容量市場は果たして機能するか?~米国PJMの経験から考える その2


Policy study group for electric power industry reform

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 前回はPJMの電力市場の概要とその容量市場の変遷を紹介した。今回はその続編である。PJMの容量市場を巡る賛否両論、その他の地域の動向を紹介しながら、わが国に容量市場を適用する場合の課題を考察してみたい。

PJM容量市場への賛否両論

 PJMは最新の容量市場である信頼度価格モデル(RPM: Reliability Pricing Model)制度について定期的な外部機関によるレビューを受けることを定めており、米国のコンサルタント会社であるBrattle Groupが委託を受けて評価を実施している。2011年の報告書によると以下の点が明らかになったとされ、RPM制度に対してポジティブな評価が与えられている。

(1)
PJMエリア内では今後も必要な供給力が確保され適正予備率が維持される見込みである(図7)
(2)
毎年の容量クレジットの取引価格は、市場のファンダメンタルズである需給状況を適切に反映している。
(3)
デマンドレスポンス分も入札に含めることで、容量を安価かつ競争的に調達できている。
(4)
老朽化した石炭火力を、廃止する、もしくは、環境規制をクリアするように改修・リプレースするかの判断基準を与えている。
(5)
RPMに対する市場関係者(特に新規参入者、電力小売や環境への規制を行う州の規制当局、大口需要家団体など)の懸念事項として以下のようなものがあったが、調査の結果、顕著な問題は発生していないと結論した。
  ・
RPM価格が上昇しすぎるのではないか
  ・
1年ごとに行われるオークションでの支払いでは、発電投資に対する十分なインセンティブにならず、老朽発電所の廃止が進むと供給力不足となるのではないか(→ 実際にはRPM導入以降、PJMに新たに加わったエリア分やLSEの相対契約分を除いても28GWの容量が新たに調達されている)
  ・
老朽石炭火力が維持されやすくなり、環境面に悪影響ではないか
  ・
RPM価格が乱高下し、価格の予見性が低いのではないか
(図7)PJMエリアの供給予備率の見通し
※縦軸の100%が適正予備率が維持される状態に相当
(出所)Brattle Group 「PJM市場RPMパフォーマンス評価報告書」(2011年)

 このようにRPMに対して高い評価がある一方、小売を規制する州当局や大口需要家団体などは依然としてRPMへの不満を示している。PJMの制御エリアであるメリーランド州公益事業委員会(MPSC)は、RPMでは必要な供給力が確保されないとして、天然ガス火力発電所の誘致に乗り出した。これは州が誘致して選定した発電所からの電力の調達を、州内の小売事業者に義務づけるという新たな規制の枠組みである。
 MPSCによればRPM制度導入以来、メリーランド州の属する地区のRPMクレジット価格は他地域よりも高めに推移しているにも関わらず、2003年以降大型の発電所が建設されておらず、20年以上の長期的な稼働を前提とした発電設備への投資を年単位の価格シグナルで誘導するのは困難であると結論づけた結果である。これに対してPJMは「メリーランド州内の経年石炭火力の廃止による供給力不足のリスクはあるが、現状の送電線拡充計画により(他地域からの電力融通が可能となり)対処が可能である」との見解を示している。また小売事業者は、州の措置について「無駄な発電設備への投資を需要家に転嫁するのは好ましくない」として、反対の意向を示している。
 米国の大口需要家団体であるELCONも、RPMに対して批判を続けている。ELCONはRPMによって本当に必要な発電設備が建設されるのかが不明確である一方で、RPMクレジット価格が需要家に転嫁されているのは不当であると主張し続けている。「必要なのは『発電設備』であり、需要家の金を巻き上げるだけの『容量市場』ではない」との議論である。こういった州や需要家の不満は、電力市場の制度設計に関わる関係者の合意の難しさを物語っている。

他地域の動向:電化の進展と再生可能エネルギーの増加が予備力不足の引き金に

 米国内の主な電力市場のうち、PJMと同様のタイトパワープールから出発したニューヨークISOやISOニューイングランドなどが当初から容量市場を運営している。一方、米国でもテキサスERCOTは容量市場を具備していなかった(ちなみに容量市場のない電力市場を”Energy Only Market”と呼ぶ)。そのテキサスの供給予備率がつるべ落としに低下していることは、すでに「テキサス州はなぜ電力不足になったのか」(8月15日掲載)で紹介した通りである。
 欧州諸国(英独仏など)では、小売自由化開始時点で、供給予備力が比較的高い水準にあったこともあり、容量市場は採用されていなかった。唯一、英国が全面自由化に踏み切った1990年に導入された全面プール市場には、市場価格にキャパシティ・エレメントと呼ばれる発電事業者へのプレミアム的な支払い額を上乗せする仕組みがあった。停電確率を考慮して需給がタイトになるほどこの上乗せ額を大きくすることで、電源設備投資へのインセンティブとすることが期待されていたが、上乗せ額が需給逼迫度合いによって大きく変動することから、発電事業への参入による期待収益の想定を困難化させ、電源設備投資が進むには至らなかった。このため、この制度は相対取引中心の現行制度への移行に伴いプール市場とともに廃止された。
 ところが現在では英国、ドイツ、フランスのいずれでも、「容量市場」の採用が検討もしくは提案されている。このような状況に至った理由としては、主に以下の2点を指摘できる。

(1)供給予備力の低下
 図8はフランスにおける最近10年間の最大電力の推移を示したものであるが、年率3%弱の堅調な伸びで推移しており、10年間で見ると25GWの需要増加が見られる。フランスの送電系統運用者RTEの分析によれば、この増加の背景としては、人口増加に加えて電化の進捗とくに電気暖房や電気温水器の普及が大きく効いているとされている。他の欧州地域でも同様の事情での需要の伸びによって、予備力に徐々に余力がなくなりつつあり、新たな発電設備の建設へのインセンティブが必要となってきているのである。

(図8)フランスにおけるピーク電力需要の推移
(出所)RTE社資料

(2)再生可能エネルギーの増加
 再生可能エネルギーの導入が拡大してくると、その出力変動を主に調整するのは火力発電の役割である。図9は実際に大量導入が進んだスペインの需給運用の一例であるが、夜間の需要が少ない時間帯に風力の発電量が増えて火力1基のみが運転されているのに対して、ピーク時間帯には風が弱くなり27基の稼働が必要となっている。これらの火力による出力調整機能がなければ、再生可能エネルギー導入後の需給バランスが維持出来ないが、一方で調整運転を行う火力発電の設備稼働率は、再生可能エネルギーを受け入れた分だけ低くならざるを得ない。  
 また固定価格買取制度(FIT)を導入しているドイツでは、送電系統運用者が買い取った再生可能エネルギーの全量を電力取引所であるEEX の卸電力市場で売却することが定められており、(FIT固定買取価格-EEX卸電力市場価格)×(FITでの電力購入量)の合計額がサーチャージとして託送費に上乗せされることになっている注1 。仮に電力市場価格が安くなって市場での売電収入が減っても、その分だけサーチャージによる託送費収入が増えるので、電力市場価格は送電系統運用者の収支に全く影響しない(図10参照)。結果として、送電系統運用者は引き取った再生可能エネルギーを確実に市場で売り切ろうとするために安値で市場に放出することになり、最近の卸電力市場価格が低下する原因となっている。需要が低い休日に風力発電の発電量が多くなる場合などには卸市場価格がネガティブになることさえある。このような時期には、送電系統運用者はFITで買い取った再生可能エネルギーの発電分を負の価格で売り入札していると考えられる。ドイツの制度の本来の趣旨は卸電力市場を活用して再生可能エネルギーの変動を吸収しようとするものだが、現状では卸電力市場での価格形成を歪める結果になっていると言えそうだ。
 火力発電所を保有する事業者から見れば、稼働率低下で市場での売電機会が減ると同時に、卸電力取引価格の低下によって売電価格が低下することになるため、経年火力を維持する、あるいは新たな設備投資を行う意欲が失われるだろう。このため、ドイツ連邦政府などが出資して設立した省エネルギー・再生可能エネルギーの研究機関であるドイツ・エネルギー機構denaは、「脱原子力を進める上で2030年までに49GWの火力発電設備の建設が必要となるが、再生可能エネルギー優先のドイツ市場の枠組みで必要な費用が回収されるためには容量市場が必要となるだろう」と指摘している。

注1)換言すれば、サーチャージ算定時にEEX卸電力取引価格を回避可能原価(日本では火力発電所の燃料費を利用)とする仕組みである。

(図9)再生可能エネルギー大量導入時の火力発電所の運用
(出所)経済産業省総合資源エネルギー調査会基本問題委員会第23回資料
「再生可能エネルギーを巡る事実関係」(2012年5月)

(図10) ドイツでの再生可能エネルギーに関する電力取引の流れ

 以上のように、供給予備力の低下と再生可能エネルギーの増加という2つの要因が引き金になり、各国で容量市場導入に向けた検討が進められている。たとえば英国では2017年以降の発電設備容量に対する先渡取引、フランスでは2016~2017年の発電設備容量に対する先渡取引を市場で行うことを予定している。図11は現在フランスのRTEで検討中の容量市場の枠組みであるが、制度変更前のPJMの制度と類似している。実運用年(Delivery Year)の3~4年前に、小売事業者が満たすべき予備力の水準が公表され、同時に容量市場から各小売事業者が必要な容量クレジットを調達することができるようになる。PJMの場合と同様、デマンドレスポンス(DR)分を発電設備同様の容量とカウントするが、その実効性についてはRTEが事前検証する。また実運用年に入ると、予備力も含めた容量確保義務に未達のあった小売事業者や、容量として登録しながら発動出来なかったデマンドレスポンスのアグリゲーターなどに対して、事後的なペナルティが課される仕組みである。

(図11)フランスRTEが検討中の容量市場の枠組み
(出所)RTE社資料をもとに作成

容量市場導入に向けた課題

 「自由化された電力市場において発電設備の建設が進むか」という問題をしばらく扱ってきたが、欧米の先行事例を見る限り、卸電力市場の価格メカニズムにより適切な設備が建設されるというナイーブな議論には、確たる根拠がないことが明らかである。このため容量確保のための新たなインセンティブ導入が各地で検討またはすでに導入されている。殊に欧米と比較して供給力に余裕のない現在のわが国において、電力会社の供給義務を外して全面自由化を進めるなら、容量確保に対する適切なインセンティブ付与の仕組みを同時に構築しなければ、致命的な電力危機を招きかねない。こういった事情から、小売事業者に予備力確保義務を課すと同時に容量市場を導入することが、政府の基本方針上の選択肢となっているのだと考えられる。
 政府の基本方針通りに容量市場の仕組みを日本に適用していく場合の課題としては、以下のような事項を検討する必要があるだろう。
 第一に、毎年3年後の必要容量を確保しようとするだけでは、電源開発のリードタイムの長い日本では需要増加あるいは経年電源の廃止などによる供給力減少に対応した適正予備率を維持できない畏れがある。PJMエリアでは天然ガスパイプラインが整備され、2~3年程度で新設の天然ガスコンバインドサイクル(GTCC)もしくはガスタービン(GT)が建設可能と言われている。他方、日本での平均的な電源開発リードタイムは、環境アセスメントに時間がかかることもあって、5~10年程度と考えられるため、電源開発の長期のリードタイムを考慮した制度設計が必要である。
 経済産業省の「電力システム改革の基本方針」では、セーフティネットとしてISOが予備率不足時に電源入札を行う制度を提案している。一つの方法はRPMオークションを10年前から行うことだが、10年後の需要想定には不確定性が大きいため、調達量に過不足が生じるリスクがある。PJMでも設備投資へのインセンティブをより確かなものにするために、3年先より長期の容量を取引する市場の導入も検討しているが、合意は得られていないようである。適正予備力維持のためには、経年電源の廃止時期の調整権限もISOに与えること(この場合にISOが老朽化した設備を維持・メンテナンスする発電事業者に対する適切な対価を支払う必要もある)なども含めて、需要想定誤差を弾力的に吸収する調整メカニズムが必要だろう。
 第二の課題は、実質的に容量クレジット価格を決する容量調達曲線(VRR)の設定方法である。PJMのRPM導入決定は託送約款の変更にあたったため、連邦エネルギー規制委員会(FERC)の認可が必要となった。申請が行われたのは2005年の8月であったが、その後第3者によるシミュレーション実施と、VRRの妥当性確認や必要な修正が行われるなどのプロセスを経て、一年後の2006年9月に認可された。PJMエリアでは発電事業者側から見ると現時点でのRPMオークションでは経年設備の維持やデマンドレスポンスなどより安価な対策により必要容量の相当量が確保される結果となって、新設電源の固定費の一部しか回収できていない(2014/2015年度のオークションでの落札価格は40ドル/kW/年であり、同地域にGTCCを建設する場合の平均固定費170ドル/kW/年の1/4程度しか回収できていないことになる)ので、残りの固定費は卸電力市場で回収できる見通しが立たなければ発電設備への投資が進まないと考えられる。老朽発電設備が3年後にも確実に運転できデマンドレスポンスが想定通りに発動できるのであれば発電設備新設は不要であるので、この価格決定は合理的と言えるが、州の規制当局が将来の供給力に不安を感じていることは前述の通りである。他方、ISOがVRR曲線の調達上限価格(予備力が不足した場合の容量調達価格)を高く決めすぎれば、取引価格も上昇することになって小売事業者や需要家の反発が予想されるとともに、結果として電気代の上昇につながる畏れがある。PJMの場合は最終的に規制当局(FERC)が詳細ルールまで含めて承認を行った上で、制度導入を決めたわけたが、ステークホルダー間の利害対立が生じるこの種の議論を適切に扱うだけの独立性と高い専門性が規制機関にも要請されるだろう。
 第三に、RPMが様々な経緯を経て非常に複雑な制度となっていることである。本稿で紹介したのはその概要のみに過ぎず、実際にはさらに膨大なルールがこと細かく定められている注2。詳細制度設計に加えて、市場参加者が十分に仕組みを理解して、容量クレジットの取引を行うために必要なシステムを整えるのに相当のリードタイムが必要になると考えられる。PJMでも1998年の容量市場導入以降、すでに10年間以上の試行錯誤を繰り返してきてここに至っていることを考慮する必要がある。
 最後に考慮すべきは、FIT(固定価格買取制度)などに代表される再生可能エネルギー推進政策との整合性を取ることである。欧州の事例で紹介した通り、温暖化対策のために再生可能エネルギーの導入を優先すると、その出力変動の調整役に回る火力発電設備は、低稼働運転を余儀なくされる。稼働率の低下を余儀なくされる火力発電所を建設・維持するリスクをできるだけ減少させる仕組みが必要であるが、やりすぎれば電気代の上昇につながる点に留意が必要となる。

 適切な供給信頼度(その拠り所となる適切な予備力)が維持されることは、需要家にとっては極めて重要だ。最初は安定供給重視のシンプルな制度からスタートし、その後の情勢を見ながら柔軟に対応するなどの考え方が制度設計において必要になるだろう。わが国にもPJM等と同様の仕組みを導入するのであれば、欧米を単に模倣した形ばかりの導入ではなく、欧米の経験や課題に学んだ上で、わが国のニーズや制約事項にも十分配慮したサステナブルな制度を検討して欲しい。

注2)少なくとも180ページのRPMマニュアルを読んで市場のルールを理解し、容量登録・管理システムや入札システムの利用方法に関する研修を受ける必要がある。

(参考文献)
PJMホームページ: http://www.pjm.com/

Steven Stoft: Power System Economics, IEEE Press, 2002.

The Brattle Group, 「PJM市場RPMパフォーマンス評価報告書」(”Second Performance Assessment of PJM’s Reliability Pricing Model”) (2011年8月)
http://www.brattle.com/_documents/UploadLibrary/Upload968.pdf

ELCON: 連邦エネルギー規制委員会の容量市場に関する公聴会 (2001年9月)
http://www.elcon.org/Documents/FERCFilings/PJMrehearing.pdf

経済産業省,電力システム改革の基本方針(2012年7月)
http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/report_001_00.pdf

英国エネルギー気候変動省(DECC) :Electricity Market Reform: Policy Overview(2012年5月)
http://www.decc.gov.uk/en/content/cms/meeting_energy/markets/electricity/electricity.aspx

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