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コロナ禍はドイツの環境政策をどう変えるか(その2)


読売新聞編集委員


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 前回は、ドイツが新型コロナウイルス感染拡大への対策で忙殺されているために、ドイツの環境政策が滞っていることを指摘した。今回はそれに続いて、前回6点列挙した②以降の影響について、逐次見ていきたい。


画像提供:PIXTA

 ②で指摘したのは、コロナ禍に伴う経済活動の急速な縮減で、ドイツの温室効果ガス(二酸化炭素)排出量が劇的に減ったことである。一旦は断念された1990年(排出量12億4800万トン)比で40%の削減(7億4880万トンへ)という今年(2020年)の目標は、皮肉なことに優に達成できる見通しとなってきた。
 公共放送ARDが、ベルリンのエネルギー問題研究機関「アゴラ」の調査を元に報じているところでは、今年は前年に比べ5000万トン~1億3500万トンの二酸化炭素削減が実現でき、その結果、目標値よりもかなり少ない6億7000万トンまで削減できる可能性がある。 
 言うまでもなく、これはドイツに限ったことではなく、全世界がそうである。国際エネルギー機関(IEA)によると、今年の全世界の二酸化炭素排出量は8%減る見通しという。これは過去、石油危機、ソ連崩壊、金融危機の時を上回る減少率である。
 また、ARDによると、③窒素酸化物(NOx)排出量についても4月半ばに衛星を使い計測したところ、前年と比較して30%減少していた。これもヨーロッパの他の主要国でも同じ傾向だった。
 ただ、コロナ禍はいずれ収束するし、経済活動も次第に回復する。従って多くの識者がこの現象は一時的という見方でも一致している。そして⑥と関わるのだが、ドイツ、欧州連合(EU)や国際機関の関係者から、「コロナ後」の経済復旧を地球温暖化対策に結びつけることが提唱されている。すでに策定した「欧州グリーンディール」を実行に移し、経済をただ元の状態に戻すのではなく、「グリーン経済」の方向に政策誘導する方針である。
 ARDによると、ドイツ連邦環境庁長官のディルク・メスナーは「コロナ後の景気対策パッケージは、雇用や経済の支援とともに、欧州グリーンディールと温暖化対策を進めねばならない」と発言している。ファティ・ビロルIEA事務局長は「コロナ危機はグローバルなエネルギー転換を促進する機会」と発言している。欧州議会の資料を読むと、オンラインでの学習、買い物、会議、医療などはコロナ後も続くと見て、それが低炭素社会を促進するとの見方もある。
 ただ、多くの人にとって、コロナ禍が収束しない中、二酸化炭素削減目標が達成されたと聞いたところで格別の喜びもないだろう。収束後も当面は傷ついた経済をいかに早く復旧するかに精一杯となるに違いない。
 世界経済の急減速に直面する自動車などの産業界からは欧州委員会に対して、厳格な二酸化炭素排出規制の延期を求めるロビー活動が強化されている。5月12日には元EU幹部らが連名で欧州委員会宛てに書簡を送り、「(世界の)いくつかの国々はEUよりも早期危機脱出を目指し、不公正、不可逆的に市場シェア(占有率)を奪おうとしている」と露骨な警告を発した。ドイツでも経済界と「緑の党」や環境団体との攻防が激しくなることは確実で、コロナ後のヨーロッパ、ドイツの経済がより「グリーン」になるかどうかはまだわからない。
 ④の電力料金の見通しだが、景気の落ち込みで電力卸売市場に於ける電力価格は下落している。しかし、家庭用電力料金は上がる見通しと報じられている。市場価格が下がっても消費者が支払う電力料金は上昇するという不思議な現象はどうして起きるのか。
 ドイツの家庭用電力料金の価格は2000年からほぼ一貫して上昇してきた。2000年に1キロワット時当たり13.94セントだったのが、2020年は31.37セントと2.25倍の上昇である。
 電力料金は大きく言えば、①いわば電力本体の価格と言える「調達と販売コスト」。基本的に電力卸売り市場の価格が反映する②送電線利用者が送電事業者に払う「送電コスト」③税金、賦課金などその他のコスト――の三つに分類される。この約10年の間、電力本体の価格はほぼ横ばいだった。家庭用電力料金上昇の主な原因は、②③の送電費用、税金、賦課金が上昇したためである。ドイツは脱原発や再エネ導入、そのための高圧送電線建設などを柱とする「エネルギー転換」を急いできたが、そのためのコストが消費者の負担になって来たと見ることが出来る。
 2020年の家庭用電力料金(年間3500キロワット時を使用する)の内訳は、税金、賦課金が52.5%、送電費用24.6%を占め、電力本体の価格は、22.9%を占めると見積もられている。つまり、電力の市場価格が下がっても、家庭の電力料金には相対的に反映しない構造がすでにできあがっている。

 そこにコロナ禍が襲来した。ドイツの新聞「ターゲスシュピーゲル」によると、急激な需要減で、電力卸売価格はしばしばマイナス価格が発生するほど低くなっている。そうした状況で発電事業者は、発電した電力を顧客売るのではなく、市場で調達した電力を顧客に契約した価格で売って利益を得ている。こうして発電事業者は石炭発電所の出力を減らしたり停止したりしている。原子力やバイオガス、風力、太陽光発電は出力調整が難しいので発電量に変化はない。
 市場価格が下落して家庭の電力料金は下がるか、というと残念ながらそうではない。まず家庭はすでに固定した価格で契約を結んでいる。それに加えて電力本体の値段は電力料金の一部に過ぎない。市場価格と再エネが保障されている買い取り価格の差額は賦課金として家庭が負担することになる。2021年には家庭の年間の電力料金は50ユーロ上昇する見通しである――
 「ターゲスシュピーゲル」が報じる家庭用電力料金上昇のからくりは以上の通りである。簡単に言えば、低コストの石炭発電の割合が低くなる一方、買い取り価格が保障されている再エネの割合が高くなり、賦課金が高くなる分、家庭の電気料金が上昇するのである。
 長期的には、固定価格買い取り制度による買い取りの保障期間は20年で、この制度がスタートした当初に稼働した再エネ施設から徐々に期限を迎えている。従って、賦課金上昇は今後抑えられるだろうが、他方、高圧送電線建設費用や、再エネの不安定な発電を調整するための再給電指令(Redispatch)の費用は上昇している。当面、電力料金の上昇には歯止めがかからないのではないか。
 「ターゲスシュピーゲル」の記事も、電力料金上昇に加え、外出制限で自宅での電力消費量が上がっていること、他方、時短労働でなどで賃金が目減りしている家庭が多いことから、今後大きな問題が起きると予想している。ユーロ危機や難民危機ですでに深まった社会の分断が、コロナ禍を経過し一層深刻化しそうである。
最後に⑤で指摘した政治的な影響については、やや大きな話になるので稿を改めたい。



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