見えてきたBrexit後の英国温暖化政策

英国は新炭素税導入後独自の排出枠市場創設に


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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英国の温暖化政策下の目標はBrexit後も大きな変化はない見込み
3月29日予定のBrexit後4月1日から英国はEU排出枠市場(EUETS)対象の約1000の事業所に二酸化炭素トン当たり16ポンドの炭素税を19年12月末まで導入。来年の税額は未定。現在EUETS対象の航空機は税の対象外に
現在EUETS下の排出量の検証を行っている英国の認証機関はBrexitにより資格を失う
EUETSの取引に係る英国企業はEUの他国で登録を行うことが推奨されている
2021年1月から英国排出枠市場を創設予定。英国はEUETSと英国排出枠市場のリンクを希望している

どうなるのかBrexit後のEUETS

 欧州では、EU28カ国とノルウェーなどの非EU 3カ国を対象に、31カ国間で二酸化炭素の排出枠取引制度(EUETS)が2005年から実施されている。英国も当然対象国であり、ビジネスには英国企業、金融機関も、認証機関、トレーダー、仲介業者等として関与している。英国がEUを離脱(Brexit)すれば、英国はEUETSからも離脱し、英国企業、金融機関はビジネスを失う可能性がある。BrexitはEUETSにどのような影響を与えるのだろうか。2050年に温室効果ガス80%減を掲げる英国の温暖化政策はどうなるのだろうか。まず排出枠取引制度、EUETSの簡単なおさらいをしておきたい。
 効果的に削減を進める方法として大規模な排出枠取引制度を世界で初めて導入したのは、米国だった。1990年に成立した大気浄化法改正案の中に石炭火力発電所から排出される硫黄酸化物(SOx)と窒素酸化物(NOx)を対象とした取引制度が導入された。この改正案を民主党議員は概ね支持したが、石炭州出身の議員は当然反対し、上院で採決が読めない状況となった。投票時に1名の議員が葬儀出席との理由で欠席し、一方、末期がんだった民主党議員が車いすで投票に駆けつけ賛成票を投じ50対49という僅差で可決された。
 制度の仕組みは簡単だ。例えば、SOxを削減するため脱硫装置を導入し、1トン当たり換算では削減コスト500ドルが必要なA発電所がある。B発電所は品位の良い石炭に購入を切り替えることができるためSOx 1トンの削減費用が100ドルだったとする。SOxの排出量に規制がかかり、各発電所が2トン削減することが要求されたとすると、この時、A発電所は削減を行わず、B発電所が4トン削減し、A発電所に2トンの削減分を売却する。売却価格は100ドル以上500ドル以下のどこかで決められる(100ドル以下ではB発電所は売却しない。500ドル以上ではA発電所は購入しない)。排出枠の取引により目標とする4トンの削減が実行されることになる。


Brexit賛成派と反対派が入り乱れる英国議事堂前

温室効果ガス‐二酸化炭素排出枠取引制度の難しさ

 95年から開始された米国の取引制度は機能し、削減が効果的に進んだ。この制度を温室効果ガス、二酸化炭素の削減にも利用できると考え導入したのが、欧州委員会だった。当初の対象は、発電所、製鉄所、セメントなどエネルギー多消費型の6業種、10000強の事業所だった。しかし、EUの制度は思ったように機能しなかった。理由はいくつかあるが、その主なものは次だろう。

石炭から排出される硫黄・窒素酸化物の量は、その時々であまり変動しない。石炭火力発電所のコストが低く石炭火力の稼働率が変わらないためだ。一方、エネルギー多消費型産業の中には景気の動向に生産が左右される業種がある。そのような業種は、生産が落ちれば二酸化炭素の排出量も減り、削減割当量を何もせずとも達成できる
欧州委員会は具体的な割り当てを各国政府に任せた。政府によっては自国の製造業への影響を恐れ、甘い割り当てを行った。その結果、なにもせずに割当量が余り、厳しい割り当てを受けた他国の企業に枠を売却することが可能になった事業所が多くでた
硫黄・窒素酸化物を削減する方法は、脱硫・脱硝装置を導入するか、あるいは低硫黄・低窒素分の石炭に燃料を切り替えるかしかない。いずれも第三者がコストを簡単に計算できる。即ち、割り当ての結果、発電所毎の削減コストがいくらになり、どのような価格でいくらの量が取引されるか事前に推測できる。全体の削減必要量に合わせ、個別の割当量の計算を割り当てを行う政府機関が行うことができた。二酸化炭素の排出削減方法は多様であり、コスト、排出枠の価格を推測することはできず、目標とする価格達成のための適切な割り当て数量の設定が困難

 米国では機能した制度は、当初EUでは全く機能せず、2005年の取引開始後、一時二酸化炭素1トン当たり30ユーロまで上昇した取引価格は、多くの国で甘い割り当てが行われたことが分かった瞬間大きく下落し、2007年には2,3ユーロになってしまった。厳しい割り当てを受けた事業者も、二酸化炭素を削減する意欲を失い、枠の購入に走り、削減努力には全く結び付かなくなった。その後、欧州委員会は割当数量の一部を市場から除き、さらに毎年一定比率で割り当て数量を削減、購入が必要な場合には入札を実施などの価格上昇策を取り、現在排出枠価格はトン当たり20ユーロを上回るレベルで取引されている。

合意なき離脱により英国の温暖化政策はどう変わるのか

 英国の研究者は、Brexit後も英国の温暖化政策に大きな変化はないとみている。しかし、Brexitを支持する研究者は、時間が経つにつれて英国の温暖化政策はEU政策と乖離するようになり、英国の目標が引き下げられる可能性もあると指摘している。

 英国が、取り決めなく3月29日にEUを離脱した場合に起こることを英国政府はまとめている。概ね次のようなことだ。
 EUESTSの下では、割り当てを受けている企業は毎年排出数量の検証を受けなければならない。検証を行う英国の認証機関は、EUの排出枠の検証が出来なくなる。さらに、英国政府は、英国企業が引き続きEUETSの取引に関与を希望する場合にはEU加盟国に登録を行うことを勧めている。離脱後現在EUETSで割り当てを受けている英国の約1000の事業所はEUETSの対象外になる。さらに、現在のEUETSではEU各国を発着する航空機が排出する二酸化炭素も対象となっているが、英国を発着する航空機は対象外になる。
 合意なき離脱が行わた場合には、4月1日から現在のEUETS対象の事業所には炭素排出税(Carbon Emission Tax)が導入される。2019年末までの税額はトン当たり16ポンドだ。現在のEUETSの排出枠価格とほぼ同じになる。航空機はこの対象外だ。2020年以降の税額については、今後の議論になるが、2月27日英国議会エネルギー環境小委員会にてクレーア・ペリー・エネルギー気候変動担当大臣は、2021年1月から英国内排出枠取引制度を開始し、EUESとリンクすることを考えていると発言した。EU側もリンクを受け入れる可能性が高いと自信を持っているとも大臣は述べている(https://parliamentlive.tv/Event/Index/d8303314-fee9-4193-b895-96f956e63c5d)。
 Brexitには、まだ紆余曲折はありそうだが、英国の温暖化政策については、ある程度方向性は見えてきた。