容量市場は果たして機能するか?~米国PJMの経験から考える その2


Policy study group for electric power industry reform

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 以上のように、供給予備力の低下と再生可能エネルギーの増加という2つの要因が引き金になり、各国で容量市場導入に向けた検討が進められている。たとえば英国では2017年以降の発電設備容量に対する先渡取引、フランスでは2016~2017年の発電設備容量に対する先渡取引を市場で行うことを予定している。図11は現在フランスのRTEで検討中の容量市場の枠組みであるが、制度変更前のPJMの制度と類似している。実運用年(Delivery Year)の3~4年前に、小売事業者が満たすべき予備力の水準が公表され、同時に容量市場から各小売事業者が必要な容量クレジットを調達することができるようになる。PJMの場合と同様、デマンドレスポンス(DR)分を発電設備同様の容量とカウントするが、その実効性についてはRTEが事前検証する。また実運用年に入ると、予備力も含めた容量確保義務に未達のあった小売事業者や、容量として登録しながら発動出来なかったデマンドレスポンスのアグリゲーターなどに対して、事後的なペナルティが課される仕組みである。

(図11)フランスRTEが検討中の容量市場の枠組み
(出所)RTE社資料をもとに作成

容量市場導入に向けた課題

 「自由化された電力市場において発電設備の建設が進むか」という問題をしばらく扱ってきたが、欧米の先行事例を見る限り、卸電力市場の価格メカニズムにより適切な設備が建設されるというナイーブな議論には、確たる根拠がないことが明らかである。このため容量確保のための新たなインセンティブ導入が各地で検討またはすでに導入されている。殊に欧米と比較して供給力に余裕のない現在のわが国において、電力会社の供給義務を外して全面自由化を進めるなら、容量確保に対する適切なインセンティブ付与の仕組みを同時に構築しなければ、致命的な電力危機を招きかねない。こういった事情から、小売事業者に予備力確保義務を課すと同時に容量市場を導入することが、政府の基本方針上の選択肢となっているのだと考えられる。
 政府の基本方針通りに容量市場の仕組みを日本に適用していく場合の課題としては、以下のような事項を検討する必要があるだろう。
 第一に、毎年3年後の必要容量を確保しようとするだけでは、電源開発のリードタイムの長い日本では需要増加あるいは経年電源の廃止などによる供給力減少に対応した適正予備率を維持できない畏れがある。PJMエリアでは天然ガスパイプラインが整備され、2~3年程度で新設の天然ガスコンバインドサイクル(GTCC)もしくはガスタービン(GT)が建設可能と言われている。他方、日本での平均的な電源開発リードタイムは、環境アセスメントに時間がかかることもあって、5~10年程度と考えられるため、電源開発の長期のリードタイムを考慮した制度設計が必要である。
 経済産業省の「電力システム改革の基本方針」では、セーフティネットとしてISOが予備率不足時に電源入札を行う制度を提案している。一つの方法はRPMオークションを10年前から行うことだが、10年後の需要想定には不確定性が大きいため、調達量に過不足が生じるリスクがある。PJMでも設備投資へのインセンティブをより確かなものにするために、3年先より長期の容量を取引する市場の導入も検討しているが、合意は得られていないようである。適正予備力維持のためには、経年電源の廃止時期の調整権限もISOに与えること(この場合にISOが老朽化した設備を維持・メンテナンスする発電事業者に対する適切な対価を支払う必要もある)なども含めて、需要想定誤差を弾力的に吸収する調整メカニズムが必要だろう。
 第二の課題は、実質的に容量クレジット価格を決する容量調達曲線(VRR)の設定方法である。PJMのRPM導入決定は託送約款の変更にあたったため、連邦エネルギー規制委員会(FERC)の認可が必要となった。申請が行われたのは2005年の8月であったが、その後第3者によるシミュレーション実施と、VRRの妥当性確認や必要な修正が行われるなどのプロセスを経て、一年後の2006年9月に認可された。PJMエリアでは発電事業者側から見ると現時点でのRPMオークションでは経年設備の維持やデマンドレスポンスなどより安価な対策により必要容量の相当量が確保される結果となって、新設電源の固定費の一部しか回収できていない(2014/2015年度のオークションでの落札価格は40ドル/kW/年であり、同地域にGTCCを建設する場合の平均固定費170ドル/kW/年の1/4程度しか回収できていないことになる)ので、残りの固定費は卸電力市場で回収できる見通しが立たなければ発電設備への投資が進まないと考えられる。老朽発電設備が3年後にも確実に運転できデマンドレスポンスが想定通りに発動できるのであれば発電設備新設は不要であるので、この価格決定は合理的と言えるが、州の規制当局が将来の供給力に不安を感じていることは前述の通りである。他方、ISOがVRR曲線の調達上限価格(予備力が不足した場合の容量調達価格)を高く決めすぎれば、取引価格も上昇することになって小売事業者や需要家の反発が予想されるとともに、結果として電気代の上昇につながる畏れがある。PJMの場合は最終的に規制当局(FERC)が詳細ルールまで含めて承認を行った上で、制度導入を決めたわけたが、ステークホルダー間の利害対立が生じるこの種の議論を適切に扱うだけの独立性と高い専門性が規制機関にも要請されるだろう。
 第三に、RPMが様々な経緯を経て非常に複雑な制度となっていることである。本稿で紹介したのはその概要のみに過ぎず、実際にはさらに膨大なルールがこと細かく定められている注2。詳細制度設計に加えて、市場参加者が十分に仕組みを理解して、容量クレジットの取引を行うために必要なシステムを整えるのに相当のリードタイムが必要になると考えられる。PJMでも1998年の容量市場導入以降、すでに10年間以上の試行錯誤を繰り返してきてここに至っていることを考慮する必要がある。
 最後に考慮すべきは、FIT(固定価格買取制度)などに代表される再生可能エネルギー推進政策との整合性を取ることである。欧州の事例で紹介した通り、温暖化対策のために再生可能エネルギーの導入を優先すると、その出力変動の調整役に回る火力発電設備は、低稼働運転を余儀なくされる。稼働率の低下を余儀なくされる火力発電所を建設・維持するリスクをできるだけ減少させる仕組みが必要であるが、やりすぎれば電気代の上昇につながる点に留意が必要となる。

 適切な供給信頼度(その拠り所となる適切な予備力)が維持されることは、需要家にとっては極めて重要だ。最初は安定供給重視のシンプルな制度からスタートし、その後の情勢を見ながら柔軟に対応するなどの考え方が制度設計において必要になるだろう。わが国にもPJM等と同様の仕組みを導入するのであれば、欧米を単に模倣した形ばかりの導入ではなく、欧米の経験や課題に学んだ上で、わが国のニーズや制約事項にも十分配慮したサステナブルな制度を検討して欲しい。

注2)少なくとも180ページのRPMマニュアルを読んで市場のルールを理解し、容量登録・管理システムや入札システムの利用方法に関する研修を受ける必要がある。

(参考文献)
PJMホームページ: http://www.pjm.com/

Steven Stoft: Power System Economics, IEEE Press, 2002.

The Brattle Group, 「PJM市場RPMパフォーマンス評価報告書」(”Second Performance Assessment of PJM’s Reliability Pricing Model”) (2011年8月)
http://www.brattle.com/_documents/UploadLibrary/Upload968.pdf

ELCON: 連邦エネルギー規制委員会の容量市場に関する公聴会 (2001年9月)
http://www.elcon.org/Documents/FERCFilings/PJMrehearing.pdf

経済産業省,電力システム改革の基本方針(2012年7月)
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/report_001_00.pdf

英国エネルギー気候変動省(DECC) :Electricity Market Reform: Policy Overview(2012年5月)
http://www.decc.gov.uk/en/content/cms/meeting_energy/markets/electricity/electricity.aspx

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