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「居住地から1キロ離せ」――風力発電への逆風


読売新聞編集委員


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 ドイツを最近旅した人であれば自明のことだろうが、ドイツ全土、至る所に風力発電の風車が林立している。風車の姿が見えない場所を探すことはもはや難しいのではないか、と思えるほどだ。


上空から見た風車群。こうした風車群はドイツ全土、至る所で見ることが出来る
(2009年8月、ドイツ北部エムデン近郊で、筆者撮影)

 ドイツの風力発電の導入はこの10年余り、順調に伸び続けてきた。風車の数はドイツ全土で約3万機に達している。2018年、陸上風力発電は総発電量の14.3%を占め、洋上風力発電の3%、太陽光の7.1%よりはるかに多い。2019年の風力発電量(11月まで)は、風況に恵まれ、10万8000ギガワット時となった。すでに昨年1年間の水準に達し、これまでで最大である。総発電量の35%を占めるようになった再生可能エネルギーの中でも、中心的な位置を占めている。
 その陸上風力発電に今逆風が吹いている。風車建設への反対運動がドイツ各地で起きているのである。
 ドイツの報道では、住民運動の反対理由は、野鳥が羽根にぶつかって死ぬ、地下水が汚染されるなどだが、一番の理由は景観が破壊されることだろう。私はドイツ特派員時代の2011年に、ブドウ畑が広がるラインヘッセン地方の400年続くというワイン醸造所を訪ね、そこの当主に話を聞いたことがあるが、彼が「ブドウ畑の周辺に風車100基を立てられるより、原発1基で電気をまかなった方がいい」と言い切ったのが印象的だった。確かに醸造所の周辺を歩くと、低い丘にブドウ畑や森が連なり、この景観を破壊されたくないという彼の愛着には、十分に共感することが出来た。
 ドイツの公共放送ARDによると、風車の新規の設置数は2016年1624基、17年1792基と増えてきたが、18年は743基に急減し、19年も9月までに150基しか建設されていない。
 反対運動の高まりを受けて、政府も風車建設と住民の懸念との間のバランスを取る必要に迫られた。すでに、メルケル第4次政権(2018年3月に発足)の連立与党間の連立協定に、「再生可能エネルギー分野と自然保護、住民の関心とのバランスを取ること」と盛り込まれているが、今年10月9日に閣議決定された、地球温暖化対策のための中期計画「気候保護プログラム2030」(「気候パッケージ」と呼ばれる)で、「今後、居住地から少なくとも1000メートル以内には風力発電施設を新設したり、増強することは出来ない」と明記された。政府の意図は、住民への配慮を示すことで反発を少しでも和らげ、風車受け入れを促したい、ということだろう。
 しかし、こうした政府の動きに対して、ドイツ環境自然保護連盟(BUND)などの環境団体や、緑の党が強く反発している。居住地の1000メートル以内に風車の建設が出来ないとなると、すでに建設に適した土地が少なくなってきた中で、建設の困難さが一層増すと見ているからである。
 ARDが、環境研究機関の分析を元に報じるところでは、この措置が実施されれば、現在風車の建設が可能な土地の約半分は使用できなくなる。さらに増強(更新)も禁じられることから、長期的には風車の数が減ることも予想される、という。
 ドイツ政府は2030年までに再生可能エネルギーの割合を65%にまで高める目標を掲げている。そうでないと、同年までに温室効果ガスを55%削減する目標達成は出来ない。
 フィナンシャルタイムズ紙によると、温室効果ガスの削減目標を達成するためには、毎年少なくとも4ギガワットの新たな陸上風力を設置しなければならない。しかし2019年の新設予定は1ギガワットにも満たない、という。現状では目標達成はおぼつかないし、1000メートルの規制が予定通りに実施されれば、さらに風車建設のスピードが落ちるだろう。今のドイツ政治で環境政策の持つ比重は高いから、風車の建設の遅れは深刻な政治的意味を持つことになる。
 「気候パッケージ」を元にした「気候保護法」は11月29日に成立し、なおも細部が法制化されるが、政府の地球温暖化対策は不十分として「気候保護法」に反対する大規模なデモがベルリンなどで起きている。
 また同じ日、ドイツ北部5州の州首相が記者会見を開き、風力発電分野が「死活的な危機」にあるとした上で、洋上発電や送電線の建設促進、許認可手続きの迅速化などを要求する緊急書簡を、メルケル首相宛てに送ったことを明らかにした。会見で州首相たちは、風車建設の減少により4万人の職場が失われ、1000メートルの規制は逆効果になると政府の政策を批判した。
 風力発電を増やそうとすれば、洋上(オフショアー)風力発電の比重を高めることが一つの方法である。グラフにあるように、洋上風力はこの5年ほどで急速に伸びてきた。固定価格買い取り制度を終え、入札によって建設企業を決定しているプロジェクトも出ている。


増える再生可能エネルギーの発電量
出典:エネルギー収支統計協会(AGEB)

 ただ、陸上風力発電施設の場合、建設費は1メガワット当たり100万~140万ユーロなのに対して、洋上風力は250万~400万ユーロとかなりの開きがある。また、北海やバルト海に洋上風力を建設しても、電力を必要とする南部とを結ぶ高圧送電線の建設が進まない現状は続いている。近いうちに洋上風力の建設にブレーキがかかる可能性も否定できない。
 風車建設問題は10月27日に行われた旧東ドイツのテューリンゲン州議会選挙でも争点となった。同州は低山地帯に「テューリンゲンの森」が広がる風光豊かな土地であり、他州に比べて風車の建設は進んでいなかったが、今回審判を受けた左派党、社会民主党(SPD)、緑の党が連立した州政府は、風車の増設を進める方針を掲げていた。
 これに対し選挙では、右派ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が風車建設反対を争点の一つとし、23.4%の得票率を挙げた。以前この欄でも指摘したが、ユーロ、難民受け入れに続き、AfDは環境問題を支持獲得のための第3の争点に取り上げている。
 地球環境保護を理由にした風車建設が、景観保護を求める住民運動により遅れを余儀なくされている現状は、環境問題でドイツが直面するジレンマを物語っている。



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