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中央銀行が環境問題に取り組む必要はあるのか?

~制御すべきは「気候」よりも「物価」~


みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト


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環境問題に中銀ができることがあるのか?

 今年11月にECB総裁に就任したラガルド氏は、約17年ぶりに行われる同行の金融政策戦略の改訂の一環として、気候変動に関する論点を組み入れることに関心を示しており、環境問題を金融政策運営における重要な論点にしたい意向を表明している。しかし、環境問題が重要だからといってそれを中央銀行が考慮すべきなのだろうか。率直に言って環境問題を斟酌した金融政策運営は無理筋と思えてならない。この点を①政策波及経路が想像できない、②役割区分を取り違えている、という2点から考察したい。気候変動が「重要か、重要ではないか」という視点ではなく、「中央銀行がやる筋合いなのか」という視点を持って評価すべきだろう
 まず①の「政策波及経路が想像できない」という思いは多くの市場参加者が抱くはずだ。そもそも庭先であるはずの物価や賃金ひいては景気の変動を制御することにも難渋しているのに、気候の変動ならば制御できるというのか。どういった手段や経路、そして確度を想定して政策運営をすれば気候変動に有意な影響を与えることができるというのか。また、それをどうやって検証するのか。気候変動は億年単位という時間軸で捉えるべき問題という声もあり、その変化を経済主体がはっきりと実感する頃には数世代が入れ替わるような時間軸の長いテーマだ。今起きている変動がいつ頃の経済活動に起因しているのか(あるいはしていないのか)を特定するのも難しいのにどうやって適切な金融政策を割り当てるのか。少なくとも目先の株価や為替に振り回される中央銀行が悠久の時を超えて変化が現れる環境問題の変数まで考慮するというのは些か尊大ではないか。また、別の論点として、本当に地球温暖化が人間の営む経済活動の活発化と因果関係があるならば、金融引き締めでその停滞化を図るのが正解ではないか。気候変動に対する金融政策の波及経路としては最もシンプルで腑に落ちる考え方に思えるが、納得はとても得られないだろう。

できることはあるのか?

 11月28日、クーレECB理事は「中銀が気候変動問題の克服で先頭に立つのは無理がある。これは政治の仕事であり、そうあるべき」と述べる一方、「中銀は各行に与えられた責務の範囲内で支援を行うことはできる」と表明している。筆者は基本的に前者の立場だが、敢えて支持するならば、この後者の「責務の範囲内で支援」の量感をどの程度と捉えるかだろう。
 この点、量的緩和政策(QE)において環境に配慮した事業が発行するグリーンボンド(グリーン債)を多く購入しようという「グリーンQE」なるアイディアがECB当局者の間で飛び交っている。しかし、グリーンボンド市場の規模は小さく、中央銀行が大量購入すれば価格形成を大きく歪める可能性があるのは想像に難くない。しかし、問題は債券市場の大小ではあるまい。今年10月、バイトマン独連銀総裁は「インフレ率が低い間だけ気候変動対策を続けなければならない理由は、ほとんど理解されない」とグリーンQEを批判してみせたが、筆者も全く同感である。環境対策それ自体が重要なテーマだとしても、QEとしてそれを支援するということは「金融緩和(≒QE)が不要の局面に入れば支援しなくてもいい」という意味も孕んでしまう。そうした要らぬ政治判断を迫られないために中央銀行には政治からの独立性が保証されているのではなかったのか。それ以外にも、常設されている流動性供給において中央銀行が民間銀行から受け入れる担保に関し、グリーンボンドの掛け目を優遇したりすることなども考えられる。確かにこの程度であれば、「責務の範囲内で支援」できる持続可能な措置と言えるかもしれない。だが、当該資産がどの程度、環境に優しい(あるいは優しくない)のかを定量的に評価できる尺度を用意しない限り、このようなアプローチも難しいだろう。

そもそも中銀がやるべきなのか?

 一方、環境問題が重要であり、中央銀行として支援できることがあったとしても、「本当にやるべきなのか」という根本的な疑問も残る。これが②の「役割区分を取り違えている」という論点だ。上でも引用したクーレ理事も述べるように、基本的に環境問題で先頭に立つのは「政治の仕事」であり、中立性が要求される中央銀行の仕事ではない。バイトマン総裁も「気候変動問題の対策を打ち出すのは選挙民によって選ばれた政府の仕事で、中銀が環境政策を推進する民主的な正当性はない」と明言している。例えば、上述した担保の取り扱いを環境基準で差別化するというアプローチ1つ取ってみても、中央銀行が環境に優しい(あるいは優しくない)との評価を行い、私企業の資金調達の優劣にまで踏み込むことが適切なのだろうか。その際、中央銀行は環境の専門家ではないので、第三者から意見を聞くことになろう。しかし、その第三者が適切であったかも含めて議論を呼ぶかもしれない。そもそも物価安定に注力すべき政策運営に関与する主体が枝分かれしながら増えて行ってしまう自体、健全ではない。中立の立場から物価安定を追求するという当初想定された状況に比べればノイズが増えている感は否めない。

亀裂の「修復」ではなく「拡大」も

 そもそもラガルド総裁には前ドラギ体制で生じたメンバー間の亀裂を修復するにあたっての調整能力に大きな期待がかかっていると言われてきた。にもかかわらず、こうした新しい争点を持ち込んでしまうあたりに、初動としてはやや不安を覚えてしまうものがある。既にドイツははっきりと中央銀行が気候変動に関与することに反対の立場を表明している。亀裂の「修復」ではなく「拡大」をもたらすような一手にならないことを祈るばかりである。本テーマは中銀デジタル通貨(CBDC)と並んで、2020年に注目すべき大きな金融のテーマとなりそうだ。