ドイツを二分する炭素税


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「エネルギーレビュー」からの転載:2019年9月号)

 石油、石炭など二酸化炭素を排出する化石燃料に課税することにより燃料価格を上昇させ、結果として消費削減を狙うのが炭素税だ。税収を温暖化対策に使用すれば、さらに大きな効果を得ることができる。しかし、良いことばかりでは当然ない。ガソリン、軽油、灯油など燃料の価格が税額分上昇すると、産業と生活には大きな影響が生じる。

 2014年から二酸化炭素7ユーロの炭素税を導入しガソリンと軽油に課税しているフランスでは、予定していた二酸化炭素額の上昇に合わせ、昨年11月、2019年からの税額の上乗せを発表した。既に燃料価格上昇の影響を受けていた国民が、生活の足である車輸送のコスト上昇を受けることはできないと大きく反発した結果、「黄色ベスト運動」が全土に広がり大きな混乱を招いた。

 フランスのお隣ドイツでも炭素税導入を巡り、企業間、閣僚の間で意見が分かれる状況になっている。ドイツでは、温暖化対策に関し環境大臣と経済エネルギー大臣、財務大臣など主要閣僚との意見の相違が昨年から表に出るようになってきた。

 2030年のEUの再エネ目標27%引き上げが昨年6月議論された際には、経済エネルギー大臣が30%以上の引き上げは経済に大きな負担をもたらすと主張し、35%への引き上げを主張するフランスなど主要国、環境大臣と対立した。結果32%への引き上げでEU内で妥協がはかられた。

 閣内対立がさらにあからさまになったのは、自動車の排ガス規制を巡りEU内で昨年議論が行われた時だ。外務大臣、経済エネルギー大臣が欧州委貝会委員長に別々に書簡を送り、排ガス規制の強化に反対していたことが明らかとなり、環境大臣がどんな権限があり書簡を出したのかと怒りのコメントを出す事態となった。

 ドイツでは、2017年9月の総選挙後連立交渉が長引いたが、キリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD) の大連立が維持されることとなり、18年4月に第四次メルケル内閣が発足した。SPDのスベニャ・シュルツェが環境大臣に就任したが、直後に炭素税導入を支持する発言を行い、長い論争が始まることになった。

 昨年11月、フランスが炭素税引き上げを発表した直後、欧州一の発行部数を誇るドイツの大衆紙ビルトが、炭素税は燃料価格の引き上げにつながると環境大臣の構想を批判する記事を掲載した。今年2月には、54%が「炭素税を支持」との世論調査結果が発表されたが、同時に46%が「補償が必要」としている結果も明らかになった。

 今年4月、メルケル首相は国会答弁で炭素税も考慮すると言及した。ドイツは1990年比温室効果ガスを55%削減するとの2030年目標を設定している。この達成策を盛り込んだ温暖化法を2019年末までに決定予定だが、その中で炭素税も検討する予定だ。

 5月にはドイツ産業連盟が、炭素税導入は国際競争力に影響を与え、エネルギー多消費型産業の海外流失を招くとして反対の立場を明らかにした。環境大臣はEUの排出枠市場(EUETS) でカバーされない運輸、農業、住宅部門に課税する意向を明らかにしているが、アルトマイヤー経済・エネルギー相は、「炭素税は効果が明確でない。雇用と地方経済が重要」と反対している。連立協定の中に増税はしないことが明記されており、そのためかSPD出身のショルツ副首相兼財務相も炭素税に批判的だ。

 政界からは、EUETSを他分野に拡大すべき、あるいは周辺諸国と歩調を合わせるべきなどの意見も出ており、現状では、メルケル首相はドイツ単独の炭素税導入を認めないだろうとの観測も出ている。他国にも大きな影親を与えるドイツの炭素税の行方はどうなるのだろうか。

注:本原稿校了後に炭素価格に係わる以下の出来事があった。
 9月20日ドイツ政府は2030年に1990年比温室効果ガスを55%削減するための気候変動対策を発表した。その中には現在の欧州の排出枠取引市場に含まれない交通部門と建設部門を対象にCO21トン当たり10ユーロの排出枠取引を2021年から開始し、CO2価格を2025年までに35ユーロに引き上げる計画も含まれている。