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バイデン・サンダース協同タスクフォースの政策提言(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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前回:バイデン・サンダース協同タスクフォースの政策提言(その1)

 今回の提言を読んで感じた点は以下の通りである。

 第1にサンダース上院議員、オカシオ-コルテス下院議員等、党内最左派への強い配慮が見られることだ。バイデン候補はもともと温暖化対策については中道派であり、サンダース、オカシオーコルテスの主導するグリーン・ニューディールからは距離を置いていた。しかしその中道的立場が民主党内で影響力を強めていた左派、プログレッシブからの強い批判を浴びることになり、その後、バイデン候補は左派路線への接近を繰り返してきた。6月に発表した温暖化対策関連の公約注1) では「遅くとも2050年にネットゼロエミッション」「グリーンR&D、クリーンインフラに10年間で1.6兆ドル」といった数値目標を掲げ、グリーン・ニューディールの考え方を一部取り入れた。今回の提言やその後のバイデン発言をみると2050年ネットゼロエミッションに加え、発電部門を2035年にゼロエミッション化する、4年間で2兆ドルなど、より野心的な数値目標が盛り込まれた。これは2030年に電力システムの炭素中立化を主張していたサンダースの主張に寄ったものといえよう。

 第2に左派の要求を取り入れて野心的な数値目標をかかげる一方、その実施手段については技術中立性を堅持している点だ。2035年電力セクターネットゼロエミッションを実現するに当たって技術中立的なクリーンエネルギー基準を用いるとされているが、クリーンエネルギーには再エネのみならず原子力、CCS付火力も含まれる。R&D強化においてもCCSや原子力技術の研究開発を明示的に含めている。他方、サンダース上院議員は脱原発を主張しており、CCSについても「誤った解決策」であるとしてこれを排除していた。このあたりは脱炭素化に向けたオプションをできるだけオープンにしておこうとの姿勢が窺える。

 第3に化石燃料に対する厳しい姿勢がうかがわれることだ。バイデン候補は6月の公約では連邦所有地おける新規の石油ガス採掘には反対しているものの、既存採掘プロジェクトの停止、フラッキング禁止、化石燃料輸出禁止などは掲げていなかったが、サンダース上院議員は化石燃料を強く敵視しており、シェールガス革命をもたらしたフラッキングの全面禁止、連邦所有地における既存及び新規の石油ガス採掘の全面禁止、米国の化石燃料輸出の停止、化石燃料企業に対する連邦訴訟等を公約に掲げていた。今回の政策提言をみるとフラッキングの禁止、化石燃料輸出の禁止という文言は見当たらない。シェールガス産出州や石炭産出州を敵に回したくないという配慮かもしれないが、石油ガス生産に関する環境規制を復活・強化するとしていること、連邦政府の許可や資金を必要とするプロジェクトについては気候変動への影響をテストするとしていること、石油ガス企業に対する減税措置を含む化石燃料補助金を廃止するとしていること、環境正義(Environmental Justice)の下で情報秘匿、歪曲等、汚染企業の責任を明確化するとしていること、司法省にOffice of Environmental Justice を新設すること等を併せ考えると化石燃料企業にとって逆境になることは間違いない。

 第4に炭素税、排出量取引等のカーボンプライシングについては注意深く言及を避けているという点だ。6月30日に発表された民主党主導の下院気候危機特別委員会の500ページの報告書注2) は統合タスクフォース提言と同様、バイデン政権が誕生した場合の施策の青写真になると思われるが、その中でカーボンプライシングについては「議会は市場の失敗を是正するため、炭素に価格付けをすべきである。カーボンプライシングは万能薬(silver bullet)ではなく、大幅排出減をもたらすための一連の施策を補完するものである」とされている。米国人は税に対する拒否反応が強い。インスリー・ワシントン州知事は数度にわたって炭素税導入を企図したがいずれも失敗している。排出量取引についてはオバマ政権時代のワクスマン・マーキー法案で挫折している。目に見える形でのカーボンプライシングの導入は選挙対策上得策ではなく、クリーンエネルギー基準といった規制的措置で暗示的カーボンプライスを導入しようということであろう。これは筆者がエリオット・ディリンジャーC2ES副会長等、米国の複数の環境関係シンクタンクから聞いていた方向とも合致する。

 第5に国境調整措置の扱いである。バイデン候補の6月の気候変動関連の公約では、「気候義務を果たしていない国からの炭素集約的な産品に炭素調整課金もしくは割り当てを課する」としていた。今回の提言にはこうした文言は盛り込まれていないが、6月30日の気候危機特別委員会報告には「議会は産業施設からの排出削減のためのパフォーマンス基準を設立し、高排出の生産プロセスを経た外国製品に対する国境調整措置と組み合わせる」との記述がある。バイエデン政権が誕生した場合、アグレッシブな温暖化政策によるコストアップが米国の製造業の国際競争力を損なわないよう、何らかの国境調整措置の導入を検討することはほぼ確実と考えるべきだろう。これは炭素国境調整メカニズムを検討中の欧州委員会にと方向性を一にするものであり、我が国を含め貿易相手国にとっては非常に気になるところである。

 第6に中国に対するポジションが見えないことだ。6月のバイデン候補の公約では「中国が石炭輸出に補助金を出し、CO2排出をアウトソースすることを止めさせる。中国は世界最大の排出国であり、一帯一路を通じて数十億ドルの化石燃料プロジェクトに資金を提供している」という認識を明記していた。しかし統合タスクフォース提言にも下院気候危機委員会報告書にもそうした文言は出てこない。ただ香港国家保安法を含め中国に対する厳しい姿勢は共和党、民主党で共通している。中国が大規模な石炭火力発電所の新設を許可する等、化石燃料に軸足をおいた景気回復軌道を辿っている中で、バイデン政権が誕生した場合、中国を念頭においた政策が盛り込まれる可能性は高いだろう。

 第7に「環境正義」、「先住民」等、リベラル、プログレッシブ的な価値観を強く反映したキーワードが目立つ点だ。雇用・労働力、コミュニティ、環境正義などが項目として上位に掲げられていることも4年前のヒラリー・クリントンが掲げた気候変動観連の公約注3) と様相を異にする。雇用・労働力がトップに来ているのはコロナ禍で失業率が急上昇した米国の「今」を反映しているともいえる。

 以上、とりあえずの気づきの点を挙げてみたが、バイデン政権が誕生した場合、これがどの程度実施に移されるかは、上下両院で民主党が多数をとるのか否かに大きく左右される(仮に民主党が上院の過半数を占めるとしてもフィリバスターを無効にする60議席を確保する可能性は非常に低い。しかしバイデン候補はフィリバスタールールを見直す可能性を否定していない)。また米国人の気候変動に対する関心は増大しているとはいえ、そのことと温暖化防止に対する支払い意志は別問題である。2018年にシカゴ大学が行った調査注4) によれば、米国人が温暖化対策のために毎月の電力料金が何ドルまで上がることを許容するかとの問いに対して月1ドル(年間12ドル)と答えた人が57%と最も多く、月10ドル(年間120ドル)になると支持は28%に低下し、反対が68%に上昇している。IPCC第5次評価報告書では2度目標を達成するために必要な世界全体の炭素価格水準を2020年時点で50-80ドル程度、2030年時点で80~100ドル必要としているが、米国の一人当たりGHG排出量に照らすと1人当たりの年間負担額は2020年時点で1075ドル~1716ドル、2030年時点で1716ドル~2145ドルとなり、米国人の支払い意志との間には超えがたいギャップがある。コロナによる失業増大、経済停滞により米国人の温暖化に対する関心は更に低下しているであろう。カーボンプライシングに言及していないものの、タスクフォース提言を実現に移せば米国のエネルギー価格は間違いなく上昇する。米国人がそれをどの程度受け入れるかは未知数である。

 温暖化政策は極めて党派性が強く、トランプ政権がオバマ政権の施策を全否定したのと同様に、バイデン政権が誕生すればトランプ政権の施策が全否定されることになる。2050年ネットゼロエミッション目標、2035年電力セクターネットゼロエミッション目標、化石燃料の取り扱い、化石燃料技術の輸出、NDCの引き上げ、国境調整措置等、日本にとっても大きな影響をもたらすだろう。世論調査ではバイデン候補優位が伝えられており、日本の官民も米国の政策が180度転換する可能性を念頭に頭の体操をしておくべきだろう。

注1)
https://joebiden.com/climate/
注2)
https://climatecrisis.house.gov/sites/climatecrisis.house.gov/files/Climate%20Crisis%20Action%20Plan.pdf
注3)
https://www.hillaryclinton.com/issues/climate/
注4)
http://www.apnorc.org/projects/Pages/Is-the-Public-Willing-to-Pay-to-Help-Fix-Climate-Change-.aspx