エネルギー効率の国際比較:「省エネ大国 日本」もはや幻想?中国より下位?
秋元 圭吾
公益財団法人 地球環境産業技術研究機構システム研究グループリーダー(IPCC WG3 第5次、第6次評価報告書代表執筆者)
毎日新聞は2014年8月8日朝刊にて『米NPO:「省エネ大国、日本」もはや幻想 中国より下位』との報道を行った。その中で、日本は石油危機の時期に省エネが進んだが、その後の努力は不十分であると言う。また、日本は中国にも抜かされたとする。
この毎日新聞の記事は、米国の非営利組織(nonprofit organization)であるACEEE(American Council for an Energy-Efficient Economy)が2014年7月に発表した「国際的なエネルギー効率得点表 2014」(以下、ACEEE報告)に基づいたものである。ACEEE報告は、世界の主要15ヶ国及びEUを評価対象地域とし、評価項目は、国別努力、建築(家庭・業務)、産業、運輸の4部門に分かれ、全部で31評価項目からなっている。そして、各部門に25点ずつ割り振り、4部門合計で100点満点となる。4部門合計の得点順のランキングで、中国は4位、日本は6位とされた。
省エネルギー機会を見出すためにもエネルギー効率の国際比較は大変重要であるものの、国によって状況が異なるため、実際にエネルギー効率の国際比較を行うのは簡単ではない(Phylipsen et al., 1997; Oda et al., 2012)。家庭部門であれば生活水準や生活スタイル、さらには建物の形態が異なる。産業部門であれば産業構造や貿易構造が異なる。産業部門で一例を挙げると、次の(1)と(2)では付加価値当たりのエネルギー消費量が大きく異なる。自動車自体の加工・製造段階よりも、自動車に利用される鉄鋼の生産段階において大きなエネルギー投入が必要であるため、たとえ、鉄鋼生産、自動車製造過程それぞれにおいて(1)の方が(2)よりもエネルギー効率が優れている場合でも、国の単位で見ると、(1)の方のエネルギー効率が悪い形で推計されてしまうからである。
(1) 鉄鋼(鋼材)を自国で生産し、自動車を製造販売する
(2) 鉄鋼(鋼材)を輸入し、自動車を製造販売する
ACEEE報告は、そのタイトルからして「エネルギー効率水準の国際比較を行い、ランキングにした」かのように読める。そこでこのACEEE報告について、その内容を確かめてみたい。
ACEEE「国際的なエネルギー効率得点表 2014」について
ACEEE報告に対する詳細かつ包括的なレビュー(批判的検証を含む)は、RITE (2014a)に掲載しているので、そちらをご覧頂きたい。本稿ではACEEE報告の問題点のうち、いくつかについてのみ指摘する。
ACEEE報告の注意すべきポイントは大きく2つある。1つ目のポイントは、ACEEE報告のタイトルは「国際的なエネルギー効率得点表 2014」となっているが、その内実は「政策の有無を点数付けた」項目が半数を占めることである。31項目中17が政策関連の項目であり、計47点が配分されている。これは政策の効果を評価している訳ではなく、政策の有無を得点化している点に注意が必要である。各国が多様な政策ポートフォリオを組んでいるため、特定の政策を評価項目として選択し、その政策の有無によって当該国のエネルギー効率を測ることは客観的な評価にはならない。
2つ目のポイントは、ACEEE報告の文面上、31項目中の10項目(計40点の配分)があたかも「エネルギー効率水準」を参照したかのような書きぶりであるが、いずれも産業構造、貿易構造、所得水準、国土地理条件などに大きく左右される数値であり、しかも、いくつかの項目については誤った数値などから構成されている点である。
いくつか具体例を挙げて、上記2つ目のポイントを明らかにする。建物部門では「Energy intensity in residential buildings」(最大4点)、「Energy intensity in commercial buildings」(最大4点)を最初の項目として提示している。この項目は床面積当たりのエネルギー消費量であり、エネルギー効率水準を国間で適切に比較評価できるようなものではない。ACEEE報告によると日中間に10倍以上の差があるとしている。しかし、これはエネルギーサービス(空調レベルを含む快適レベル)に大きな差異があるためである。この指標の場合、所得水準に強く依存する。
産業部門では「Energy intensity of the industrial sector」(最大8点)を最初の項目として提示している。この項目は産業部門のGDP(付加価値)でエネルギー消費を除して算定としている一方で、別の個所では、製造業および非製造業(鉱業)について、それぞれ出荷額当たりのエネルギー消費の値を参照したとしている。付加価値と出荷額を混乱した記述がなされているため、実際にどういった計算を行ったのか明確ではない。
仮に鉱工業GDPで除した場合を算定してみると、日豪間で為替レートの取り方にかかわらず日本の方が小さな(優れた)エネルギー原単位となる。一方ACEEE報告は豪州のエネルギー原単位を日本の半分以下としているため、GDPで除しているのではなく、出荷額で除したものと推察される。出荷額でエネルギー消費量を除して指標化すると、鉱業部門では出荷額は大きいものの(多くは輸出される)、出荷額に比して産出段階で必要となるエネルギー消費量は小さいため、鉱業部門のシェアが高い豪州は、この指標では良く評価される。このような特徴が顕著に出やすい指標を採用して評価しても、エネルギー効率の水準を国際比較できているとは到底言えない。なお、仮にGDPで除しても、既述の通り産業構造に依存するといった議論は必要である。
運輸部門では「Vehicle miles traveled per capita」(最大3点)を最初の項目として提示している。エネルギー効率の概念をより広くとれば、乗用車から公共交通機関へのモーダルシフト、あるいはコンパクトシティー化などによる「自動車に頼らない快適な生活」も重要な評価項目となりうる。しかし、ACEEE報告は所得水準や人口密度での補正を行っておらず、単純に年間乗用車走行距離を人口で除している。交通のエネルギー効率を表しているというよりも、所得水準や国土条件に強く依存する項目である。

注)邦訳は筆者による。OECD統計に基づくと、上記のイタリアの数値には疑問があり、
イタリアは本数値の3倍程度、つまりドイツ並みとなるのが正しいとみられる。
まとめ
ACEEE報告はエネルギー効率水準を適切に評価できない手法をとっており、かつ、いくつかの点で誤りも含んでいるとみられる。よって、ACEEE報告の得点表・ランキングといった定量部分を引用、解釈する際には注意が必要である。
RITEでは鉄鋼、セメント、火力発電など、主要部門別のエネルギー効率比較等を行ってきており(例えば、Oda et al., 2012; RITE, 2012; RITE, 2014b)、その知見からは、少なくとも多くの産業部門およびエネルギー転換部門においては、日本のエネルギー効率は世界において高い水準にあることが示されている。一方、運輸部門や家庭・業務部門のエネルギー効率水準を的確に評価するのは更に難しいため、より適切な指標のあり方については今後、一層の検討を進めることは必要と考えられる。省エネを進め、エネルギー効率をより高めることは、温暖化対策を進める上でも極めて重要な方策の一つである。エネルギー効率の国際比較を行うことは、エネルギー効率改善機会を見出す意味でも大変重要である。しかしながら、その際には、エネルギー効率水準を適切に評価できる指標を選択することが重要であり、かつそれぞれの指標が示す意味をよく理解しながらそれを解釈することが必要である。
<参考文献>
Phylipsen, G.J.M., K. Blok, E. Worrell, International comparisons of energy efficiency-Methodologies for the manufacturing industry, Energy Policy, 25(7-9), 715-725, 1997.
Oda, J., K. Akimoto, T. Tomoda, M. Nagashima, K. Wada, F. Sano, International comparisons of energy efficiency in power, steel, and cement industries, Energy Policy, 44, 118-129, 2012.
RITE「2010 年時点のエネルギー原単位の推計(鉄鋼部門-転炉鋼)」(2012)
RITE「世界主要国のエネルギー効率ランキング報告の検証-ACEEE報告の解釈について-」(2014a)
RITE「火力発電所の発電効率国際比較:2011年時点まで」(2014b)