための重要な要素なのだ。

 最後に、いわゆるバックエンド費用(廃炉や使用済燃料の処分等にかかる費用)はすべて考慮に入れたうえでの基準価格設定になっていることも指摘しておきたい。こうした支援制度を見ると、常にバックエンド費用は入っているのかと聞く人がいるからだ。廃炉費用は、その額を政府と原子力廃止措置機関(Nuclear Decommissioning Authority)とで決定し、廃炉積立計画に基づいて、運転開始後40年間で積立がなされる。上述したように、規制変更によって40年間の積立満了以前に廃炉にさせられた場合には、積立不足額は政府が補填することになっている。また、使用済燃料等については、政府が決定する処分費用から算出された廃棄物移転価格(新設原発の事業者に対して、使用済燃料等の所有権と処分責任を移転するための価格)に沿って、事業者が支払うことになる。

政治に翻弄される原子力
CfDは方法論

 このように、英国で案出された差額調整契約制度は、原子力事業のリスクや不確実性の大きさを様々な側面から分析したうえで、そのカバーをどのようにすればよいかを巧みに民事契約に落とし込んでいったものであり、よく練られた制度だと言ってよい。

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 日本の原子力事業は、3つの大きな不透明性に覆われている。第1に、政治的不透明性である。福島第一原発事故以降、原子力に対する信頼感は国民の間に戻ってきていないし、依然として再稼働への反対は強い。こうした世論を反映してか与党内にも慎重派は多いし、安倍政権としても政策全体の優先順位の上位にあるようには見えない。

 また、それよりも何よりも、民主党政権において脱原発の流れが強くなっていった時期の印象は今でも鮮明に残っている。要するに、原子力事業は政権交代や政治のアジェンダ次第で行く末がどうなってしまうか見通せない、ということだ。この差額調整契約制度は、こうした政治の変遷によってもたらされかねない原子力事業に対するリスクをカバーするもので、投資家に対する保険ともいうべきものである。

 第2の不透明性は、電力自由化や核燃料サイクル政策などエネルギー政策の行方だ。電力自由化が長期のコスト回収を必要とする投資を阻害することは、海外の例を見れば明らかであり、電源開発のための資金調達が難しくなっている。差額調整契約制度は、こうした政策変更による収益の将来見通しを平準化するとともに、政策や規制の大きな変更による費用の上ぶれがあってもそれが補償されることから、将来の収益水準についても予見可能性が高まる効果を持つ。

 第3の不透明性は安全規制や規制行政の不透明性だ。中でも、いわゆるバックフィット制度(新たな知見が得られると、それに基づいて現存の施設・設備等の変更・追加などの安全対策が求められる)の運用である。日本には、米国原子力規制委員会の活動原則の一つである効率性の考え方や、先述の英国のALARP原則は定着しておらず、将来の規制変更によってどの程度の追加投資が求められることになるのか、全く予想できない。この差額調整契約制度の下では、安全規制の基本的な考え方が定まり、規制活動にブレがなくなってくるまでの間、予期しなかった安全対策費用増加が生じてもその対応が可能となろう。

 しかし、いずれにせよ、差額調整契約制度は方法論でしかない。どの程度原子力を維持し、リプレースや新設をどうするのか。こうした本質的な課題に答えを出すのが先決である。この制度が審議会で議論の対象となったからといって、すわ原子力再推進かと過剰な反応をする必要はない。むしろ、原子力事業リスクが増大している現状を、クールに見つめて分析しようとする試みだと受けとめるべきだろう。