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IEAのSustainable Recovery Planについて(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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 前回の投稿ではIEAのSustainable Recovery Plan の概要を紹介した。まず世界がポストコロナを模索し始めた中で、いち早くこのようなレポートをタイムリーにまとめたファティ・ビロル事務局長の機敏さと政治感覚に敬意を表したい。そのときどきの世界の関心を的確にとらえ、議論のベースとなる分析を提示するのは彼の真骨頂である。その上でいくつか感想を述べたい。

 第1に本レポートではレファレンスケースが見えない。IEAのWorld Energy Outlook では世界全体及び主要な地域・国ごとにレファレンスシナリオが示され、次に別なシナリオ(例えば450シナリオ、持続可能シナリオ)を設定し、両者のエネルギーミックス、電源構成、エネルギー投資金額、CO2排出量などを比較するのが通常のアプローチである。石油価格の大幅な低下、経済の停滞等、エネルギーをとりまく環境が大きく変化する中で、今後数年間のエネルギーシナリオがどうなるかは多くの読者にとって非常に興味のあるところだろう。しかしこのレポートではSustainable Recovery Plan が行われない「自然体」において2021年~2025年の世界及び主要地域のエネルギー需給状況はどうなっており、それがSustainable Recovery Plan の実施によってどう変わるのかが示されていない。GDPが3.5%増加するとか、CO2が35億トン低下するといっても、それは「Sustainable Recovery Planが存在しない場合」と比較してであって、そもそものGDP、CO2排出量の想定がわからなければ評価のしようがない(なお、その1で示したCO2排出量のグラフはレポート本文には出てこない)。またレファレンスケースにおいては1兆ドルの投資が別な用途に使われているのか、1兆ドル分投資額が少ないのかもわからない。裏づけとなる計算の主要条件が示されていないことは、分析の透明性を損なうことにつながりかねない。それはIEAの本意ではないであろう。

 第2に本レポートでは専ら世界全体の数字が提示されているが、こうした世界全体の数字が各国の政策判断にどの程度参考になるのか疑問を感じた。コロナによる経済被害、エネルギー資源賦存状況を含め、各国のおかれた状況は全く異なる。各対策の雇用創出効果もCO2削減コストも国によって大きくばらつくはずだ。このレポートであげられた施策は「メニュー」として有益かもしれない。しかし各国は自国の状況に即してその中から取捨選択し、Recovery Plan を作ることになる。ここに挙げられた施策はEUの欧州グリーンディールに非常に近い(欧州諸国はIEAに対してエネルギー転換に関する多額の任意拠出を出しているそうなのでそれも当然かもしれない)。したがって欧州にとっては違和感がないであろうが、今後、エネルギー需要、CO2排出が急増するアジア諸国にとってはどうであろうか。中国は既に第1四半期で昨年1年とほぼ同量の石炭火力発電所の設置許可を出した注1) 。インドではモディ首相が石炭セクターへの民間資金導入を発表した注2) 。いずれもSustainable Recovery Plan とは真逆の方向である。Sustainable Recovery Plan では電力セクターにおいて再エネ電力の拡大と送電網の強化を強く推奨しているが、同時にガス火力や石炭火力が電力安定供給、電力システムの安定、電力価格の安定(affordability)に貢献していること、石炭からガスへの転換は石炭が安価なアジアでは容易ではないという点も明記されている。化石燃料が悪玉扱いされている欧州ではこのような記述をするだけでも勇気がいるかもしれない。エネルギー専門機関としてのIEAの見識を示したとも言える。しかし、この点はSustainable Recovery Plan の結論には影響を与えておらず、アジア諸国が安価な石炭から天然ガス、再エネに転換する道筋が見えない。途上国における石炭からガスへの転換方法として、強力なカーボン価格の設定で石炭とガスの発電コストを逆転させるという手法が示されているが、新型コロナの影響で痛んでいる途上国で電力料金を上昇させてまで石炭火力発電を減らすことはSustainableとは言えないだろう。Forbes でTilak Doshi は「グリーンリカバリーは欧州諸国や民主党の米国では採用されるかもしれないが、途上国には評価されないだろう。彼らにとって持続可能性とは生活水準の向上であり、経済成長が政府の正当性を主張する最重要課題である。IEAのSustainable Recovery Plan は途上国にとって持続可能ではない」と論評している注3)

 第3に本レポートでは地政学、地経学的な現実への視点が希薄ではないかと感じた。現在、資源国は化石燃料価格の暴落にあえいでいるが、輸入国は化石燃料輸入コスト低下で便益を受けている。Sustainable Recovery Plan が実施され、世界の石油消費が更に低下すれば資源国の苦境は更に強まるだろう。IEAは石油価格の低下を利用して化石燃料補助金のフェーズアウトに取り組むべきとしているが、化石燃料補助金が最も多いとされる中東諸国でこれを実施すれば国内ガソリン価格の引き上げに直結する。石油価格低下による財政難からつい最近、消費税を3倍に引き上げたサウジアラビアにおいてガソリン価格を引き上げることは社会の不安定化を招くのではないか。産油国の不安定化は将来の石油供給のリスク要因になり、中東依存度をますます強めているアジア諸国にとっても対岸の火事ではない。またSustainable Recovery Plan に基いて各国において太陽光、風力が大幅導入された場合、太陽光パネル、バッテリー供給で高いシェアを占める中国が利益を得ることになる。しかしコロナ禍をきかっけに米中新冷戦を含め、世界の中国を見る目が厳しさを増している中で、中国もしくは中国の強い影響下にあるレアアース生産国への依存増大をそのままにしてよいのかという議論は出てこないだろうか。更に1兆ドルの半分以上は途上国における投資とされているが、コロナ禍によって途上国への官民の資金移転が大きく低下していることはレポートで指摘されている通りである。コロナ禍で世界中の経済が大きな打撃を受け、各国が自国の経済再生に注力しなければならない中で、途上国支援にどの程度リソースを避けるかは未知数である。

 第4にエネルギー価格上昇についての問題意識が不十分ではないかと感じた。電力部門における中心施策は変動性再エネの拡大と送電網の拡大である。太陽光と風力のコストが大きく下がったので、リーマンショック後に比してその導入がはるかに容易だと説明されているが、それでも政策的支援は引き続き必要だとも書かれている。1兆ドルの7割は民間投資なので、再エネプロジェクトを公共資金で丸抱えするのではなく、FIT等のように最終消費者がコストを負担する間接補助が想定されているのだろう。レポートでは変動性再エネ増大にともなうシステム安定の課題についても記されているが、こうしたシステムコストも大半は最終消費者が負担することになる。そうなれば電力料金が上昇することは不可避であろう。バイオ燃料についても同様である。石油価格が大幅に低下した中でバイオ燃料を推進しようとすれば、その差額分を全額政府が負担しない限り、消費者負担は増大するだろう。IEAレポートでは、燃料転換と省エネによって消費者の石油燃料負担と電力料金負担は低下するとされているが、省エネのベネフィットは省エネ投資を行った消費者しか得られないのに対し、エネルギー価格の上昇は全ての消費者にかかってくる。コロナ後の経済困難の中でエネルギー価格の上昇は特に途上国においては最も不人気な政策であろう。

 IEAはこれまでのWorld Energy Outlook でもレファレンスシナリオとは別に450シナリオ、持続可能シナリオを提示し、これらを実施すればエネルギーセキュリティ、温暖化防止を両立することが可能とのメッセージを出してきたが、現実はそれとは異なるパスを辿ってきた。コロナ禍という未曽有の経済危機の中でそれが大きく変わるであろうか。筆者はあまり楽観的にはなれない。

 筆者は経済対策の中でグリーンリカバリーの要素を盛り込むことに賛成である。IEAのSustainable Recovery Plan はメニューとして有益であろう。ただ、どの施策を採用するか、それぞれの雇用効果、CO2削減コストについては日本のおかれた状況を踏まえたものでなければならない。日本の状況に照らせば、IOT等を活用したエネルギー消費のスマート化、送電網の強化・スマート化、エネルギーイノベーション等は費用対効果を精査した上で是非盛り込むべきだと考える。再エネの大幅拡大については、FIT賦課金負担が既に2030年に4.5兆円に達するとの電中研試算注4) を考えると費用対効果の面で疑問を感じる。CO2削減に本当にまじめに取り組むのであれば、最も費用対効果の高い原発の再稼働、運転期間の延長を行うべきではないか。

注1)
http://ieei.or.jp/2020/06/special201705017/
注2)
http://www.thegwpf.com/india-unleashing-coal-pm-modi-announces-new-coal-boom-privatisation-of-coal-mines/
注3)
https://www.forbes.com/sites/tilakdoshi/2020/06/21/the-ieas-sustainable-recovery-plan-is-not-sustainable/#11a619ad6230
注4)
https://www.denkishimbun.com/sp/61384