電力供給・温暖化のトンデモ本に要注意!

データや理論をきちんと判断する姿勢が必要に


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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ビジネス世界の常識ではありえない論理

 ビジネスの世界で投資を行う際には、割引率法(DCF)あるいは内部収益率法(IRR)が判断基準として用いられる、要は、投資を行った場合に必要な収益額を計算する方法だ。通常の企業であれば、IRRで12~13%が最低必要な水準だろう。IRRの計算はエクセルの関数を使えば簡単にできる。100億円を投資し、15年間で全ての投資を回収する前提だと、毎年15億円程度の収益(正確にはキャッシュフロー額と言われ、利益に減価償却費を加え、新規投資額を差し引いたもの)が必要だ。これだけの収益が期待できなければ、収益力が低く、通常のリスク環境では投資する企業はない。この考え方は資産あるいは設備買収時にも適用される。

 東電の有価証券報告書によると、送配変電設備の資産額は2011年3月末で5兆1353億円。一方、この資産が生み出しているキャッシュフロー額は有価証券報告書から次のように計算できる。減価償却費3890億円、利益額は資産額に応じて配分されるとすると税前で976億円だ。新規投資額も有価証券報告書から計算でき、2484億円になる。この結果、キャッシュフロー額は3890億円+976億円-2484億円=2382億円となる。本当は税金も引く必要があるが、税引前の金額でも、5兆円以上の資産が生み出すキャッシュフローとしてはまったく不十分だ。

 これだけのキャッシュフローしか生み出さない資産を買収する場合、適切な買収額は1兆5880億円になる。逆に5兆円で資産を購入した場合には、毎年7000億~8000億円のキャッシュフローが必要だ。この金額を見込めないのであれば、投資する企業はないだろう。つまり、通常の民間企業であれば、5兆円を出すことはないと考えられる。では、東電は、なぜ通常の企業が必要とするキャッシュフロー額より低い収益額で経営が成り立つのか。理由は、総括原価主義によりリスクが限定され、低い収益率が許されているからだ。企業の利害関係者もそれに納得していた。

 仮に、東電の送配変電設備を5兆円で買収するとすれば、必要なキャッシュフローを得るために、送配電料金を1kW時当たり2円程度値上げする必要がある。あるいは、値上げしない代わりに、2000億円の修繕費を削減し、新規投資も削減するかだ。しかし、その結果は、ニュージーランドで1998年に発生した大停電の再来だろう。大停電は送電線の補修費を削減したために発生した。現状の東電の収益力を基に考えると、自由化された市場で、5兆円を使って設備を買収する企業はない。逆に今の収益力に合わせた設備評価額は先に述べた1兆5580億円だが、その金額で設備を売却すれば、東電の資産内容は大きく毀損され、原発の賠償どころか事業継続に大きな問題を引き起こすことになる。

 東電の送配変電設備額が、広瀬氏が挙げている15兆円であれば、必要な収益額はさらに大きくなり、送配電料金は1kW時当たり5円以上の値上げが必要になる。総資産額を見れば、収益額が相対的にあまりに少ないことに気がつくはずだ。東電以外の企業が送配電設備を買収すれば、送配電料金が下がるという主張の根拠は何だろうか。

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