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欧州ガスパイプラインの歴史的背景(その4)完


ジャーナリスト


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 今回は、Thane Gustafson, The Bridge: Natural Gas in a Redivided Europe, Harvard University Press, 2020に沿って、ロシアの天然ガスパイプラインの歴史を辿る試みの最終回で、ロシアードイツ関係の対立と野合の絡み合いを描いてみたい。


2009年7月16日、ドイツ南部ミュンヘンの旧王宮レジデンツで開かれた「ペータースブルク対話」に出席したメドベージェフ・ロシア大統領(当時)(手前)とメルケル・ドイツ首相(右奥)。
ロシア・グルジア(ジョージア)戦争の後だったが、ドイツ・ロシア間には対話の機運が維持されていた。
(筆者撮影)

 同書によれば、ガス事業を巡る両国関係史は、1970年代~1990年、1990年代~2005年、2005年~現在――と三つの時期に分けられる。これまでの回の叙述と重複するが、簡単に振り返りたい。
 まず第1の時期。ガス事業は、主にソ連と西ドイツという体制、イデオロギーが異なる二つの国の間の商取引だったが、ソ連の計画経済と西ドイツの地域独占経済は、実は相性が良くうまく機能する関係だった。
 その土台に合ったのが長期契約関係で、当事者同士の面識や信頼があり、片方が一方的に損失をこうむってはならないという非公式の了解すらあった。こうして、市場価格の変動や政治的なリスクの中を、20年以上も切り抜けることができた。
 第2の時期は冷戦の崩壊、ソ連の消滅という歴史的な出来事があり、ロシアを始め東欧諸国の経済は大きな混乱に陥った。ただ、経済を中心に欧米諸国との関係が深まり、経済的復興がなされれば、やがてロシアも自由民主主義体制へと収斂していくだろう、という楽観論がまだあった時代である。
 この時期、欧州連合(EU)もいろいろとロシアを欧州の体制や価値に引き込もうと様々な働きかけを行った。ただ、ロシアにとって最も重要な相手はドイツだった。ガス事業に関して言えば、双方とも自分の事業への参入を許すことには抵抗もあったが、ドイツ企業がロシアのガス田開発に参入し、ロシアの国営ガス会社「ガスプロム」がドイツで企業や発電所を顧客としたガス販売に参入するなど、関係は深化した。
 政治的にも、ドイツのコール(Helmut Kohl)とロシアのエリツィン(Boris Yeltsin)、シュレーダー(Gerhard Schröder)とプーチン(Vladimir Putin)という首脳同士の関係は良好で、「無限の可能性がある市場」であるロシアに対する期待は高かった。
 シュレーダーは当初、コールとエリツィンとの関係は親密すぎると批判的だったが、プーチンと初会談から個人的にも馬が合った。その「親しい友人」関係が実を結んだ結果が、2005年9月にガスプロムや、ドイツのエネルギー大手E.ON、化学大手のBASFが調印したバルト海の海底パイプライン「ノルトストリーム」(以下NS)プロジェクトだった。
 この敷設に対して、東欧諸国は強く反発した。ポーランドの外相シコルスキ(Radoslaw Sikorski)は、ナチドイツとソ連の間で1939年、ポーランドの分割を決めた「モロトフ・リッベントロップ秘密議定書」に匹敵する、とまで言って激しく非難した。ロシアからドイツに、ポーランドを経由することなく直接ガスを供給できるようになれば、ロシアはポーランドへの供給を止めることが容易となり、ポーランドに対する政治的な圧力をかける手段とするのではないか。ドイツはそれを黙認するのではないか。ポーランドの両国に対する、歴史的経験に根ざした抜きがたい不信感を表した言葉だった。
 ただ、西欧諸国やEUの評価はおおむね肯定的だった。ドイツ国内ではシュレーダーがロシアの人権問題に口を塞ぎ、経済利益のみを追求したことに反対意見もあったが、ロシアとの経済関係を進めることに大勢は依然として前向きだった。


「ペータースブルク対話」に出席したゴルバチョフ・元ソ連大統領(右から2人目)とテルチュク・元ドイツ首相顧問(同3人目)
(筆者撮影)

 2005年のメルケル(Angela Merkel)政権発足からが、第3番目の時期である。プーチンは、ロシアの再興を図り権威主義的傾向を強めたことから、欧米との関係は緊張を孕むものとなっていく。その一つの現れであるロシアーウクライナ関係の悪化と、欧州へのガス供給停止については前回たどった。ドイツでもロシアに対する懐疑的な考えが、少なくとも表面上は、徐々に優勢になっていった。
 メルケルはシュレーダーのように、プーチンに対して人間的な親近感を抱けず、両者の間の関係も悪化していった。ロシアで相次ぐ反体制派やジャーナリストに対する暗殺事件や、2014年のロシアによるクリミア編入、ウクライナ東部州への軍事介入は、メルケルにとってとうてい受け入れられない行動だった。これに対する米国が主導した対ロシア制裁に加わり、いまも制裁堅持の姿勢を取っている。
 一般的にSPDの方が親ロシア的傾向が強い。NSの時、推進役だったのは社会民主党(SPD)のシュレーダーだったが、NS2の一番の推進役は、やはりSPDの副首相兼経財相のガブリエル(Sigmar Gabriel)だった。クリミア併合からまだ1年余りしか経っていない2015年10月、モスクワ近郊のプーチンのダーチャ(別荘)を訪問して会談し、NS2の推進支持を明言した。
 この会談は録音されており、翌日のロシア大統領府のサイトに公表された。ドイツメディアは「ガブリエルはNS2のロビイストのようだ」などと批判したが、ドイツが自国の経済的利益を第1に行動する姿勢を垣間見せたと受け止められた。
 こうして2017年4月、ガスプロムとフランスのエンジーなど欧州のエネルギー大手5社がNS2建設の調印を行い、翌年5月から敷設工事が開始された。
 人権問題に価値を置くメルケルも、この問題に関してはプラグマティストの側面を発揮した。メルケルは、2018年にロシアのソチでプーチンと会談した際、ウクライナ経由のガス供給の継続を条件に、NS2へのドイツの支持を伝えた。
 これに対し、プーチンは「経済的に意味がある限りそうする」と返答し明確な言質を与えなかった。また、ポーランドなど東欧諸国は、NSに比べても強くNS2に反対したし、米国のトランプ政権も建設開始直後から、プロジェクトに参加する企業への制裁をちらつかせて敷設に反対した。しかし、メルケルは「NS2は民間経済のプロジェクト」と述べて、工事を進めてきた。
 NS、NS2は西シベリアのガスを欧州に送る最短ルートであり、確かにウクライナ経由よりも40%~50%程度のコストで運搬できる。また、脱原発、脱石炭を目指すドイツとしては、少なくともしばらくは、安定的なエネルギー源として、天然ガスに依存せざるを得ない。
 他方、最近のドイツのガスパイプライン反対論は、化石燃料一般の廃止を主張する環境主義に基づく傾向も強まっている。今年9月の下院議会選挙で、こうした主張を掲げる環境政党「緑の党」の政権入りの可能性が高い。同党は人権問題などでもロシアに対して厳しい姿勢を取る。
 バイデン政権になり、米国も表向きはNS2反対の姿勢を変えていないが、すでに工事は完成に近づいているし、米国も条件付きで稼働を認めたと報じられていることは前々回言及した。
 不確定要素はあるが、予定より遅れるもののNS2は稼働を開始するだろう。それによって、欧州は全体の天然ガス消費量の半分をロシアに依存することになる。そのことが果たしてどんな影響を欧州の政治経済、外交に与えるか、注視しなければならない。


「ペータースブルク対話」で議論するドイツ、ロシアの参加者たち
(筆者撮影)

 こうしてみてくると、ドイツはロシアに対し、政治的にはその権威主義的体制や人権問題を批判しながら、エネルギー問題ではしっかりと手を結ぶという、相矛盾する姿勢を取ってきた。
 Gustafsonによれば、欧州にはロシアとの経済的関係を重視するグループと、地政学的な考え方をするグループという二つがある。前者にはガス産業界や政府の経済省があり、後者にはロシアはガスを政治的武器として扱っていると見る外交、安全保障の専門家が属する。
 この違いはまた欧州諸国間でも現れる。西欧はリベラリズムが広がり、特に産業界は経済関係を重視する意見が大勢を占めるが、東欧は地政学的な考え方が支配的である。ドイツは東と西の真ん中に位置する「中欧」の国であり、アンビバレントで複雑な様相を呈する、という。
 この分析に間違いはないのだろう。ただ、私の感覚ではドイツ人とロシア人の間にはどこか、馬が合うような、相通じるような関係があるように思う。
 前駐日ドイツ大使のフォン・ヴェルテルン(Hans von Werthern)が2014年だったと思うが、日本記者クラブで行った講演で、私が「天然ガスの対ロシア依存は、エネルギー安全保障上問題はないか」と質問したところ、「冷戦時代も一度もガス供給が滞ったことはない。ロシアはエネルギー輸出に依存しており、全く懸念していない」と答えたのを印象深く記憶している。
 18世紀の皇帝エカチェリーナ2世はドイツ人だったことは有名だが、ロマノフ朝には多数のドイツ人官吏が仕えていた。第1次、第2次世界大戦で数千万人の犠牲者を生んだ歴史もあるが、戦間期には軍事面での協力関係や、前述のように秘密議定書を結んで東欧を分割するといった悪魔的な振る舞いも厭わなかった。
 ドイツのロシアに対する、我々から見ればやや訝しく思われる信頼感は、こうした裏も表も知り尽くしたような相互関係の深さによるのかも知れない。
 多かれ少なかれ、どの国も「自国ファースト」であり、偽善的ともいえる振る舞いを余儀なくされることはあるだろう。ドイツの二面性をことさら揚言することは望ましくない。ただ、ドイツの場合は、人権問題などで掲げる理想主義的な「建前」と、したたかな「本音」の乖離が大きく、「建前」だけを聞いて判断すると大きく誤ることになる。ガスパイプラインをめぐるドイツーロシア関係史からはこんなことも教訓として得られるように思う。
 欧州のロシア(ソ連)天然ガスパイプラインを巡る歴史を振り返る回は、今回で完結としたい。



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