IPCC 第5 次評価報告書批判
-「科学的根拠を疑う」(その4)

IPCCの呪詛からの脱却が資源を持たない日本が生き残る途である


東京工業大学名誉教授

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CO2の排出削減で地球温暖化を防ぐことができるとの科学的な根拠は無くなった

 以上見てきたように、第5次資料(文献4-1 )で見る限りでは、この第5次報告書のなかに、気候システムシミュレーションモデルによる累積CO2排出量から計算される地上気温上昇幅の予測値の信頼性を高めるような研究成果を見出すことは一切できないと言ってよい。現在問題になっている1998年以降の最近の15年間の地上気温上昇の停滞が、大気中から海水への熱移動による蓄熱効果によるものだとする説明もCO2による温暖化とは直接関係のない話である。また、現在頻発している異常気象についても、それが温暖化のせいだとしても、CO2の排出削減でこの温暖化を防止できる保証はない。さらには、今世紀末の海面水位の上昇予測値における第4 次と第5次報告書の間の大きな違いが見過ごされたまま記載されていることで、この第5次報告書の地球温暖化に関連した予測計算結果の信頼性が著しく損なわれている。地球温暖化の最大の脅威を海面水位の上昇とするならば、上記の第5次報告書に対する科学的・定量的評価解析結果に見られるように、温暖化の支配因子が「人」によるCO2の排出であったとしても、今までの観測データから推測した累積CO2排出量当たりの気温上昇幅は、第5次報告書の予測値の3/4 程度(本稿「その2」参照」)、また、この気温上昇幅当たりの海面水位上昇幅の値は3/5 程度(本稿「その3」参照)で、合わせて、同じ累積CO2排出量当たりの海面水位上昇幅が第5次報告書の予測値の( 3 / 4 )×( 3 / 5 ) = 9 / 20 ? 1/2程度に止まる可能性が大きい。いや、これも、全くあてにならない推測で、もしかしたら、IPCCの主張の反対する懐疑論者が言うように、これから、地球の寒冷化が始まるかも知れないし、これを否定する科学的な根拠は何も示されていない。
 もう一つ大事なことは、世界の化石燃料の資源量の制約から、今世紀末の累積CO2排出量の値は、地球が大変なことになるとしている値の半分程度にしかならないことが見落とされている(本稿「その1」参照)ことである。結果として、この第5次報告書でも、IPCCは、実際には起こり得ない世界平均地上気温と海面水位の上昇幅の予測計算値に基づいて、地球温暖化の脅威を煽り、その防止のための大幅なCO2排出削減の必要性を訴え続けているように見える。本来、IPCCは、そのような政策誘導は行わないとしているが、実際には、一般的に、そのように受け止められていると言ってよい。
 もともと、IPCCは、「気候変動に関する政府間パネル」の名の示すように、政治目的でつくられた国際機関である。世界中からの多数の気象学者などにより構成されているが、彼らは、「地球温暖化のCO2原因説」に科学的根拠を与えるための調査・研究に多額のお金を自国の政府から受け取っている。したがって、国際政治の場で、国連主導で要請されているCO2の排出量削減の政策推進の必要性を支持するこのような報告書の作成が、初めから義務付けられていると言ってよい。すなわち、彼らは、温暖化の原因がCO2であることを科学的に証明することにだけに集中して、その温暖化の原因となる累積CO2排出量が化石燃料の資源量に制限を受けるとの当然のことには考え及ばなかったと考えられる。

地球の環境史から見て、温暖化の脅威はさほど大きくない

 今回の第5次報告書が発表される1年以上前に、IPCCの第4次評価報告書の統合報告書の主著者である杉山大志氏が、その著書「環境史から学ぶ地球温暖化」(文献4-3 )で、「日本は、地球温暖化と付き合いながら生きていけると」として、その方策の提言についても述べている。
 具体的には、2008年(IPCCの第4 次報告書は2007年)5月に発表された環境省の報告書「地球温暖化「日本へ影響」-最新の科学的知見-温暖化影響予測研究の要約版」にある2100年までに3 ℃の気温上昇、15 ~ 25 cmの海面水位上昇であれは、日本の森林、農業に対する気温の、および沿岸域に対する海面水位の上昇の悪影響は、環境省の報告書が予測するほど大きくないとしている。それは、温暖化の影響はその変化速度が小さいからで、森林では樹種の自然の変遷で、農業では農作物の品種の改良で、また沿岸域では高潮対策を行うなど現在行われている自然災害へ適応技術対策への「積み増し」で十分対応できるとしている。その根拠として、縄文時代からの日本の環境史について、日本人が気候変動を堪えぬいてきた事実を、多くの文献を引用、紹介している。
 この書では、温暖化の悪影響について、その緩和対策を日本の問題として述べている。しかし、IPCCの第5次報告書から得られる結論として、本稿で上記したように、もし、IPCCの主張する地球温暖化のCO2原因説が正しかったとしても、今世紀末までの世界の平均地上気温の上昇は2℃程度に、平均海面水位上昇は30 cm程度の止まるはずだとすれば、この日本における温暖化の緩和策は、世界の問題としても、十分、通用すると考えてもよいであろう。例えば、途上国における温暖化の悪影響の緩和対策として、必要があれば、先進国からの災害防止の、あるいは災害からの復興の技術支援、あるいは資金援助が行われればよい。いま、ポスト京都議定書の国際協議の場で、温暖化防止に役に立たない世界のCO2排出削減のための先進国と途上国の間の排出権取引を前提とした各国のCO2排出量削減目標を決めるための不毛な論が行われている。これに、較べると、ここで、提案された日本における温暖化の緩和策は、そのまま、世界にも通用する、はるかに実際的な方策と考えることができる。
 この書の著者、杉山氏は、IPCC第5次報告書第3作業部会(気候変動の緩和)の総括執筆責任者をされているとのことである。是非、この日本における温暖化の適応策を、世界の温暖化への適応策として、これから発表される第5次報告書第3作業部会の報告書に反映させて頂くことを強く期待したい。同時に、IPCCに所属する日本人メンバーの一員として、「科学的に冷静に判断すれば、温暖化はさほど大きな脅威にならず、日本人は容易に適応することができる」との杉山氏の主張から明らかに背離して、行政的に進められている地球温暖化対策のなかの不必要なもの、不条理なものに対して、その廃止を提言して頂きたいと考える。ちなみに、本書には、いま、国内では、地球温暖化対策費として、国と地方で合わせて、年間約3 兆円が使われているとの記載がある。