途上国の森林減少と地球温暖化

― REDD+ は熱帯林を救うか ―


林野庁計画課海外林業協力室 室長

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 森林は陸上で最大の炭素の貯蔵庫であるのみならず、水や食料、エネルギー資源、気象災害の緩和や生物多様性の保全など、人類の生存に欠かせない多くの便益をもたらしている。しかし、ひとたび開発や火災により森林が失われると、数多くの便益が失われることに加え、蓄積された炭素が大気中に放出され、地球温暖化の要因となる。このような森林由来の二酸化炭素排出量は産業革命以降の累積排出量のおよそ三割を占める(図1)とともに、現在の人為的な排出全体のおよそ一割を占める(図2)とされている。


 世界の森林の減少スピードは過去30年ほど減速傾向にあるものの、現在も年間330万ヘクタールに及ぶ。その多くはアフリカ、ラテンアメリカ、東南アジアなどの熱帯林の分布する発展途上国で発生し、要因のおよそ8割は農業活動であるとされる(図3)。肉牛や大豆、パームオイル、コーヒー豆といった輸出用の商品作物のための農地の拡大のほか、人口増加に伴う自給的な農業の影響も大きい。熱帯林保全は経済開発や食料安全保障、エネルギー供給といった、重要な課題とのトレードオフの関係に置かれ、過去半世紀以上にわたって様々な対策や支援が行われてきたがいまだ解決に至っていない。

 このような中、2005年の気候変動枠組条約11回締約国会合(COP11)において、パプアニューギニアとコスタリカが、途上国の森林減少・劣化からの排出削減に対して経済的なインセンティブを付与する仕組み、後にREDD+(レッドプラス)注1) と呼ばれることになるコンセプトを提案した。
 REDD+は、発展途上国各国の過去の森林面積の推移等に基づいて将来の森林減少・劣化による排出量を推測し、これをベースラインとして、対策を実施したことによる実際の排出量との差分に応じた経済的なインセンティブを付与するというものである(図4)。主な対策としては、農地開発に代わる代替生計手段の提供や、土地利用区分の明確化、森林のパトロールの強化などが想定され、事後に削減実績に応じた経済的なインセンティブを付与する。これにより、森林保全と経済的な要因とのトレードオフを解消し、発展途上国の中での政策的な優先順位を上げることが期待されている。

 REDD+が提案されて以降、各国際機関やわが国をはじめとする先進各国は、発展途上国に対して、体制整備や対策の実施に必要な資金や技術を提供してきた。多くの発展途上国で、人工衛星画像の解析技術などを活用した森林の観測体制の改善や、森林保全事業の実施体制を強化するための森林担当省庁の職員能力の強化等が行われてきた。REDD+の基本コンセプトである排出削減量に基づくインセンティブの支払いについては、世界銀行やノルウェー、ドイツなど複数のドナーが資金を投入しているが、中でも代表的なものとして緑の気候基金(GCF)による「結果ベース支払い」が挙げられる。

 GCFはREDD+の結果ベース支払いのパイロット事業として、2014年から2018年までにかけて発展途上国がREDD+活動を通して達成した削減量1トンに対して、5ドルを支払うこととしている。全体の上限は5億ドルであり、支払いが行われた削減量について他の目的に使用することはできないが、自国の掲げる削減目標の達成に使用することは認められている。
 森林問題に取り組む発展途上国各国はこのGCFの結果ベース支払いに大きな期待を寄せ、資金の獲得に向けた森林保全活動を加速しようとしている。また、REDD+は、パリ協定5条の下でその実施と支援が奨励されており、今後6条のメカニズムも活用し、官民の資金と技術のさらなる動員につなげることが期待されている。しかし一方で、このような経済的なインセンティブが提示されることによって、政府や民間企業による森林の囲いこみが起き、森林に生活を依存する地域住民や先住民の利益が損なわれるなどの負の影響が生ずるのではないかという懸念も指摘されている。また、不適切なベースライン設定や支払い後に森林が伐採されることによって期待したような削減効果が得られないのではないかといった批判的な見方もある。これらの課題については気候変動枠組条約の下で長年にわたり検討し、一定のルールに合意しているが、今後の運用の中でさらに制度の実効性と信頼性を確立していくとともに、確実に成果を挙げていく必要があるだろう。


熱帯林に蓄積された炭素量を推計するための科学的データの取得。
(写真提供:国立研究開発法人 森林研究・整備機構)

注1)
Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation in Developing Countries; and the role of conservation, sustainable management of forests and enhancement of forest carbon stocks in developing countries の略称。