PM2.5連載企画 スペシャルインタビュー
京都大学 名誉教授 内山 巌雄氏
「PM2.5問題の今」を聞く~PM2.5による健康影響と今後の対策
松本 真由美
国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授
微小粒子はなぜ健康に悪い影響があるのか?
――PM2.5のような微小粒子はなぜ健康に悪影響があるのでしょうか?
内山:10μm以上のものは呼吸器に入る量が少なく、だいたい鼻に引っ掛かり、粒子が重たいですのでそこで止まってくれます。スギ花粉は30μm程度ですので、鼻に留まって鼻炎程度しか起こしません。もっと細かいブタクサの花粉などは鼻の奥まで入ると気管支ぜんそくを起こすこともあり深刻です。細かければ細かいほど鼻の奥の方に入り、肺の奥まで入っていくため、小さい粒子は危険です。
もうひとつの問題として、粒子の外側にいろいろな化学物質が付いてきます。例えば自動車の排出粒子だと、その周りに軽油・ガソリンに含まれるさまざまな有害物が表面に付着します。大きな粒子の表面積1個分と比べると、同じ重さでも小さな粒子の表面積の方が合計すれば大きくなりますので、PM2.5のまわりに付着する物質の量が多くなっている可能性があります。
さらにPM2.5の付着成分が血液の中まで入っていく、あるいは非常に小さい粒子だと肺のリンパ管を通って中に入ってしまうという説もあります。動物実験などではディーゼル排出粒子が脳にまで入ったというデータもあり、非常に細かくなると肺房の間隙を通って身体の中に入り、呼吸器以外の全身症状を起こす可能性があります。そのためPM2.5のような小さい粒子の方がより健康に大きな影響を出すと言われます。
PM2.5の健康影響を受けやすい人は? 日常生活のPM2.5対策は?
――どんな人がPM2.5の健康影響を受けやすいのでしょうか?
内山:高感受性者としては、当然子供や高齢者が入りますが、ぜんそくを持っている方の症状が悪化する、または咳が増える場合が多いと思います。今回の暫定指針でも暫定指針値の70μg/m3以下でも高感受性者は、症状があるところに刺激が加わるからです。欧米で重視しているのは心疾患を持っておられる方、元々心臓の疾患や動脈硬化がある方は、PM2.5によって健康影響を受けます。
――PM2.5の影響を受けないようにするために日常生活の中でどうしたら良いのでしょうか?
内山:普段の健康管理としては、PM2.5をなるべく吸わないこと、体内に取り入れないことしかありません。
――日常生活の中でPM2.5が発生するものには何がありますか?
内山:物が燃えれば、いろいろなPM2.5は発生します。例えば、家でもフライパンで食物を焼いたり炒めたりすれば、蒸気や煙にはPM2.5が入っています。それからガスの炎からも少し出ています。
――調理でもPM2.5は発生するのですか!
内山:室内空気の成分分析をやっていくと、調理でも物を焦がした時に出てくる物には、多環芳香族炭化水素(PAHs)等いろいろな有害物質が入っています。ガスを炊けば必ずNOxは出ます。屋外よりは室内で調理をした場合の方がNOx濃度はよほど高い。物を燃やせば必ず酸素と窒素が結び付くわけですから。またガスコンロでも石油ストーブでもそこからは必ずPM2.5が出てきます。
ただ屋内でPM2.5が高い時は、室内でたばこを吸ったり調理をしている時や冬にストーブを焚く時など、非常に限られています。それ以外は通常は、屋外が1としたら、屋内の濃度は粒子状物質で0.7くらい、ガス状の物質ならば0.9くらいと考えられ、閉め切ってしまえば屋内の方が屋外より低くなります。ですから注意喚起が出るほど高い時は、あまり換気をせずに外出もしないようにする。外出する場合はマスクを着用すること。PM2.5は非常に微小粒子ですので、スギ花粉用のマスクでは大きな物しかカットできないので、国家規格で微小粒子でも大丈夫なマスクを使ってください。ただ細かい粒子までカットするマスクは、息をするにも苦しいし、歩いている際に着用していると15分くらい歩くと苦しくなってしまいますが。
――PM2.5が日常でも発生すると伺い、対策の難しさを感じます。
内山:暫定指針値を超えたからといってすぐに影響が出るわけではありませんし、そんなに気にして暮らさなくてもいいです。今の環境基準は年平均値が15μg/m3以下で日平均値が35μg/m3以下と決められていますので、それを満たしていれば、日本ではまずそれほど問題ではありません。主に年間の長期影響を見ていますので、1日程度35μg/m3を超えたから大変というわけではありません。
環境基準を作りましたが、短期の影響については日平均値で35μg/m3と区切っています。ただPM2.5はオキシダントと同じように急性影響もある程度あるわけです。あまりPM2.5の数値が高くなると、ぜんそくの人は咳が出たり発作を起こしたり、循環器の人は具合が悪くなることがありますので、注意喚起の暫定値として70μg/m3にしています。ただ70μg/m3を超えても全然問題ない人もいますし、いわゆる感受性の違いによって、急性影響はその時なんでもなければそれほど心配はありません。
――どこまで解明されているのでしょうか?
内山:アメリカでも、特に呼吸器以外の循環器系への健康影響のメカニズムは、まだ解明されていないことが多いです。ただ直接血液の中に有害物質が溶け込み、心臓に作用している場合と、神経系を介して肺に作用している場合、それから化学物質が溶け込むことによって血液が固まりやすくなり、炎症を起こしやすくなるなど、いろんなメカニズムが推測されています。仮定を立てて動物実験がいろいろ行われてきました。さらに人体への影響についてはボランティアの人たちの実験が欧米では時々行われています。日本ではボランティア実験はほとんどできないので、環境省の研究班が動物実験をやっているところです。